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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第2回                    第2話 嘘の政府発表
翌朝、課内には落ち着かない空気が漂っていた。課長が席を立つと前園翔太が興奮気味に話し出した。
「僕が休暇を取った日に来るなんて、ついてないなあ。でも夕方には知ってましたよ。会から連絡があったから。惑星研究会です。現在の会員は百人くらいですが、アスカが出発した時には二百万人以上いたんですよ。アスカについて知りたかったらウチのHPを見てください。名前はセカンド・プラネットです」

前園の言葉に数人がHPを開いた。画面に宇宙から見た地球が映る。その姿が急速に小さくなり、無数のきらめく星の一つになる。星空にテロップが流れる。
「十六人の若者が日本の希望を担い、第二の地球を求め飛び立った。探索の旅が終わる時、はるか宇宙の彼方に日本が誕生する。新しい惑星に新しい日本が」
文字が消えると、小さな宇宙船が姿を現した。ゆっくりと近づくアスカは飛行機の形だ。両翼に小型機が一機ずつ乗っている。アスカの後ろに灰色の物体があり、画面が灰色に覆われた。視点がスッと遠ざかり回転しながら全体像を写した。巨大な釣鐘型のワープ装置の先に小さな銀白色が見えた。それがアスカだ。「ワープ準備完了」女性の声がした。「ワープ開始」船長の命令と同時に画面が揺れた。次の瞬間、アスカは一筋の光となり画面奥へ流れて消えた。

動画が消えトップページ画面になると、一人が前園に質問した。
「翼に乗っていた小さな飛行機は何だい?」
「調査機です。アスカは着陸したら、もう離陸は出来ないんです。だから着陸前に惑星を徹底的に調べるんです。今までに三回、飛んでます」
「今まで二十七の惑星に行った。その中で三つ有望な星があった。だけど、調査機で調べたら駄目だった、という事か?」
「そうです」
「なかなか見つからないものなんだな」

そんな会話を聞きながら、春菜は乗員名簿を見た。多志呂春菜の名前で視線が止まった。漢字は違うが、読み方は「たしろ」に違いない。たしろはるな、チーフ・オペレータ、二十七歳。この人も亡くなったのかしら、そう思うと胸が痛くなる。次に過去のメールを見る。二十七のメールはすべて船長の署名がある。十八番目を除いたメールには添付ファイルが付いている。添付ファイルは一般職の春菜では開かないが、惑星データ付と書いてある。
「前園君、添付ファイルの惑星データって何?」
「住めなかった惑星でもデータは送ってくるんです。今後の参考になる貴重なデータなので、それは非公開なんです」

「あと五分だぞ」
その声に前園が大声で皆に告げた。
「十時の政府発表はJPネットで生中継されます。JPネットへはここからジャンプ出来ます」
「JPネットじゃ知らなかったのも当然だな。あれを見るのは年寄りか、よほどの暇人だけだろ」
「どうせ今回も駄目なんじゃないか」
「たぶんね」
 皆が肯きながらも、期待しているのが判る。春菜は皆に口調を合わせながら、心は重かった。

「時間だぞ」
 一斉に各自のPCを覗き込む。
「政府広報の時間です。昨日9時28分に、惑星移住計画のアスカから連絡が入りました。アスカが出航したのは453年前の2156年でした。そして二十八回目のメールが届きましたが、残念ながら今回も移住出来る惑星はなかったようです」
 フリップが大写しとなった。
「二十八番目の太陽系に到着。残念ながら、人類の生存に適した惑星はありません。しかしクルーの意気は盛んです。すでに次の星を探索中。通信機不調のため惑星データは割愛です。アスカ船長 入生正平」

 課内は静まり返った。数人がため息をついた。春菜は驚いた。これが政治的解釈というものなのか。あまりにも真実とは遠い、と言うより捏造だ。その時、前園翔太が叫んだ。
「なあ、みんな。今回は駄目だったが、きっとアスカは住める星を見つけるさ。がっかりすることはない。研究会の教授によれば、確率的にはあと五回以内で見つかるはずなんだ」
「それなら、俺が生きている間に見つかるぞ」
「君がもう少しお酒を控えたならね」
 ドッと笑い声が起きる。春菜はハッとした。そうだ、これがメールの目的だ。我々に希望を残し、夢を与える。事故で生き残った乗員が絶望と混乱の淵から立ち上がり、必死になって書いた文章だ。それが拙いと責めるよりも、彼の真意を汲んだのが政府発表だ。私の解釈よりずっと立派だわ。

 PCの隅が点滅し出した。メールの着信だ。春菜はメールを開こうとして突然胸騒ぎを覚えた。昨日の課長の恐い顔を思い出す。政府発表は自分の解釈と正反対だ。自分の解釈は、国民の希望を打ち砕く最悪のケースだ。着信の点滅が続いている。その短い周期に春菜の心拍数が呼応し始めた。春菜は想像する。メールはさりげない呼び出しだろう。「退職手続きに人事課に来てください」春菜が部屋を出て廊下を曲がると、見知らぬ男が立っている。「田代春菜さんですね、こちらへ」有無を言わさず連れて行かれる。すでに部長と課長は部屋にいる。二人がうなだれて立っている、その前に誰かがソファに座っている。背中を突き飛ばされ春菜が部屋に入る。老人が怒鳴り出す。「お前が張本人の田代か!くだらん話をでっち上げおって。判っているだろうな、公務員には守秘義務があるんだぞ。退職しても一生付いて回るんだ。余計なことを一言でも喋ったら只ではおかんぞ!」着信の点滅が消えた。逃げ出したくなる気持ちを押さえつけて春菜は決心した。そしてメールを開いた。
 


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