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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第36回                第2話 衝撃波
 牛の死骸があちこちに転がっている。仲間の姿が無いのに安堵するが、安心は出来ない。大波は洞窟の近くまで押し寄せていた。下にあったソリが斜面の途中に引っ掛かっている。洞窟の入り口に立っていたプラトンが走り降りて来た。
「プラトン、牛見てた。大きい水きた。プラトン、木に登った。牛、たくさん流れた」
「女たちは無事か?」
「女、洞窟。子供、洞窟」
 二人の声を聞いて皆が洞窟から出てきた。
「ナポレオン、お前の家族は皆いるか?」
「いる」
「デカルトは?」
「いる」
 ノギクが何か言いたそうだ。エジソンも人を押し分けて前に出てきた。
「シーザーとツツジ、いない」。横にいたプラトンが代わりに言った。
 二人が流された、残念だが被害は軽かったと諦めるしかない。

「ここにいるぞ」。上から声がした。シーザーがツツジの手を取って山を降りてきた。
「あんたたち、どこに居たの?」
花音の問いに、二人は黙って上を指した。
「良い場所でデイトしていたな」。治が笑うと、プラトンが真面目な顔で言った。
「デイト、それ何だ?」
「男と女が仲良くすることよ」。花音が笑って言う。
「プラトン、新しい言葉覚えた。デイトは子を作ることだ。でも、シーザーとツツジ、まだ子供。子は生まれない」
 皆がどっと笑った。若い二人は顔を赤くして下を向いている。

「また、大きい水が来るかもしれない。もっと大きいのが来るかもしれない。皆で山に登るぞ。プラトンは先に登って海を見張れ。健太と浩二は伝令だ、離れて登れ。大きい水が来たらプラトンは健太に言え。健太は浩二に伝えろ、浩二は皆に知らせるのだ」
 三人の男たちが山を登り始めた。他の仲間は道具や食料を洞窟から出す。
「山の上に窪みがある。その場所を知っている者はいるか?」
 若い二人が肯いた。さっきまでそこに居たのだろう。
「今夜はそこで寝る。荷物の無い者は牛の皮に干草を入れて持っていけ。子供のベッドにする。シーザー、先頭を行け」

 治は下からシーザーを見上げた。女、子供でも登りやすいルートを選んでいる。良い狩人になるだろう。洞窟に誰も残っていないのを確かめて外に出ると、美貴を抱いた花音が待っていた。眠っている美貴を受け取って草原を見渡した。いつも数十頭は見えていた牛が皆無だ。
「見事にやられたわね。牛の半分はやられたかしら?」
「山に登れば判るだろう。津波はそれほど奥まで入っていないと思うが」
「橋は大丈夫かしら」
「どうだろう?それも上から見てみよう」

治は橋を掛けた時を思い出した。一日目は山で切った木を川まで運んだ。翌日、治たちが上流まで迂回して対岸に着いた時、こちら岸の男達は待ちくたびれて寝ていた。無理もない半日以上待たせたのだ。その日では終わらず、治たちは川向こうで野宿した。
橋が出来上がる頃に、花音が健太を連れてやって来た。健太は洞窟から歩いて来たのだ。皆が驚き、健太を褒めた。四歳の頃だ。あれから十五年経ったのだ。

「橋が出来た時のことを覚えているかい?」
「健太がお父さんに会いに行くって言い出したのよ」
その時、山が微かに震えた。
「何、いまの?地震?」
「地震なら揺れるだろ。今のは何かズンとした衝撃だった」
「噴火の前触れかしら?」
花音は治の方へ手を伸ばして、眠っている美貴の髪をなぜながら言葉を続けた
「だったら、どこに居ても同じよね。さぁ、行きましょう」

