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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第21回    第4話 潮の満ち引き
村が見えてきた。一週間ぶりだ。
「おお、ニライ様が帰られたぞ」
「おーい、ニライ様が戻られたぞ」
赤族は無邪気だ。治が青族から良からぬ事を吹き込まれたのでは、とは考えない。
「これはニライ様、お帰りなさいませ。あちらは如何でしたか?」
「ニライ様がいなくて寂しかったよ」
「アシジ、青族の村は陰気な所だったよ。俺はこっちの村がくつろげるよ。ダブ、待たせたな。村にお土産だ」
治は途中で取ってきた実をリュックから出した。
「いつもながら、ありがたいことです」
「そりゃそうさ、ニライ様が村一番の大食らいだもの」
「わはは、ダブの言う通りだ。な、皆の衆」
「いやはや、帰ったとたんに、とんだ挨拶だな」
「あはは」

治が歩き出すとダブが子犬のように付いてくる。
「ね、ね、一緒に行く相手が決まったよ」
「一緒に行く?どこへさ?」
「赤森の谷だよ。ニーナが選ばれたんだよ。村一番の可愛い子だよ」
「ほう、するとダブはニーナと結婚するわけだ」
「ち、違うよ。そんな事は決まってないよ」
「だって、アシジはクンタと結婚しただろ?」
「それは二人がたまたま一緒になっただけだろ」
そう言いながらもダブは嬉しそうだ。

「なあ、ダブ。一緒に赤森の谷まで行って来てさ、頼りになる男だと判ったら、女の子は結婚したくなるよな」
「うん、そうだね」。ダブの返事に元気がない。
「それなら、ニーナが結婚したくなるのは俺だな」
「そんなのないよ、ニライ様の奥さんはカナイ様じゃないか」
「カナイはもういないよ」
辺りを見回して村人がいないのを確かめて、ダブが言った。
「オサムは種族が違うから、ニーナとは結婚できないよ」
「ああ、そうだった。それを忘れていたよ。わはは」
「あっ、オサムは僕をからかったな」
「違う、違う。うっかり忘れていただけさ」

ダブと別れてから、治はお婆に挨拶に行った。
「お婆様、今帰りました」
「おう、どうじゃた青族の村は、陰の気に満ちていたのではないか」
「さっき、アシジにそう言ったばかりですよ」
「奴らは悪賢いでな。まあ、おぬしなら騙されることもあるまい」
「はい、陰謀の匂いがしました」
「ふふふ、何しろ何百年もワシら赤族を騙し続けているつもりでおるからのう」
「えっ?」
「ははは、とぼけるのが上手くなったのう。ムシの祭りじゃよ。最後の日に青族がこっそり来ているのは先刻承知じゃわい」
「驚きました。それを知っているのはお婆様だけですか?」
「アシジも知っておる。知っていて知らん顔をしてるのじゃ」
「赤族と青族。騙し騙され、複雑怪奇ですね」
「知ったところで、どうにもならぬわい。青族には勝てぬでな」

「ところでお婆様、いつかの橋の話ですが」
「おお、どうした?」
「青族に橋を作ってきました」
「なんと、ははは。それは良いことをしてきたのう」
「そうすれば、青族が村を襲うことも無くなるかと」
「いいや、そうはならぬじゃろ。あれは青族の楽しみでもあるからのう」
「この村にも橋を作りたいのですが」
「ならぬ。木を殺してはならぬわい」
「いいえ、青族の村に生えていた棒の木です。あれに雲固を使えば橋に使えるのです」
「棒の木か、それはでかしたぞ。アシジに聞くが良い。赤族の使う木がある。アシジに雲固のことは言わぬ方が良いぞ。アシジは木が枯れた訳を知らぬでな」
治は家に帰って寝た。さすがに疲れた。青族の村から一日で帰って来たのだ。翌朝、アシジに場所を聞き、棒の木に雲固を与え村に帰ると昼近くなっていた。治は午後を村でのんびりと過ごした。

翌日、治は河口に向かった。流木を海に投げ入れ丘に登る。風は海から吹いてくるが、あと八日で逆になるのだ。その風と潮の流れに乗って治は向こうへ渡る。海を見ると流木は北ではなく南に流れて行く。どういう事だ?潮の流れが逆になっている。これでは対岸に渡ってもあの道とは遠い場所へ着いてしまう。
治は丘をとぼとぼと歩き降りた。前は元気に駆け下りたのを思い出す。勢いあまって海に入りそうになった。今日は十メートルほど波が引いている。そうか判ったぞ、潮の満ち引きだ。この星には月があるのだ。雲に隠れて見えないが月があったのだ。沖の流れは潮の満ち引きで逆になるのだ。

