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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第22回               第5話 鬼族の謎
治は十月十日を漠然と二百八十日と思っていた。地球の常識で考えていた自分に苦笑する。この星の一月は何日だろう?
疑問はもう一つあった。青族は長の石で季節を計りムシの祭りの日を知っていた。赤族はどうしているのだろう?二つの質問にダブは笑って答えた。

「一月は十三日だよ。満月の夜、雲でお月様は見えないけど感じるのさ。くすぐったいような暖かいような良い感じがするんだ。
一年はもっと判りやすいよ、葉が散るんだ。ムシの祭りの一月くらい前に葉が散って若葉が出るんだよ。今年は僕の背中の葉が三十枚くらい散ったよ。若葉が出る時、痒いけど掻いちゃ駄目なんだ。痒いのを我慢している間に祭りになるのさ。
十年?僕は数えてないよ。長老様が数えていると思うよ。でもさ、ムシの森はすぐ近くだろ、もうすぐかな、と思ったら見に行けば良いのさ」

 なるほど彼等は植物だったと改めて知る。月が一周するのが十三日なら、二六時間を十三で割る。一日ごとに約二時間ずつ月の位置がずれていくわけだ。
それにしても赤族と青族は対照的だ。ムシの森に近いせいもあるが呑気な赤族と、毎朝、日の出を観測して十年の時を計る青族。突然変異で身体の色だけでなく性格まで変わったようだ。

治は橋のことを考えた。青族は喜んでいた。いや、長は違っていた。感謝の言葉を言いながらも何か不自然だった。橋があれば食料が多く手に入る。それなのに何故、橋を流すのだ?俺が作った物は気に入らないというのか?いや、長は感情よりは計算で動くはずだ。
青族の女は栄養を取るのは良くないと言った。特に実が熟す前にだ。その時は雲固が食べられないのだ。これはどういう事だ?それと橋が流されたことは関係があるのだろうか?そして二つの種族とも子供が少ない。何故だろう?治は村の中で、さりげなく調べはじめた。

「ねえダブ、ダブは頭が痛くなることはないの?」
「頭が痛くなるのはしょっちゅうさ、難しいことを考えるとね、すぐ痛くなるよ」
「あはは、じゃ、お腹は?」
「十年に一度だけお腹が痛くなるよ。ムシの祭りで食べすぎてね」
赤族は健康だ。病気で赤ん坊の半分が死ぬとは考えにくい。それとも赤ん坊だけの病気があるのだろうか。
「駄々をこねて泣く子がいたよね」
「泣き虫デンギだよ」
「その母親と一緒にいる女の人は?」
「あれはケング。ツルジの姉さんだよ」
「でも子供がいないね」
「うん、そうだね」
 たぶん、ツルジは四十歳だ。ならばケングは五十歳か。

村外れでケングに出会った。周りには誰もいない。
「こんにちは、ケング。これから畑へ?」
「こんにちは、ニライ様。ニライ様に名を覚えてもらえるなんて思いもしませんでしたわ」
「いつも泣き虫デンギといるから、覚えました」
「デンギは困った子ね。ツルジも大変よ」
「ケングは姉さん思いですね」
「あら、やだ。ツルジは私の妹よ」
「えっ、うそでしょう。ケングは三十歳かと思っていました」
「あら、おばさんをからかわないで下さいな」
「だって、そのくらいに見えますよ。だから今度は始めての子供かと思いました」
「前の子はね、駄目だったよ」
「お気の毒に、病気ですか?」
「いえ、あの・・・死産だったのよ」
「それは残念でしたね、可哀想に。今度は順調そうですね」
「ニライ様のお陰で、私もたっぷり食べることが出来ましたもの」
「そうですか、じゃあ今年は赤ん坊が十人だ。めでたいな」
「そうよ、とても、おめでたいわ。何十年ぶりの事だと思うわ」
栄養が良ければ赤ん坊が十人生まれるのだ。今までは半分しか生まれなかったのは栄養不足で死産だったのか?だがケングの言い方は何か不自然だ。

