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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第17回               第15話 枯れ木の葬式
 朝になると、ブライの元を訪れた。無愛想だったブライが笑っている。
「ニライ様、足が生えてきました」
太い青鬼の膝の下に、ちょこんと赤ん坊のような足が出ていた。
「もう生えてきたんだ。早いね」
「ニライ様のおかげです」
「今日はこっちを持ってきたよ」。と、治は大きい実を出した。
「腹は減ってないけど足のために食います」。そう言いながらブライは嬉しそうに実を受け取ると食べ始めた。
「君たちは普段はどのくらい食べるんだい?」
「五日に一度この実を四人で分けて食べます。腹が減ってないのに食うのは、生まれて初めてです」
「ははは、それは良かった。今日も昨日も、ここ四日食いどうしだな」
「はい、ここ四日食い通しです。幸せです」
「木が四本枯れたんだ。今日はそれを掘り出して葬式をするんだ」

実にかぶりついていたブライが食うのを止めて、神妙な顔をして言った。
「一度に四本もですか?」
治はとぼけるしかない。
「この村のお婆の話では九十年前にもあったそうだ」
「僕にも手伝わせて下さい」
「まだ歩けないだろう」
「膝をついて穴を掘るのは出来ます」
治は森から木の枝と蔓を取って松葉杖を作った。治はブライを縛っていた蔦を解いて言った。
「それでは、行くか」
「ニライ様、その蔦で僕を縛って下さい。このままでは赤族が驚きます」
治は蔦で縛ったブライと共に村はずれに向かった。犬の代わりに鬼を連れて散歩しているようだ。確かにこの姿なら村人も安心するに違いない。治はブライを改めて見た。青族とは野蛮な鬼と思っていたが、そうでもないらしい。そしてダブよりは賢そうだ。

さっきのブライの答えを治は考えた。祭りの終わりの日から四日間食い通しか、やはりそうだったのか。いや、待てよ。俺の言葉をオウム返ししただけかもしれない。俺の質問が拙かったようだ。
「ニライ様、どうしました」
「ああ、ちょっと考え事をしていた」
「村へ入りますよ。もっと怖い顔をして僕を監視して下さい」
そう言われて顔を上げると、犬の散歩をしているのはブライの方に思えた。
「青族が通るぞ、女と子供は家に入れ」。治は大声を出しながら村を通り抜けた。

 枯れ木の掘り出しは始まっていた。五人ずつで二本の木を掘っている。治は持っていた蔦を三本目の枯れ木に結わいつけた。ブライは松葉杖を使って一人で掘り始めた。治も四本目を掘り始める。誰も何も言わずに黙々と掘っている。重労働であり、厳粛な気持ちでもあるからだ。最初に掘り終わったのはブライだった。ブライの木がゆらゆらと揺れている。治は急いでブライの蔦をほどいた。
「ブライ、危ないぞ。どいていろ」
その声を聞いて、五人が応援に来た。六人で押すと枯れ木はメリメリと根が切れる音を立てながら倒れた。
赤族たちがブライを感嘆の目で見た。ブライは肩で息をして座り込んでいた。ダブが黙って大きな実をブライに渡した。それは中をくり抜いた殻で水が入っている。ブライは美味そうに水を飲み干した。
「もう一杯飲むか?」。ダブの問いにブライが頷くと、ダブは殻を持って川へ向かった。

 やがて残りの三本が倒れる頃には、全員がへとへとに疲れてしまった。女たちが水を配りにきたが、誰もブライには近寄ろうとはしない。男たちは水を半分飲むと残りをブライに渡した。渡された水をブライは断らずに次々に飲み干していく。それを見て男だけでなくも女たちもあきれて笑った。
「こいつのせいですよ。喉が渇いてしかたない」
ブライは足を皆に見せた。朝は赤ん坊のようだった足が、もう子供の足ほどに大きくなっていた。アシジもやって来て枯れ木を川まで運ぶのは明日と決まった。ブライは近くの大きな木の下に移された。誰も蔦で縛ろうとは言い出さなかった。ブライの力なら蔦など簡単に引き千切れるのが判ったからだ。

 翌朝、治は雲固を持ってブライの所へ行った。
「昨日はご苦労さん、ブライの働きぶりには赤族も真っ青」
「青と赤が混じったら黄色くなります。あっ、それでニライ様は黄色いのか」
「いや、違うよ。俺が黄色いのはたまたまさ。今日はこっちの方だ」
「毎日ご馳走だ。なかでも雲固は素晴らしい味です」
ブライは雲固を口に入れ恍惚の表情をしている。治は小声で聞いた。
「虫より美味いか?」
「もちろんです」
そう答えて、ブライはハッと気付いて目を見開いた。

「ははは、そう驚く事はない。赤族には秘密だ。俺は黄色いニライさ」
「どうして判ったのですか?」
「君たちの通った跡に気付いたのさ。ムシの森の裏、川沿いの道さ」
「もう何百年も青族が十年ごとに歩いた道です。祭りの盛りの日だけが、赤族は村を離れムシの森。そこを上手くつけば終わりの日にムシの森に行くのはたやすい事です」
「その日を、遠く離れた青族はどうやって知るのかい?」
「昨日話した長の石です。その石を見れば祭りの日が判ります。そして、それを見るのが長の一番の務めです」
「そうか、早く青族の村へ行ってみたいな」
「はい。足がこんなに生えてきました。ニライ様のおかげです」。ブライの足は大人の足になっていた。あとは長くなるのを待つだけだ。

 女、子供も参加して枯れ木を川まで運ぶ。川岸に並べられた四本の枯れ木にアシジが別れの言葉を述べる。
「枯れてしまった四本の木よ、そなたたちは命と引き換えに大いなる恵みを我らに残した。そなたたちの功績は立派なものだ。あの世で我らのご先祖様に出会ったら胸を張ってこう報告するが良い。そなたたちの子孫に大いなる恵みを施し、我ら四本の木はここに来たとな。では、さらばじゃ」
枯れ木を川へ押し出すと、枯れ木は流れに乗ってゆっくりと下って行った。最後の木を押し出すと治はアシジに言った。
「長老様、俺は用があるので、これで失礼します」

今のアシジの言葉には治も驚いた。普段は呼び捨てにしているアシジを長老様と呼んでしまったほどだ。あれでは橋を作るのは無理かもしれない。鬼たちには生木を掘り起こすのは殺人と同じことだろう。
治は森の中を駆け抜け川岸に出た。一本の木が流れて来る。用意しておいた蔦を手に取ると、治は川に入った。二本目が近づくと一本目と並べて蔦で縛る。こうして四本全て縛り終えた時は、川は胸の深さだった。河口が近い。もう一本の蔦で反対側も縛ると、昨日作った浅瀬のダムに引いて行き、蔦を岸の木に縛り付けた。

この星に降りて半月以上は経った。そして青族の村と赤森の谷、二つ行く場所がある。向こうに渡れるのは、いつになるだろう。急ぐわけでもないが、治には気掛かりな事があった。レーザーガンとあの道、そしてアスカの核分裂炉だ。


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