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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第18回   第2部 2409年  第1話 石の暦
ブライが歩けるようになった。足が取れてから十日目だ。翌日、村人に見送られ二人は出発した。三人の青族と戦った場所を過ぎると川があった。水は岩の割れ目を流れている。ブライは長い足で割れ目をまたぐ。治は割れ目を飛び越えた。
「ここが大岩の渡しです。小さな赤族は通れません」
ブライがそう言って笑うと言葉を続けた。
「長が村まで三日と言ったのは女、子供の足です。男なら二日です」
野宿した朝、治は土産の雲固を葉に包んで持った。その匂いがブライを刺激する。仕方なくブライにひと舐めさせると、ブライは山道を張り切って登って行く。その日の午後遅く青族の村へ着いた。

長は驚いて出迎えた。長は生えてきたのはどちらの足だ、と二度もブライに聞いた。村人が全員広場に集まった。総勢三十人ほどだ。治が雲固を出すと村中が興奮に包まれた。治は長の石に目を向けた。高さ一メートルほどの石柱の上に、その丸い石は乗っていた。これで、どうやってムシの祭りの時を知るのだろう。村人たちが口々に礼を述べて、広場を去って家に帰っていく。

長が説明した。
「ニライ様、広場の反対側に石の柱が見えますか?」
「ああ、同じような柱が三本あるね。でも石は乗っていない」
「向こうの石は地面の上にあります」
そう言うと、長は中間の柱の左に行った。
「今日、ここから朝日が昇りました。明日はこの辺、明後日はこの辺です」。長はそう言いながら、少しずつ左の柱へ移動した。
「この柱まで来ると、今度は戻ります」。長はゆっくりと右の柱まで歩いた。
「ここに十個の石があります。その一つを朝日の昇る場所に置きます」。そう言いながら長は、石を動かす振りをしながら中間の柱まで行った。
「朝日がここ、ムシの柱から昇る時、石はここに置いておきます。そして石が十個になった時がムシの祭りの時なのです」

これは暦だ。地球のストーンヘンジのような環状列石の一部分なのだ。
「青族は賢い種族ですね、驚きました」
「いいえ、ニライ様に比べれば、まだまだです。我らの数百年の秘密を簡単に見破られてしまいました。私どもはニライ様に敬服しております。そして以前の無礼を恥じております」
「それはお互い様です。以前の事は忘れましょう。ブライにも言いましたが俺は赤族でも青族でもありません。青族の秘密を赤族に漏らす気はありません」
「ありがたいお言葉です。さて、暗くなってきました。こちらへどうぞ」
 治は横になっても興奮していた。長の石が暦ならムシの祭りだけでなく、もっと多くのことが判るはずだ。だが、どうすれば良い?やがて、治は疲れもあって眠りこんだ。そして夢を見た。

 女たちが畑に座り込んでいる。何をしているのかと見れば、胸のボタンを外して赤ん坊に乳を含ませている。目のやり場に困って後を向くと春菜がいた。その腹を見て俺は言った。
 「チーフ・オペレーターは忙しくて後回しか、予定日はいつだい?」
 「ちょっと何よ、治。失礼ね、もうじき引っ込むわよ」
 春菜が首を後に回すと、背中の赤ん坊に話かけた。
 「本当に馬鹿なパパで困りまちゅね」
 「えっ!」
 「何、驚いているのよ。私が治の子を生むわけないでしょ。Aタイプを使ったの。あんたと違って逞しい男に育つのよ」
 「だけど・・・」
 「この子が大きくなったら、父親は液体窒素の冷凍精子ボックスだと言うの?あり得ないでしょ。子供には父親が必要なのよ。それにね、私が治を希望したんじゃないわよ。クジで当ったのよ、驚いてがっかりしてるのはこっちの方よ」
 なるほど、そういうことか。それなら俺にはもう一人の子供がいるはずだ。俺は周囲を見回した。
 「花音はどこにいる?」
 「さぁ、ここにはいないみたいよ」

 そんな馬鹿な。俺は花音を探しに駆け出した。すると天文物理学者の石田悠太の声が聞こえた。
「地球より一回り小さい星で重力は0.9倍くらいだ。気圧も低いから水が蒸発しやすい。だから雲が多いんだ。だけど台風のような暴風雨はないよ」
 「悠太、どこだ?聞きたいことがあるんだ」
見回すとプログラマーの木本賢一が笑って立っている。
「論理的に考えれば簡単さ。天文学者じゃない僕にでも判るよ」
「賢一は特別さ。治には僕から説明するよ」。悠太が黒板に線を引きながら言った。「太陽が一番北から昇るのが夏至だ、それが左の柱さ。右の柱が冬至だな。二本の柱と長の石を結んだ二等分線が真東を指す。柱の位置からすると、ムシの祭りは五月頃かな」
「一番良い季節じゃないか、頑張れよ」
アスカ・パイロットの翼が治の肩を叩いた。横で一番機の竜也が、親指を立てて笑っている。

治は目が覚めた。花音、どうして顔を見せてくれないんだい。治は起き上がると外に出た。長が朝日の観測をしていた。東の雲が赤く染まっている。太陽はいつものように顔を出さない。一人の男が棒を持って立っている。長が石ごしに見ながら手を動かして棒の位置を指示していた。赤く染まった雲の中心に棒がくると長が合図をした。
「おはよう、長は毎朝ご苦労だね」
「ニライ様、おはようございます。これが私の務めです」
「あの棒を何本か貸してもらえないかい」
「お安い御用です」
治は棒を長の石と左の岩を結ぶ線上に置いた。右にも同じように置く。二本の棒が作る角度の二等分線上に棒を置いた。この棒は東西を指しているはずだ。さらに一本の棒を直角に置くと、これは南北を示す。
治は棒から離れて広場の端まで行った。御山が見える。それは村のほぼ真北だ。振り返れば南は海だ。西は治が飛んできた大陸だ。東も海だが、その向こうに陸地が見える。

 ここは島だ。二つの大陸にはさまれた島。それで潮の流れが速いのだろう。島の海岸線に目を凝らすと幾つもの河口が見える。赤族の村を探すが島は一面の森に覆われていて判らない。長が横に来て言った。
「あれがムシの森の近くを流れている川です」
それは南西にあった。その河口に四本の枯れ木が浮いている。潮の流れに乗って対岸に渡るには絶好の場所だ。

「長よ、今、ここでは風は日の沈む方から吹いて来る。いつも、そちらから吹くのか?」
「はい、その風は朝日が左の柱にいくまでは、日の沈む方から吹きます。そして朝日が右へ動き出すと、風は日の昇る方から吹くようになります」
「そうか、ありがとう」
今朝の日の出はムシの柱と左の柱の真ん中だった。ムシの日から今日までの日数を数えると十五日だ。あと十五日で風が変わる。その風に乗れば向こう岸へ渡れるのだ。治は大きく肯くと次の仕事に移った。治は十五日分と同じ長さの棒を選んだ。それをスケールにして全体の長さを計ると棒十本と三分の一、百五十五日だ。
「ニライ様、何をなさっているのですか?」
「この星の一年は三百十日だ」
「ほほう、我らは、そういう事は考えもしませんでした」
「君たちの暦は立派なものだよ」
「ムシの森を見つけたのも、この仕掛けを考えたのも、すべて我らの始祖であるカイン様です」
「そのカインの話を聞かせてくれないか」
「はい、ではこちらに座ってお話するとしましょう」


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