治は一人で青族の森を歩いた。川を渡れば多くの実があるのは赤族と同じだ。治は川に沿って歩き候補地を選び出した。その川は当然ながら赤族とは反対の東側の川だ。 三日経つと棒になる木が太く長く育っていた。それを折り取って村へ戻る途中でブライに会った。 「ああ、ニライ様。お願いがあります。ここへ来る時に二人でたくさん実を持ってきましたね」 「村人に迷惑をかけないように俺の食料を持参したのさ」 「ほんの少しで良いのです。僕に食べさせて下さい。腹ペコで死にそうです」 「ここは赤族の村ではないからな。長に聞いてからにしよう」 「いや、それは」 「ここでは食べる日も量も決まっているようだ。俺が勝手に食い物を・・・」 「判った、いらないよ」 ブライはそう言い捨てると、くるりと背を向けて去った。
治は棒の木を持って村に帰った。 「長よ、これが何だか判りますか?」 「はて、棒の木にしては太くて長い。このような木を見るのは初めてです」 「村の上に何本も生えています。これを取るように村人に伝えて欲しいのです」 「それを、どうしようと?」 「これで橋を作るのです。川を渡れるようにするのです」 「川を渡る?」 「川の向こう側には、実の生った木がたくさんあります」 「はい」 「これで、赤族を襲わなくとも食べ物には困らなくなるでしょう」 「なるほど、それがニライ様のお考えでしたか。恐れ入りました」
村の広場には何十本もの木が積まれた。十本並べて蔦で縛り、それを三段重ねにすると頑丈な橋が出来た。治は橋を四人の青族に持たせ森に向かった。 治が川に入ると青族は驚いた。押し出された橋を治が支えて、さらに押せば橋は川の上に架かった。渡った先には、たくさんの実がある。四人の背負い籠は大きな実でいっぱいになった。喜んで村へ帰ると様子が変だ。
広場には人が集まっていた。その中心でブライが縛られている。 「今日は男の子だけが食える日だ。二十歳にもなった者が子供の食い物を盗むとは情け無い奴だ。掟により三日間の入牢だ」 「腹が減って死にそうだったんです」。ブライは下を向いて泣きながら言った。 一人の女がブライの横にひざまずき長へ訴えた。 「お待ち下さい。この子が盗んだのは大きい実の六分の一です。掟では入牢は二日のはず。三日も暗闇で飲まず食わずでは、この子は枯れてしまいます」 「バンデよ、お前が息子の心配をするのはもっともだ。だがお前は知らない。ブライは赤族の村にいた間、毎日腹いっぱい食っていたのだ」 それを聞いた村人たちが驚いて口々に騒いだ。 「なんと毎日とは」 「しかも、腹いっぱいだとよ」 「十日で足が生えるとは変だと思ったんだ」 長が村人を見回しながら言った。 「こ奴は赤族に染まってしまったのだ。頭が口に支配されたのだ」 バンデと呼ばれた女が立ち上がった。 「我が子ながら情けない。三日どころか四日でもブライが枯れないよ」 「ブライが赤族の口を忘れ、青族の誇りを思い出すには三日で十分だろう」 ブライは治の横を引き立てられて行った。そして恨みがましい目で治を見た。それを見た村人の視線が治に集まった。
「これは、これはニライ様、お恥ずかしい所を見せてしまいました。ほう、これは豊作だ。橋を作るなどとは、とても我らには考えも付かないことで」 長の口調は冷ややかだった。治はブライを弁護しようと思ったが止めた。これ以上ニライの信用を落としては危険だ。こん棒をもつ手が汗ばんでいるのが自分でも分かる。食べる日と量が厳格に決められている青族の村では、治が日に三度も多量に食うのを白い目で見られていた。治は村を出ることにした。
翌朝、治は大岩とは逆方向の南に向かった。この先いずれ川に出る。赤族と青族の境界の川だ。そこを渡り西に向かえば赤族の村は近いはずだった。森の中の小道を歩いていると畑を見つけた。そこには十個のキャベツがあった。という事は、青族には老人がいないのだ。 十組の夫婦で九人だから、子の数は平均0.9人と少ない。それとも、今年は十人の赤ん坊が生まれるのだろうか?人が近づく気配を感じて、治はとっさに目の前にあったキャベツの前にしゃがみ込んだ。 「ニライ様、それは私のキャベツですが」 「ああ、そうでしたか。元気に育てよと言っていたところです」 「ニライ様に祝福されるとは幸運な子ですこと」
女はそう言いながらも、治を警戒している様子だ。無理もない。村にいたのは僅か一週間でこの女とも話したこともないのだ。ましてブライの事件の翌日だ。 しゃがみ込んでいると治はもよおしてきた。今朝早くに出発したので用をたす暇がなかったのだ。 「この子に雲固を授けたいのですが」 「赤ん坊に雲固は強すぎます。赤ん坊は雨と日光で自然に育ちます」 「母親のあなたには?」 「まあ、嬉しいこと。ニライ様が村に来た日に私も雲固を頂ました。あの味は忘れられません」 「ちょっと待っていて下さい」
雲固を与えると女の様子が一変した。警戒心を捨て饒舌になった。 「ニライ様が村に来たのが、実を植えた後で良かったわ」 これはどういう意味だ?怪しまれずに聞き出すには、と治が考えていると女は一人で喋りだした。 「実が熟す前だと、せっかくの雲固が食べられませんもの。天空の味を二度も頂けるなんて幸せだわ」 女はそう言うと黙り込んだ。もっと喋らせるには、どうすれば良いだろう。女は痩せてやつれて見えた。赤族の元気な女たちに比べ、青族の女は陰気だ。 「雲固はまだあります。もっと食べますか?」 「あら嬉しい。でもいいわ。食べたいけど、そんなに栄養をつけたら良くないわ」 「何故ですか?栄養をつけて元気な赤ちゃんを授かれば良いではないですか」
その言葉に女は警戒心を呼び起こされたようだ。 「私はもう帰ります。あの、ここでニライ様に出会ったのは長には内密に願います。長に知れるとうるさいのです」 「俺は帰るところです。長には別れを告げてきました」 「帰るなら道が違います」 「俺は川を渡って帰るのです」 女の言葉が引っ掛かった。赤族は花が咲いた後でムシの祭りで栄養を取った。青族は花が咲いた後は栄養を取らないのか?だが、治は先を急いだ。今日中に赤族の村に帰るつもりなのだ。女の言葉よりも治は村の方向に気を取られていた。
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