赤茶色のサルが何か喋った。 「オサム、キテクレタノネ」 治は呆然としてサルを見た、次の瞬間気付いた。 「花音、生きていたのか」 二人は走り寄ると抱き合った。 「治、会いたかったわ。私一人で寂しかった。死ぬかと思った」 「あの時どこにいたんだ?」 花音が治から身体を離すと問いには答えず、涙のあふれた目で治を直視して聞いた。 「他の人たちは、皆はどうしたの?」 治は黙って首を横に振った。花音は治に抱きついて嗚咽した。 「嘘、嘘よ」 治は花音の震える背中を黙って撫ぜた。何も着ていない、裸の身体に泥を塗っているのだ。
花音はすぐに顔を上げると言った。 「ここは危険だわ」 花音は治の手を取り、周囲を警戒しながら砂浜を歩き出した。河口に出ると上流へ向かう。川岸は赤茶けた泥の岸だ。この泥を花音は身体に塗っていたのだ。 「ここなら渡れるわ」 川の水も赤茶色で膝まで入るともう足先が見えない。すぐに深くなり二人は首だけを水から出して歩いた。 「向こうは安全よ、奴らは川を渡れない」 花音が対岸に上がると身体の泥が流され、白い胸が現れ、くびれた腰も見え始めた。治はたまらず花音に抱きついた。 「何よ、どうしたの?あっ、嫌だ、止めて」 花音は両手で胸を隠したが、治はその両手ごと花音を抱きしめ唇を合わせた。花音の手が下がり治の背中に回された。そのまま岸に上がると、木陰に横たわり治と花音は愛しあった。
花音は身を起こすと、治に聞いた。 「ねっ、何があったの。私はトレーニング・タンクにいたら、いきなりすごいGが掛かって、失神したの。気が付いたらここにいたわ」 「隕石が衝突したんだ。船は大破。循環システム室にいた俺だけが生き残った。トレーニング・タンクは非常脱出装置を兼ねていたから、花音は助かったんだ」 治は空を見た。雲が流れて山が見えている。 「花音はあの山に当たったんだ。あれがその跡だよ」 「どうして、そんな事が判るの?」 「山に登って確かめてきた。すごい確率だよ、山の斜面に滑るように当たったんだ。それで角度が変わり、さらに森の木を倒してショックをやわらげたんだ。季節風が向かい風だったのも幸いした」
「そういえば、あんた何、あの操縦」 「えっ、見ていたの?」 「池に浮かんで見ていたわ。最初は竜也が救助に来たと思ったわ。コースを変えて真上に来たでしょ。その時に私の機だと気付いたの。そしたらいきなりストールじゃない。それで治だと思った。だけどゲームで覚えただけで調査機を操縦しようなんて、普通は考えないわ」 「アスカより、二号機で死のうと思ったんだ」 「治が海に落ちたのか、あの島まで行ったのか、判らなかった。でも、いつかここに来るような気がしたの」 「ここはずっと気になっていた。早く来たかったけど、いろいろあって」 「だけど、よくデータを転送できたわね。治一人しかいなかったんでしょ」 「転送って何?」 「飛行データをアスカから調査機へ送るのよ」 「やってないよ、知らないもの」 「それで良く無事に着いたわね。私たちだって大気圏突入はコンピュータに任せるのよ」 「そうだったのか」
花音の落下コースが奇跡的だったにしても、途中で燃えなかったのは不思議だ、そして俺もだ。花音が喋りながら手元の雑草を無意識に抜いている。その根に丸いツブツブが付いている。これは?治は花音の手から雑草を奪うように取った。 「えっ、どうしたの?」 治は枯れ木を掘り出した時を思い出した。あの木の根にもこれが付いていた。 「判ったよ。これは根粒菌だ。この星の草だけでなく木にも付いている。大量の根粒菌が大気中の窒素を固定したんだ」 「どういうこと?」 「コイツが空気中の窒素を土に取り込んだ。だから途中で燃えずに済んだんだ」 「判らないわ」 「窒素が少なくて大気が薄いから摩擦熱も少なかったんだ」 「空気が薄いの?」 「酸素が多いから薄いと感じないのさ。花音の怪我は早く治っただろ。疲れにくいのも酸素が多いからだよ。地球より重力が小さい。気圧も低いから、ジャンプ力や他の力もすごくアップしているだろ」 花音が黙って肯いた。
「今は夏だ。一年は三百十日。一日は二十六時間。月は十三日でこの星を一周する。雲が多いのは重力が小さく、気圧が低く、潮の満ち引きもある。水が蒸発しやすいからだよ」 「すごいわ、治。学者みたい」 「俺は学者だぜ、忘れたのかい植物学者だよ」 「天文学者で物理学者で、えーと、あと判んないわ」 そう言って花音は治に抱きついた。治が不意を突かれて倒れると、花音が上からキスをした。 「治が何をしていたのか教えて」 「それを話すと長くなるな。おどろき、ももの木、鬼の木だよ」 「鬼の木?」 「そうさ、後でゆっくり話そう」
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