村に帰ってから、治は河口で過ごした。枯れ木がそのままだったのに気付き海に流した。これで枯れ木も赤族のご先祖に会えるわけだ。ただの木には愛着を示し、色の違う赤ん坊を殺す種族か。忌々しい種族、呪われた種族だ。風は安定して東から吹いている。 この呪われた島を早く出よう。筏を引きずってきてダムに浮かべた。細長い二つの筏を、一メートル開けて結びつけた。これなら簡単にひっくり返ることはないだろう。流木を削って作った櫂もある。森に行き小石を数えた。五十三個。治がこの島で過ごした日数だ。
ダブに別れを告げに村へ行った。ダブは黙って治に抱きつきポロポロと涙を流した。治はダブを抱きしめ、持ってきた黒曜石のナイフを渡した。小さな斧を地面に置くと、俺はもう一度ダブを抱きしめた。 「それじゃ、行くよ」 ダブは黙って頷いた。そのダブの姿がぼやけて見える。治は歩きだした。背中にダブの視線を感じるが、治は振り返らずに下を向いて歩いた。涙が地面に落ちる。何人かの村人が挨拶したようだが、そのまま歩き続けた。
村外れでアシジに出会った。 「これは、ニライ様。お久しぶりです。お陰さまで、食料庫はあふれんばかりです」 「アシジ、いずれ青族が攻めてきて、あの橋は流されるぞ」 アシジの表情が硬くなった。 「そうかもしれん。そうでないかもしれん」 「今年は十人、全員赤い子だな」 「何が言いたいのだ」 「十年前は四人、二十年前は五人の青い子が生まれたはずだ。それは川に流したのか、それとも土に埋めたのか」 「おまえには関係のない事だ。おまえがニライでないのは最初から判っておったわ」 「このままでは赤族は滅びるだろう」 「滅びはしない。よそ者のおまえが口出すことではない」 「ああ、勝手にすれば良いさ。俺はこの島を出る」
河口に戻ると筏にパラシュートの帆を張った。筏は前に進みたがって浅瀬の石をぐいぐい押す。満潮の一時間前になった。筏をダムから出すと、櫂を手に治は飛び乗った。川の流れと風に乗り、筏は沖へ進む。河口がすぐに見えなくなる。島がどんどん遠ざかる。だが対岸はまだ遠い。 やがて筏は北へ流れ出した。潮に乗ったのだ。治は山を見た。山頂には雲がかかっている。筏は海の上を滑るように進む。思った以上のスピードだ。島と陸地の間が狭くなってきた。海峡の中央部に近づいている。時計を見る。満潮までまだ二十分だ、潮の流れが予想よりも速い。このままでは上陸地点を通り過ぎてしまう。
治は陸に向け櫂を漕ぎ出した。もう少しで着くと思った時に河口に出くわし、その流れで沖に戻された。くそっ、櫂を漕ぐ手に力を入れる。潮の流れが弱まったようだ。風に流されどんどん陸が近づいてくる。岸の木々の一本一本が見える。そこに動くものが見えた。あれは何だ? 砂浜が近づいてくる。かなりのスピードだ。治は櫂を捨て、こん棒を握った。衝撃に備える。筏が砂浜に当たり、治は波打ち際に放り出され転んだ。リュックの中の黒曜石の塊が背中に当たる。「うっ」。息がつまり、治はしばらく動けなかった。
何か音がして治は首を上げた。石が飛んでくる。何だ?治はすばやく起き上がり、周囲を見渡した。サルだ。二匹のサルが二本足で立って俺に石を投げつけているのだ。治は砂浜を走った。サルも追いかけてくる。走る時は四本足だ。鬼族と違って動きは素早い。 一匹のサルが長い枝を手に治の行く手を阻んでいる。治はこん棒を握り直した。追いかけてきた二匹も枝を手にして近づいて来た。身体は治より小さいが腕は太い。肩が筋肉で盛り上がっている。一匹が襲いかかってきた。長い枝を軽々と振り回す。治は素早く後退した。これは強敵だ、しかも三匹か。しかし、どうしていきなり襲うのだ。ここは奴らの縄張りなのか?いや、奴らは狩をしているのだ。俺を食うつもりなのだ。三匹が治を取り囲んだ。そして徐々に距離を詰めてくる。
治は波打ち際に後退した。これで後ろは安全だ。治は叫びながら突進した。「食われてたまるか!そこを退け」。サルは治を見据えて枝を振り下ろした。その枝をこん棒で払うと、よろけた。枝を捨ててサルが治に襲いかかる。 治は体勢をくずしながらも、こん棒を力いっぱい振った。バキッと手ごたえを感じる。サルは腕の骨が折れたはずだが、それでも牙を剥き出し立ち上がった。後ろから二匹のサルが迫ってくる気配がする。治はこん棒を構え直す。 その時、サルの頭が一瞬細く光ったように見えた。サルが倒れ、毛の焼ける臭いがする。後ろの二匹が逃げ出した。治が振り向くと、赤茶色のサルが立っていた。しまった!レーザーガンはサルに拾われた。そのサルが何か喋った。
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