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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第33回               第16話 敵は乾季に
「弓を借りるぞ」。花音に向かって叫ぶと、治は自分の弓を取りに戻った。そして一匹を池まで引きずって来る。死体を指差し「ゴンギ」。と言ってみる。一人の若者が恐る恐る近寄って来ると、割れた頭蓋骨に指を突っ込み脳みそを食いだした。他の仲間も「ゴンギ」「ゴンギ」。と言いながら池から出て脳みそを食う。
治は弓を高々と掲げた。
「ゴンギは弓で倒せる。俺達はゴンギより強い。倒したゴンギはもう一匹いる。それを取りに行く。男たちは弓を持って付いて来い」
治の言葉を理解したのではないだろう。死体の胸に刺さったままの矢と、治が高く上げた弓で理解したに違いない。男たちは弓矢を手に取った。その目がギラギラと光っている。怖いのだ。恐怖心を押さえて治と共に行動しようとしている。

乾季になると川の水が減る。するとゴンギが川を渡り仲間を狩に来る。それが毎年繰り返されていたに違いない。仲間はゴンギを恐れて池から出なかったのだ。赤ん坊が病気で死んだのも奴等のせいだ。治は怒りが湧いてきた。
もう一匹の死体に着いた。四人を選び死体を指差し、さらに池の方角を指す。男たちは黙って肯くと、二人が死体の足を持ち、残る二人は弓を構えたまま池に戻る。
残った五人を連れて治は先へ進んだ。そこは流れが急で落差一メートルほどの滝があった場所だ。幾つもの大岩が連なっている。水が減って奴等は岩の上を飛び移って来たに違いない。

川に着くと治たちは藪に身を潜ませた。しばらくすると三匹のゴンギが対岸に現れた。警戒する様子もなく岩の上を渡って来る。こちらは六人だ。治は指を三本立てゴンギに見立て、仲間を一人ずつ指差してから自分の指を示した。一匹のゴンギに二本の矢が当たるように分担を決めたのだ。仲間は黙って肯く。一人が弓を引き始めた。治が手で制す。もっと引き付けてからだ。治が弓を構えると五人もそれにならう。先頭のゴンギが最後の岩に飛び移った。
「今だ!」。治が叫ぶと同時に六本の矢が放たれた。先頭は腹と胸に矢を受け岩の上に倒れた。二匹目は二本の矢が刺さったまま川へ落ちた。最後のゴンギには一本だけが腕に当たった。三本足で逃げていくゴンギに次の矢を射ようとする仲間を治は止めた。
こうなると予測した訳ではなかったが、最良の結果になったと思った。逃げ帰ったゴンギが仲間に弓矢の恐ろしさを伝えるだろう。念のため岩に残ったゴンギの死体を残すことにした。腹を裂いて内蔵の代わりに石を詰める。
これでグルに死体を持っていかれる事はない。他のゴンギが岩を渡って来ても、死体を見れば何が起こったのか理解するだろう。それでも飛び移ろうとすれば、着地するのは死体の上だ。死体に足を取られて川へ落ちるだろう。これでゴンギはもう川を渡れない。

池に戻ると仲間は陸に上がっていた。ゴンギの死体を女たちが枝で叩いている。治は死体から矢じりを回収した。胸や腹を切り裂かれた死体を皆が食べ始めた。治は池に入り春菜の様子を見に行った。花音が治を見て泣き出した。
「春菜は頭蓋骨が割れて脳みそが飛び出してる。きっと助からないわ。私ったら奴等に騙されたのよ。ガサガサ音がするから、グルかと思ってそっちを警戒したの。
春菜が池から出て肉を取りに来たのにも気付かなかった。春菜の叫び声に振り向いたら、もう捕まってた。奴等は逃げながら春菜の頭を木に叩きつけたの。
襲ってきたのは一匹かと思ったらもう一匹いて、そいつが私の注意を春菜から逸らしたの。私が気を付けていれば春菜はこんな事にならずに済んだのよ」
「自分を責めるな。それより自分が襲われなかった事に感謝しろ。奴等は花音とレーザーガンを覚えていたんだ。だから計画を立てて襲ったんだ」
「私を襲えば良かったのよ。あんな奴等弓で殺してやるわ」
「いきなり二匹に襲われたら弓では無理だ」
「治に出来たんだから、私にだって出来る」
「俺は運が良かったんだ。奴等に気付かれずに先制攻撃が出来たんだ」
「春菜が死んじゃう」
花音が泣きながら指差した。春菜は母親に抱かれてぐったりとしていた。その頭には何かが貼られている。母親が口から何か出すとまた張った。
「葉っぱよ。葉っぱを口に入れて噛んでは傷口に貼ってるの。せっかく洗ったのに雑菌だらけよ」
 母親は岸辺の草を慎重に選んで口に入れている。傷に効く草なのかもしれない。
「春菜は母親に任せよう。此処には此処のやり方があるのだろう」

 春菜は生き延びた。野性的な生命力のせいか、あるいは薬草の効果だったのか春菜は死なずに済んだ。だが脳に損傷を受けたのは治らなかった。花音は食べ物が手に入ると、真っ先に春菜に渡した。そして春菜に話しかけるが返事はなかった。春菜は治たちの言葉だけでなく仲間の言葉さえ話さなくなった。母親は次の赤ん坊を生むと、春菜には一切かまわなくなった。春菜は花音を母親だと思っているようだった。


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