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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第32回               第15話 赤ん坊の死
 乾季になった。仲間が奥の池に集まってきたが、子供が少ない。治は鬼族の忌まわしい風習を思い出した。いいや、ここの人は子供を大事にしている。では何故、子供が少ないのだろう?
 やがて川の水が減り始めると、池は川と分断され、水が汚れだした。仲間は池から出ずに生活する。男たちも狩に出なくなった。池で貝ばかり食べ、排泄さえも池でする。水の汚れはひどくなり、とうとう異臭さえするようになった。治と花音は陸で過ごしていた。そのため池の中で何が起きているのか気付かずにいた。

 悠太の母親が花音を呼んだ。しぶしぶ池に入った花音は悠太を抱いて急いで岸に上がってきた。悠太は目を閉じてぐったりしていた。熱もある。母親も途中まで来たが、池から出ようとはしない。心配そうな顔で花音を見ている。悠太が花音に抱かれたまま下痢をした。
「お腹をこわしてるわ。水が汚いからよ」
「まずいな、他の子供にもうつるぞ」
 花音は悠太を母親に戻すと、彩華の様子を見に行った。彩華は元気だ。だが、いつ病気になるか判らない。
「池から出すわ」

 花音が母親たちの腕を取り岸に近づくと、二人は嫌がった。
「駄目よ、ここにいたら悠太も彩華も死んじゃうのよ」
 花音が強く引くと二人は怒って「ギャー」。と叫んだ。すると、池の中にいた他の仲間たちも一斉に「ギャー」。と叫び出した。仲間が治や花音に反対するのは初めてだ。
「どういうこと?」
「池から出すな、という事らしいな」
「だって、ここにいたら死んじゃうわ」
「いや、皆はここで何年も暮してきたんだ。ただの下痢で直に治るのかもしれない」
「どうするの?このまま放っておくの」
「そうするしかないだろう。ここでは他人に強制は出来ない」
「だけど、信じられないわ。あんな汚い水に住んで、汚れた貝を食べるなんて。大人だって具合が悪くなるわよ」
「しばらく様子を見よう」
「さっきの叫び声に振り返ると、私のママも怒った顔をしていたわ」。花音はそう呟くと下を向いて自分の大きな腹をさすった。

 翌日、悠太が死んだ。二日後には彩華も死んだ。母親は死んだ赤ん坊の口を乳首に押し付けて「マーマー」。と言い続けた。一人の男が赤ん坊を奪うように取り上げると、池から上がってきた。男は警戒するように周りを見渡すと川まで走り、赤ん坊を川に流した。母親は赤ん坊がいなくなると落ち着きを取り戻した。それに比べ花音は悲しみを引きずった。
「悠太、彩華、どうして死んじゃったの。私たちを残して、どうして死んじゃったのよ」
「花音、しっかりしろ。ここの赤ん坊はこうして死んでいくんだ。だから子供の数が少ないんだ。それが、ここの掟だ」
「そんな酷いわ。ここの赤ん坊に仲間の名前を付けるのは止める。二重に悲しいから」

 一週間後には翼も死んだ。残ったのは春菜だけになった。花音は池から出そうと春菜を呼んだ。春菜も花音と一緒にいたいようだった。だが、春菜の母親が「ギャー」。と叫んで春菜を引き止める。春菜は岸の近くで花音と母親を交互に見て立ちすくんでいた。花音は手を伸ばして春菜に肉を渡した。花音の考えでは、汚染された貝を食べなければ春菜は無事でいられるはずだった。

 治と花音は仲間たちと、すぐ側にいながら別々の生活をしていた。お腹の大きくなった花音を残して、治は一人で狩をした。ある日、池の方からけたたましい叫び声が聞こえた。治は急いで池へ戻ろうとして奴等に気付いた。
治を襲ったサルだ。二匹のサルがこちらに向かって四本足で走って来る。後ろの奴が何かをぶら下げている。春菜だ。頭から血を流した春菜を抱えている。
治は素早く矢を抜き、弓を引き絞る。先頭のサルに矢が刺さった。突然倒れたサルに後ろの奴が躓き、その手から春菜がすべり落ちた。しめた、すぐに次の矢をつがえる。奴が気付いた、こちらに向かって来る。治は弓を引き絞る、奴がすぐ近くに迫る。矢を放つと同時に弓を捨て、腰のこん棒を抜く。目の前でサルが腹を押さえて膝を付いた。治はこん棒を振り下ろす。頭蓋骨の砕けた感触が手に伝わる。倒れたサルを飛び越し一匹目に駆け寄った。もがきながら立ち上がろうとしている。そいつの頭も砕き、春菜を抱き上げた。まだ息がある。

治は春菜を抱えて池まで走る。
「治、春菜が」。花音が取り乱している。池の仲間は叫び続けている。「ギャー」「ギャー」。の声に混じって「ゴンギ、ゴンギ」。の声も聞こえた。花音が春菜を抱き名前を呼ぶと、微笑んだように見えた。母親が岸の側まで来た。花音が春菜を抱いて池に入り母親に近づく。
「傷口を洗う」。花音はそう言うと、母親と共に池の奥に向かった。川の水が地中を通って染み出してくる、水がきれいな場所だ。


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