 二人が窪みに着くと、見張りの三人は持ち場を離れて窪みにいた。列の最後だった治の動きを見ての判断だ。さらに近くの枝を払い、窪みから海が見えるようにしていた。三人の行動に治は満足した。海には何の変化も見えないが、どんなに大きな波が来ても、ここなら安全だ。
見下ろすと牛が見えた。そこは川の手前だ、津波は川まで達していない、橋は無事だ。寝場所の準備を始めると、健太が叫んだ。
「何だ、あれは?」
 健太は海ではなく陸地を指差していた。下の草原には木がまばらに生えている。遠くにいくほど木が増え、やがて森となり地平線まで続いている。その森が揺れている。
治は津波が森を飲み込みながら押し寄せたと思った。次の瞬間、それは森を過ぎ草原に入った。波は見えない。いや、透明な波が木々を揺らし、倒しながら急速に近づいて来た。
「伏せろ!」。治が叫んだ。
 ドーンという衝撃が山を揺らした。全身が瞬間、熱くなった。耳がキーンと痛む。一瞬でそれは通り過ぎて行った。赤ん坊と子供たちが泣きだした。気のせいか息苦しい。

 花音が呟いた。「衝撃波だわ」。そして治に聞いた。「どうして衝撃波が来るの?津波じゃなかったの?」
「判らない。今のは衝撃波なのか?」
「超音速で低空を飛んだら今みたいになる。だけど熱かったのは何故?」
「何かが爆発したのか?」
 その時、誰かが叫んだ。
「見ろ、山が燃えている」
 西の空が真っ赤だ。だが、衝撃波が来たのは南からだ。やがて治は気が付いた。
「みんな静まれ。あれは夕焼けというものだ。大きな風が雲を吹き払った。それで太陽が見えるようになった。太陽が沈む時にああやって赤くなる」
「あの火が燃え広がってこっちまで来ないのか?」
「山は燃えていない。空が赤いだけだ。大丈夫、ここを動くな」

 夕焼けが薄れ暗くなり始めた。夜空いっぱいに星が出てきた。天の川がくっきりと見える。もう仲間たちは何も質問しない。生まれて初めての星空に見入っている。仲間たちが眠った後も、治と花音は寝転んで夜空を見上げ続けた。
「地球はどっちかしら?」
「うん。どっちだろう」
「あそこに見えるのは昴よ。地球からより良く見えるわ。あの中に幾つの星が見える?」
「一つ、二つ、三つ、四つ・・・数えにくいな」
「そうね、星がチカチカしてて・・・あっ流れ星」
 そのまま二人は黙り込んだ。二人は同じことを考えていた。アスカを破壊した隕石。そして自分たちも流れ星のように降りてきたのだ。
「信じられないような気がするわ」
「良く無事に着いたよな」
「あれから二十年経ったのね」
「降りてきた時は綺麗だった。窓の外が真っ赤になり、オレンジ、黄色になって最後は虹の中にいるようだったな」
「そうだったの」
「花音も見ただろう、前の星で」
「私が見たのは黄色までよ。治は燃え出す寸前だったのよ」
花音は治の肩に手を掛けて言葉を続けた。
「燃えなくて良かったわ」

治は夜空を見回した。月が出ていない。今は新月なのだろうか。
「いったい何が起こったのかしら?」
「火山島が大爆発した、島が吹っ飛ぶような大爆発だ。それで熱風と津波が起きた」
「そうね、いや違うわ。それなら衝撃波が先に来るはずよ。衝撃波は音速より速いの。敵の火薬庫にミサイル攻撃をすると、爆発の衝撃波でこっちもやられるの。だからミサイル発射と同時に最大パワーで離脱する訓練をしたわ」
「そんなに速いのか」
「津波と衝撃波は関係ないのかしら。二つの事が偶然に同じ日に起きた?」
「あの小さな振動は何だったのだろう?」
「謎だらけね、もう寝ましょう。明日になれば何か判るかもしれない」
 美貴の両側から二人で暖めるように横になった。気持ちが高ぶってなかなか眠れない。

うつらうつらし始めた時に、二回目が来た。ドーンという音と共に美貴に掛けた干草が治の顔の上へ散らばった。そして、それだけだった。耳は痛くならない。威力は半減している。何人かが跳ね起きた。
「動くな、子供を踏むぞ。今のは弱い。大丈夫だ。ここに居れば安全だ」
 治は寝たまま言った。仲間がまた横になる気配がする。顔の上の干草を払い落とす。手探りで干草を集めて美貴に掛ける。治は横になって心の中で呟いた。
「ずっと昔に青族の村で、悠太が夢で俺に教えてくれたよな。お陰で助かったよ。今はもっと困っているんだ。また俺に教えてくれ。俺は植物学者だ。天文も物理も専門外だよ」


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