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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第34回               第17話 新天地へ
やがて雨が降り始めた。川の水が池に流れ込み、仲間はあちこちの池に散らばった。花音と治が池に着いた時と同じ生活に戻った。だが状況は変わっていた。女たちとすっかり馴染んでいたかに見えた花音は、今は女たちと少し距離をおいていた。
花音が名付けた子供の三人が死に、残る一人は言葉を失った。それが花音の心に陰を落としているようだった。治は単純に、花音が乳離れをしたと思った。花音が此処へ着いた時、身体中の火傷と骨折という肉体的苦痛と共に、仲間の全員死亡が推察される精神的苦痛もあった。
絶望感の中でママの乳で生き延びた花音は、必要以上に仲間に共感していた。その気持ちが汚い池で暮らす仲間に、過剰な嫌悪を感じたのだろう。嫌悪感と赤ん坊の死が直結してしまった花音は、女たちと距離をおき始めたのだ。治は花音が本当の意味で此処の暮らしに馴染み始めたと思った。

一方、治は男たちのリーダーになっていた。男たちは治に従い、治の真似をした。それで治は決心した。山を越え草原に移るのだ。川の水が増えてゴンギの死体は流された。次の乾季でゴンギがまた襲ってくるだろう。仲間は汚れた池から出ずに、赤ん坊が死ぬだろう。そして、言葉は通じなくても意志の疎通は出来るとゴンギの件で判ったのだ。花音は治の計画に賛成した。生まれてくる赤ん坊を池では育てたくなかったのだ。それは治も同じだった。

「今日は遠くまで行くぞ。あの山を越える」
 治の言葉に男たちの顔が緊張した。いつもと違う口ぶりと、指差した山に察しが付いたようだ。歩き出すと付いてきたのは二人の若者だけだった。沢を登りながら黒曜石を探す。やがて滝に行く手をさえぎられた。黒曜石を諦め森の中を登る。峠を越えると草原に黒いゴマ粒のようなものが見えた。「ンゴロ」。若者が指差す。治は肯いた。ンゴロとは獲物であり、肉も意味する仲間の言葉だ。
草原には牛のような動物が群れていた。初めて人を見るのだろう、治たちを見ても逃げない。持ち帰れる分を考え、子牛を仕留めた。腹いっぱい食って各自が足一本を担いで麓に戻る。寝る場所を求めて歩くうちに洞窟を見つけた。洞窟の奥は広い。仲間全員の住まいになるだろう。

 池に戻ると仲間たちは肉の塊に興奮した。他の池の仲間も呼び、全員が腹いっぱい食った。
「美味い肉だった、これで移住は決まったな。誰も反対しないだろう」
「そんな山道を女子供は登れないわ。もっと楽に歩ける道を探して」
 確かに花音の言うとおりだった。海を行く方法を考える。治が海を越えたのは満ち潮の時だった。南に行くには逆に引き潮の時になる。これは危険だ。沖へ流されたらそれまでだ。残された道は海岸の岩場だけだ。

翌朝、治は岩場に行った。海岸から切り立った岩が崩れるように海に落ち込んでいる。大きな岩を幾つか乗り越えただけで、治はこのルートを諦めた。男でも危険な場所だ。
治は砂浜に座り込んで頭を抱えた。俺と花音、そして数名の若い男女だけなら山を越えられる。それは仲間を見捨てる事になる。治は暗い気持ちになった。
やがて岩場の下に砂浜が出てきた。潮が引くにつれ砂浜が広がる。治がそこを進むと最後に大きな岩に突き当たった。その続きのように、海の中に三つの岩が並んでいる。此処が岬かもしれない。潮が変わり治は引き返した。

 花音は海の中の三つの岩を知っていた。
「怪我が治ってから、治が来そうな気がして海を見てたの。その時にあの岩を見たわ。沖の小さな岩が、大潮の時だけヨットの形になるのよ」
 花音の話に治は希望を感じた。治が見たのはヨット岩の上端だけだ。

 この星の一月は十三日。一日は二十六時間、潮のサイクルは二十八時間だった。だが、時計はもう無い。治は毎日、頃合をみて岩場へ通った。そして三日後、大岩の下に砂浜が現れた。岬を回った治が目にしたのは広大な砂浜だった。治は仲間が此処を渡る姿を想像した。若者と男が早足で歩く、女たちは恐る恐る一歩ずつ確かめるように歩くかもしれない。
治の頭の中で二人の女が遅い歩みで渡り終えた頃、潮が満ち始めた。最悪の場合を想像する。遅い女を担ごうと治が引き返す。それを見て男たちも戻ろうとする。狭い砂浜が混乱する。三、四人の女を渡すと潮が満ちてくる。残った女たちが引き返す。迎えに行かれるのは六日後だ。その間に女たちはグルに食われてしまう。これでは駄目だ。治が女を抱いて渡れば男たちも・・・いや、駄目だ。男たちは面倒なことは真似しない。

四日後、再び三人で山を越えた。翌日に池に帰ったが肉は隠しておく。決行の朝、治は「ンゴロ」。と叫んで皆を集めるが、肉は少ししかない。皆はもっと食べたがっている。そこで治は岩場の方を指して「ンゴロ、ンゴロ」。と叫んだ。そして歩き出す。
女たちは池にいて足が衰えている。若者が赤ん坊を抱いて歩くと、母親が付いてくる。次の休憩地で木の枝に隠していた肉を配る。最後に砂の中から肉を掘り出す。治が魔法のように肉を取り出すのを皆は不思議そうに見る。
ヨット岩はまだ上端しか見えない。今のうちに女たちを休ませて潮が引いたら急いで渡るのだ。赤ん坊が腹をすかせて泣き始めた。赤ん坊を母親に返し、潮が引くのを待つ。ヨットが半分見えた頃になって、女たちがそわそわし始めた。花音が言った。
「女たちは池に戻るつもりよ。赤ん坊を抱いて池まで歩けないわ。グルの餌食になってしまう」

 治は「ンゴロ」。と叫んだ。女たちが振り返る。だが肉はもう無い。治はとっさの思いつきで四つん這いになって「ブギー」。と鳴いた。草原の牛はこんな声で鳴くのだ。女たちが不思議そうに見ている。治は場所を変えて「ブギー、ブギー」。と鳴く。牛が沢山いるのだ。それを見て二人の若者も牛の真似をした。
すると治は立ち上がって人に戻った。弓を引くふりをする。牛になった若者が倒れる。治は駆け寄りナイフで皮を切り裂き、肉を口に入れる真似をした。そして岩の向こうを指差し「ンゴロ」。と叫んだ。皆が興奮したように「ンゴロ、ンゴロ」。と叫び出した。
その声をかき消すように花音が叫んだ。「ヨットが見えた。潮が引いたわ」。治は弓を高々と上げ「ンゴロ」。と叫びながら砂浜に進み出す。皆も「ンゴロ、ンゴロ」。と歌うように大声で言いながら一気に砂浜を渡りきった。


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