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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第37回                第3話 核の冬
翌朝、明るい日差しに治は飛び起きた。花音が美貴の腹の上に片手を置いて髪を撫ぜている。
「美貴のお腹が冷えちゃったわ。大丈夫かしら」。その声で美貴が目覚めた。笑っている、元気だ。
「干草が俺の顔の上に飛んできたんだ」
「お父さんの顔が冷えないように?あはは」
 笑った花音の顔が、急に固まった。花音の視線は美貴の腹から治が寝ていた顔の場所、さらにその延長に向かう。昨日、衝撃波が来た方向だ。二人が同時に叫んだ。
「二回目は逆から来たんだ」

突然、治は何が起きたのか理解した。悠太は夢に出て来なかったが、昨日の出来事がひらめくように結びついた。いや、違う。悠太は夢に出たんだ、俺が忘れているだけだ。悠太、ありがとう。
「判ったぞ。隕石の衝突だ、それもかなり大きい」
「私にも判るように説明して」
「衝撃波は隕石の衝突のせいだ。そして星の反対側で両方から来た衝撃波がぶつかり弱まる。だから二回目の威力は半減していた。二回目が来たのは何時間後だったと思う?」
「三時間、いや四時間は経ったかしら」
「俺も四時間くらいだと思う。隕石が落ちたのは星の反対側から衝撃波の速さで四時間の半分、二時間分ここに近い場所だ。衝撃波は音速より速いと言ったよな?」
「音速は1225キロよ。衝撃波は1400キロくらいかしら」
「この星は地球より少し小さい。一周36,000キロとして反対側まで18,000キロ、そこから二時間分の2,800キロを引く。落下地点は15,200キロ、かなり遠いな」

「隕石は理解できたわ。津波も隕石のせい?」
「あの津波は隕石とは無関係のはずだ。隕石の津波ならこれから来る。高さ百メートルか二百メートルか」
「そんな、二百メートルもあったら、この山を越えるわ」
「津波の速さを知っているか?」
「チリ地震の津波が日本に来たのは翌日だって聞いたわ」
「何時間か判るか?」
「ほぼ丸一日だったと思う」
「よし、二十四時間としよう。日本の反対側はブラジルだ。チリなら18,000キロくらいか。それを二十四で割ると・・・」
治が木の枝を手に地面で計算を始めた。18000÷24=750
「衝撃波が時速1,400キロ、津波は時速750キロ。落下地点までは15,200キロだ」
治が計算を続ける。15200÷1400=10.8、15200÷750=20.2
「衝撃波が十一時間で来た距離を津波は二十時間で来る。つまり衝撃波の九時間後に津波が来るはずだ」
「えっ、もう九時間経っているわ?」
 二人は慌てて海を見た。水平線は穏やかだ。
 「まだ判らないぞ。使った数字は大雑把だ」
 「そうね、もう少し待ってみましょう」 
治が花音に肯いた。そして二人で海を見る。

太陽が頭上まで昇ったが津波は来ない。
「そうか、海に落ちなければ津波は来ない」
「良かったわ。隕石は陸に落ちたのね」
 花音はそう言うと微笑んだ。次の瞬間その笑顔が凍りついたように固まった。同時に
治も気付いた。
「私たち恐竜みたいに滅びるの?」
 花音が怯えた表情で治を見る。治は花音の問いには答えずに周囲を眺めた。明るい日差しを受けて草原の緑が色濃く見える。やがて空を黒い雲が覆い、零下数十度氷の世界となるだろう。滅びるのは俺達だけではない。多くの生命が死に絶えるだろう。
治の目に映る景色が反転して見える。赤紫の草原、赤黒い空に輝く黒い太陽。その赤黒い空に何かが動いた。我に返った治は白い雲を見た。一筋の雲が風に流され、一瞬、形となり空を駆け消えた。いななきが空に響き渡ったような気がした。治は花音の目を見て答えた。
「俺たちは恐竜じゃない。生き延びるんだ」

 草原に来て治は疲れを感じた。下ってきたのに登ったように息が切れる。治だけでなく全員が疲れている。気温のせいだろうと治は思った。強い日差しが照りつけている。草原には何頭もの牛が倒れている。一頭を解体して皆で食う。
治は仲間の顔を見回した。数えなくても判っている。今朝、タンポポが死んだから五十一人だ。岬を回って此処に着いた時が三十九人。約二十年で増えたのは十二人だけだ。だが、今は若者が多い。将来が楽しみだと思っていた、それがこんな事が起こるとは。だが、俺たちは恐竜じゃない。もう一度仲間を見渡す。全員が笑顔だ、肉を食って元気が出た。

治は立ち上がった。
「みんな、よく聞け。今は太陽が出ていて暑い。だが、太陽はまた雲に隠れる。今度のは黒い雲だ。白い雲は太陽の半分だけ隠した。黒い雲は全部隠す。そして寒くなる。昨日の夜、俺達は洞窟でなく山の上で寝た。寒いと思った者は手を上げろ」
 皆が手を上げた。それを見てチャップリンがぴょんと立ち上がって手を上げた。他の幼児たちが真似するが、勢いが良すぎて跳ねた。キャー、キャー騒ぎながら何人もの幼児が飛び跳ねだした。
「判った、判った。チャップリン座れ。アネモネ、ケネディ座れ。みんな手を下ろして座りなさーい」
 治が両手を広げて幼児たちをなだめる。皆がどっと笑った。幼児たちが静かになって治は先を続けた。
「黒い雲が来ると、もっと寒くなる。洞窟に居ても寒い。干草に潜っても寒い。だから牛の皮が要る。たくさん要る。男は牛の皮を剥げ。牛はたくさん転がっている。どんどん剥いでいくんだ。女は皮をなめす。
健太と浩二は蔦を取ってこい。蔦を木から木に張り巡らせ。若者は牛の肉を細長く切れ。切った肉を蔦にぶら下げて干し肉にするんだ。子供は干し肉を見張れ。鳥が来たら小石を投げろ」

 プラトンが立ち上がった。
「プラトン、判った。プラトン、牛の皮剥ぐ。だけど、プラトン判らない。黒い雲いつ来る?一つ寝たら来るか?二つ寝たら来るか?」
「それは俺も判らない。三つ、四つ、五つかもしれない。だが黒い雲は必ず来る」
 ナポレオンが立ち上がった。
「ナポレオン、寒いの嫌い。だから牛の皮剥ぐ。黒い雲、来るまで皮剥ぐ」
 プラトンがナポレオンに肯いた。それを見て何人もが声をあげた。
「エジソン、皮剥ぐ」「デカルト、皮剥ぐ」「シーザーは肉を切る」
 プラトンが笑って言った。
「シーザー子供。シーザー、干し肉の見張り」
「シーザーは若者。子供と違う。もう毛が生えた」
「シーザーの毛?プラトン、見えない」
シーザーの横に座っていたサクラが叫んだ。「シーザーに小さい毛ある」
「判った。シーザー、若者。でも、まだ若い。ツツジに子供、生まれない」
 プラトン言葉にツツジが憤然と立ち上がった。
「ツツジとシーザー、話しただけだ」
 それを聞くと、プラトンはひょいと肩をすくめてツツジに頭を下げた。皆がいっせいに笑った。

 男たちが皮を剥ぎ始めた。治と花音は牛を数えながら海岸へ向かった。海は凪いでいた。海岸には打ち上げられたゴミで縞模様が出来ている。丘の下を覗きこんだ花音が「アッ」。と叫んだ。そこには折り重なるように牛の死体が打ち上っていた。


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