 村へ入るとアシジが家の前で日向ぼっこをしていた。赤族は用がなければ皆、こうして日向ぼっこだ。雨が降り出すと家に入り、止めば出てくる。
「アシジ、前の長老様は生きていれば百歳になったかな?」
「無理でしょう。長老様は足にきていましたから」
「歩くのが不自由そうだったな」
「はい、ああなると普通は、あと半年くらいです」
「生きていればどうなる?」
「葉が落ちてきます。そうなると大食らいになります。しかし、食べ物は少ないし、女たちに優先して与えなければいけません。年寄りの分は少ないのです。やがて枯れます」
「皆、そうやって死んでいくのか」
「はい。皆、そうして枯れていきます」

 治はアシジの言葉が気にかかった。
「枯れるとは死ぬことだろう」
「いいえ、死ぬのと枯れるのは違います。葉が茂ったまま亡くなるのが死ぬことです」
「そうか。葉が散って死ぬのが枯れる事か」
「いいえ。葉が散れば枯れます。それは自然なことです。葉が茂ったまま死ぬのは不幸なことです」
「どんな時に死ぬのだ?」
「長老様は雲固を食べ過ぎて死にました。ニライ様は青族の片足を叩き折りましたが、両足なら死んでいました。首でも死にます」
「お婆様はご先祖の姿の木になる。それは死ぬことか?」
「いいえ、木になれば何百年も生き続けます」
「それはめでたいのか?ダブは恐ろしいと言っていたが」
「根が出れば口がふさがります。食べることも話すこともありません。目も耳もふさがると言われています。静寂と闇の中を一人で何百年も立ち続けるのです」
 アシジは遠くを見るような目になって黙り込んだ。
「それでもお婆様は赤森の谷に行くのか」
 宙を彷徨っていたアシジの視線が治の上で止まると、いつもの顔に戻った。
「ご先祖の姿になるのは我々には名誉な事です。私も長生きをしてお婆様に続きたいと思っています」
 アシジは自分が長老であることを思い出したようだ。

治は話題を変えることにした。
「青族の村には老人がいなかったが」
「奴らは馬鹿ですから、食うのを我慢するのが良いことだと信じているのです。栄養不足で枯れるのでしょう」
「アシジ。橋が出来れば、食べ物がたくさん取れる。アシジが大食らいになった頃には食料庫はいっぱいだ」
「あはは、ニライ様。ありがたいお言葉ですが、年寄りの大食らいは赤族の恥さらしですよ」
「明日、棒の木を取りに行くつもりだ」
「誰と行くつもりで?」
「ダブとギボシに行ってもらうかな」
「ダブとニーナにしなされ。予行演習です」
「ああ、それは良いね」

 治はアシジの言葉を考えた。「静寂と闇の中を一人で何百年も立ち続けるのです」。それでもお婆は赤森の谷に行くのか?そうしてまで生きていたいのか?治は思い出そうとした。以前、似たような小説を読んだような気がする。
死刑を宣告された若者が目隠しをして銃口の前に立つ。その時に恩赦の知らせが来てシベリア送りになった、その若者が死刑の前に考えたことだ。高い岸壁の上、やっと二本の足で立てるような狭い場所。そこで永遠の闇、永遠の孤独、永遠の嵐の中で立ち続けるとしても生きていたい。死にたくない。そんな内容だった。お婆も同じ気持ちなのだろうか?死が身近になれば誰でもそう思うのだろうか?

治は宇宙船で死のうと思ったことを思い出す。仲間全員が死んだ。俺には脱出する方法が無いと思った。だが、酸素が切れた時、俺は生きる事を選んだ。そう考えた時に、治は逆のことに気付いた。俺は宇宙船で生き延びることを考えなかった。循環システム室にいれば一ヶ月以上は生きられたはずだ。だが、俺はそんな事は考えなかった。多分、それは俺が一人きりだったからだ。


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