治は波打ち際に行った。そこの砂は乾いている。やがて乾いた砂が濡れ始めた。これから潮が満ちてくるのだ。時計を見ると一時だ。まだ朝なのだが、時計は地球の日本時間のままだ。治は砂浜に棒を等間隔に十本立てた。しばらくすると一本の棒が波にさらわれて倒れた。
治は筏を作りに河口へ行った。枯れ木は無事にダムの中に浮いていた。蔦を外そうとして治は手の力が抜けてしまった。水を含んだ枯れ木はもろくなり、蔦が枯れ木の中へズブズブと食い込んでいくのだ。これで筏は作れない。治は気落ちして河口に座り込んでしまった。

しばらく経ってから治は波打ち際に戻った。立てた棒を蹴飛ばしたい気持ちだった。波にさらわれた棒が治の足元に打ち寄せられた。治はそれを拾うと沖に投げつけた。その棒の行方を見る治の目に何かが見えた。棒よりも大きな板のような物。あれは橋ではないか?青族の村で治が作った橋のように見える。何故、ここに流れているのだ?
治は板に向かって泳ぎ出した。泳ぎ着いて掴まると板はしっかり浮いている。そして、それはやはり治が作った橋だった。そのまま岸に向かってバタ足で進むと波が後ろから押して海岸に着いた。治は橋を押さえたまま海岸に座り込んだ。やがて潮が引き始めた。八時を回っている。干潮から満潮までは七時間くらいだろうか。

今度は干潮の時刻を確認するのだ。待ち時間に斧を作ろう。バットの棒に溝を掘るが上手くいかない。黒曜石の切片はナイフというよりカッターのようだ。力を入れる方向が狂うと簡単に刃が折れてしまう。これでは無理だ。治が作ろうとしていたのは棒に小さな石器を並べて埋めた斧だった。
 やれやれ、と苦笑する。新石器という高級品は俺には無理なようだ。三角の石を棒に結びつけるだけの旧石器の斧にしよう。川原で石を探すうちに、治は自分の甘さに気付いた。三角で先が薄い石など見つからない。自分で作るしかない。ここにある石は五種類だ、それを順番に試す。茶色い石は駄目だ。割れるというより砕けてしまう。白っぽい石も駄目だ、硬すぎる。灰色の石が割れた角が鋭くなる。
薄暗くなってきたのに気付き時計を見る。しまったもう十五時を過ぎている。急いで波打ち際へ行くと丘から十メートルだ。十五時が干潮と推定して良いだろう、満潮が八時、干潮が十五時。やはり七時間と推定できる。

翌日はもう一度潮の時間を計る。干満のサイクルは七時間だったが、昨日と二時間ずれている。治は二つの小石を拾って森に戻った。黒い斑点のある石を惑星とした。斑点が治の居る場所だ。もう一つの石を少し離して置いた。これが雲に隠れて見えない月だ。惑星が自転すると斑点が月の方を向く。それが治のいる場所での満潮だ。

判りやすく、月の石を十二時の方向に置き直した。斑点が十二時の方向が満潮だ。三時が干潮、六時がまた満潮、九時が干潮、一回りして一日になる。そのサイクルが二十八時間だ。だが、この星の一日は約二十六時間だ。日の出も、日の入りも見えないので正確ではないが、何回も計ったのだ。二時間の誤差は何だろう?
そうか、治は月に見立てた石を少し動かした。斑点とずれる。惑星が一周した時、月も動くのだ、それが二時間の差か。月がこの星を一周するのに何日かかるのだろう?月が見えないので調べようもない。治は思い出した、実を植えてから十月十日で赤ん坊が生まれる。そうだった、この星に月があるのはダブに聞いていたのだ。

治は石を片付けようとして、思いついた。そうだ、俺も青族を見習うか。川原から石を拾ってきて森に座り込むと、治は今日までの出来事を順に思い出しながら、石を一個ずつ置いていく。
それを数えると三十三個になった。治は二十五個目の石を大きい石に置き換えた。青族の暦を見た日だ。この日から十五日で風が変わる。それは七日後だ。治は満足して眠りについた。


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