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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第29回               第12話 サル人間
「この服、私に頂戴」
そう言うと、返事も聞かずに花音は治の服を着た。そして森に向かって叫び始めた。
「グワッ、グワッ」
治は笑ったが、花音は真面目だ。
「春菜を呼んでいるのよ」
「春菜!」
治は跳ね起きた。春菜も生きていたのか。
「あっ、ごめん。おサルの春菜ちゃん。私が名付けたの。可愛い女の子よ。治もきっと気にいるわ」
「言葉が判るのかい?」
「少しだけね。グワッ、グワッは彼等の言葉よ。私はここに居るぞ」
森の奥から花音に答えて、グワッ、グワッと声がした。それを聞くと花音が叫んだ。
「春菜、こっちにおいで」

現れたのは小さな子供のサルだった。いや二本足で歩き体毛もない。ほとんど人といってよかった。違うのは顔だ。顔から受ける印象は人よりは猿に近いように感じた。治を見ると警戒してか近寄ろうとしない。
「春菜に挨拶して」
「こんにちは春菜」
「違うわよ、こうやるの。クイー、クイー」
花音は真剣だ。仕方ない。
「クイー、クイー」
すると、春菜が同じように答えて、ゆっくりと近づいてきた。花音に飛びつくと、着ている服をしきりに触っている。
「春菜、これはね洋服よ、洋服」
「ゆーふく」
「違う、よーふく」
「よーふく」
「そうそう、あんた賢いわ」
「かのん、よーふく。はるな、よーふく」
「あら、春菜も着たいの、じゃこれ着なさい」
花音は治のシャツを取り上げて、春菜に着せてしまった。
「俺はパンツ一丁かよ」
「ここのオスは皆、ふるちんよ。パンツだけで十分よ」

やれやれ、花音はちっとも変わっていない。おまけに俺はサルと同類の扱いだ。苦笑いしている治に春菜がシャツを見せびらかす。
「はるな、よーふく」
「うんうん、春菜良かったな。俺のシャツは春菜にやるよ」
「はるな、よかった。はるな よかった」
「そうよ、春菜、賢いわ」
「はるな、かしこい。はるな よーふく、はるな よかった」
「へえー、本物の春菜より賢いんじゃないのか」
「春菜、ママは?」
「まま、おいけ」
「春菜のママはお池にいるのか」
「違うわ、私のママよ」
治はきょとんとして花音を見た。
「春菜はお池に行って、待っててね」
「はるな、おいけ。はるな、まってて」
そう言うと、春菜は歩いて行った。後ろから見ると人間の子供に見えた。

「サルと人の中間か」
「ほとんど人よ。さっきの奴らはサルに近いわね。危険な連中よ」
「ママって?」
「赤ん坊を失くした若いメスよ。多分私より若いわ。ここに着いた時は身体中、火傷と怪我だらけ、骨も五、六本折れてた。ぐちゃぐちゃに壊れたトレーニング・タンクの中で呻いていたら、獣が中に入ろうとしたの。ガリガリ爪を立てる音が響いてた。痛さと怖さで失神したわ。
気がついたら獣はいなかった。だけど悲しくなって泣いたの、子供みたいに、ママー、ママーって。そしたらまた音がしたの。壊れたドアを開いて入ってきたのがママだったの。でも、その時は怖くて震えながら泣いてた。ママが私をトレーニング・タンクから引きずり出した時は、痛かった。骨折した手足があちこちに当たって悲鳴を上げたわ。
それからママが私を池に浮かべて、おっぱいをくれたのよ。おっぱいを飲んだら気持ちが静まったの。ずっと池に浮かんでいるうちに、火傷が治り骨も付いたわ。それまでずっとママのおっぱいと貝で生きてきたのよ」
「よく助けてくれたな」
「子供がおっぱいをねだる言葉がマーマーなの。私がママーと泣いていたから、私がおっぱいを欲しがっていると思ったのよ。私を死んだ赤ん坊の代わりにしたのね」
「春菜は?」
「別のメスの子供。赤ん坊は池に浮かべて育てるのよ。怪我が治るまで、私は皆に赤ん坊として扱われたの。私が治ってもママと呼ぶから、私のママだけは、ママという名なのよ」
「名前が付いているのは、そのママと春菜の二人だけ?」
「もう一人、翼がいるわ。まだ小さい男の子。今日は別の池にいる」
「翼か」
「大人は言葉というより単語ね、二十種類以上あるわ。大人は言葉を喋れないけど、私の言うことを少しは理解しているみたい。子供のうちに仕込むと春菜みたいに喋るの。翼は春菜より有望よ。治の名を使わなかったのは、治が来そうな気がしたからよ」

森の中を五分ほど歩くと池があった。五、六匹のサルが、いやヒトが中にいる。
「ママ」
花音が呼ぶと一人が水から上がってきた。裸の乳房がまぶしい。身体は若い人間の女性だ。それに猿とも人ともつかない顔が乗っている。
「どこ見てるの、挨拶よ」
「クイー、クイー」
治の挨拶に答えて、ママも挨拶をした。それでも、治を警戒するように見ている。
「ママ、治よ。私の友達よ」
ママは花音の声に頷いて、改めて治を見る。その目が少し柔和になったような気がする。治は地面に正座するとママに言った。
「初めまして徳寺治です。花音を愛しています。お母さん、花音を嫁に下さい」
花音があっけに取られて、治とママを見比べている。春菜がちょこちょこ寄ってきて、治とママの顔を交互に見ながら「はるな、よーふく、おさむ よーふく」。と言うと、ママは笑った。ママは治に近づくと再度「クイー、クイー」。と挨拶して手を伸ばしてきた。治も「クイー、クイー」。と言いながら、ママの手を握った。

他の人たちも水から出てきた。三人の女と二人の男だ。「クイー、クイー」。と挨拶すると、また池に戻っていく。全員、素っ裸だ。治はダブの言葉を思い出した。「角は隠すものではないよ。見せるものだよ。どうしてオサムの種族は角を隠すのさ」。治はパンツを脱いだ。今日からは彼等の仲間だ、彼等と同じでいよう。花音も黙って服を脱いだ。春菜がそれを見て迷っている。


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