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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第35回   第3部 2428年      第1話 津波
「タンポポを埋めたわ」
「可哀想に。ベートーベンは?」
「大丈夫みたい、熱が下がった。他の子にはうつっていないわ」
「そうか。赤ん坊の半分は大人になれそうだ」
 治はここへ来た時を思い出した。牛は逃げるどころか近づいてきた。やがて矢の届く距離を覚えた。そして黒曜石が少ない。普通の石の矢じりでは、よほど近くに寄らねば駄目だ。黒曜石があれば、もっと多くの牛が倒せる。そうなれば子供たちも大勢生き残れる。

 花音は女の名を花から採った。はかない命も花に例えれば納得できるかもしれない。仲間の名で苦しんだ花音の思いつきだった。
治は男の名を外国の偉人から採った。すでに死んだ人間、身近に感じにくい外国名なら諦めもつきやすいと思えたのだ。
直ぐにその考えが無駄だったのに気付くが、二人はそのまま続けていた。さらに赤ん坊だけでなく、仲間全員に名を付けた。だが、自分たちの子供には日本人の名にした。無事に育って欲しいという願いを込めたのだ。

「今日はレンゲと貝を取りに行くわ。美貴は砂浜で遊ぶのが好きだし」
 治と花音が話していると春菜が洞窟から飛び出して来た。花音の顔を見て嬉しそうにニィと笑う。まるで母親を見つけた幼児のようだ。子供がいても良い歳になっても知能は頭を怪我した時のままだ。
弓の腕前は、今では花音を越えた。男でも難しい鳥を射落としては一人で食べている。獲物は皆で分け合うのだが春菜は特別扱いだ。ルールを言っても理解出来ない。子供が欲しがって泣くが、春菜は自分だけで食う。
女たちは春菜を嫌っている。男たちは矢羽が手に入るため大目に見ている。花音は春菜を上手く騙しては、鳥肉を取り上げ子供に与えている。治も機会があれば鳥を狙い花音に渡している。そういう周りの大人たちに春菜は無関心だ。自分一人で気ままに遊んで過ごしている。

洞窟の中から美貴が走って出てきた。「危ない、転ぶぞ」。治は手を伸ばして美貴を抱き上げた。頬擦りすると美貴はヒゲがくすぐったいと笑いながら嫌がった。下に降ろすと母親の真似をして四つの石に両手を合わせた。美貴の兄や姉たちだ。
治は斜面を下りて干草をソリに積んだ。準備が整うと治は手ぶらで登ってきた。洞窟の前にもソリがあり、二つのソリは蔦で結ばれている。そして洞窟の横の太い木に付けられた滑車に蔦が通してある。治の作った斜面エレベーターだ。
花音が美貴を抱いてソリに座った。その重みを利用して下のソリを引き上げる。干草をソリから下ろしているとレンゲが出てきた。レンゲは斜面を下るが、春菜は干草の上に座って喜んでいる。仕方ないな、治はソリを押し出した。下のソリは空だ。勢いが付きすぎないように蔦を握る。春菜が降りて、半分残っている干草を引っ張り上げようとした時、健太と浩二が出てきた。
「おう、ちょうど良い時に来たな。下りのエレベーターが出るところだ」

 二人の息子はソリに飛び乗った。下に着くと、上で干草を降ろす治に聞いた。
「母さんたちは何処へ行ったの?」
「海だ」
「貝殻で矢じりが出来ないかな?」
「貝殻は簡単に割れる。矢じりは固くないと駄目だ」
「黒い矢じりがたくさんあると良いのにな」
「黒い石はもう無いの?」
 二人はもう斜面を駆け上がって治の横にいた。健太の背丈は治と変わらない。浩二は治の肩までだ。治は山を指差して言った。
「お前たちが小さかった頃に、俺はあの高い山の麓まで行ったが無かった」 
「今ある黒い石はどこにあったの?」
治は反対側を指した。
「島だ」
「船を作ろうよ」
「船は簡単には造れない。風の向きや潮の流れもある。船で海を渡るのは難しいし危険だ」
「でも、父さんは渡ったんだろ」
「命からがらさ」

 遠くから治を呼ぶ声がした。花音が走りながら手を振っている。治は斜面を駆け降りた。健太と浩二もそれに続く。
「どうした、美貴は?」
「美貴はレンゲが抱いてる。海が変なの。急いで見に行って」
 走って行くと丘の上に立っているレンゲが見えた。治に気付いた美貴が抱っこと両手を伸ばしてきた。健太と浩二が驚いている。
「どうなっているんだ?父さん、海が消えた」
「潮が遠くまで引いているのだ」
「今なら島まで歩いて行かれないかな?」
「・・・いや、駄目だ。大波が来るぞ。その前兆だ。この丘を越えるような大波が来る。急いで戻るんだ」
「春菜」。とレンゲが指差した。広くなった砂浜で春菜が小躍りして喜んでいる。健太と浩二が丘を駆け下りた。春菜は鬼ごっことでも思ったのか笑いながら逃げる。途中で追い抜いた花音が戻って来た。治は春菜を指差して言った。
「津波が来るぞ」
「はるなー、こっちにおいでー。美味しい物があるよー」
花音の声と何かを食べる仕草に春菜が走り出した。

レンゲが「あっ、あっ」。と沖を指差した。遠くの海面が盛り上がっている。それが見る間に近づいて来る。
「追いつかれるぞ。山に登れ」
 急斜面だが木が多い。木にしがみつきながら登る。美貴を片手に抱いた治が遅れる。
「父さん!」。健太が上から手を伸ばした。美貴を手渡して治は素早く登る。美貴を受け取ろうと振り返ると、美貴は浩二が抱いている。
「美貴を頼むぞ」
「おおっ」。二人が同時に答えた。治は花音を引っ張り上げる。続いてレンゲだ。遅れていた春菜が見えない。
大波が丘を越えて来た。治の足のすぐ下をすごい勢い流れていく。何本もの立ち木が折れて、あるいは根こそぎ流されている。その中に春菜の姿を探すが見えない。「春菜っ」。治が叫ぶと、頭上で笑い声がした。いつの間にか春菜が一番高い場所にいる。


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