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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第16回               第14話 ムシの森の秘密
翌朝、治が雲固を少しだけブライに渡すと、ブライはさも美味そうにそれを舐めた。
「ああ、伝説のように天空の味がする」
「その伝説を俺に話してくれないか」
「まさか、ニライ様がご自身の話を知らないと?」
「赤族の話なら知っているさ。青族の話を知りたいのだ」
不思議そうな顔をして、それでもブライは話し始めた。その話は赤族の話と同じだった。
「ブライ、ありがとう。青族にはニライの他にも英雄はいるのか?」
「はい、カイン様とノド様が我々の始祖でございます」
「その二人の話も聞かせてくれないか」
「僕はその話は知らないのです。まだ大人ではないので」
「青族の長は、昨日畑で実を叩き落すとか食うとか言っていたが」
「あれはただの脅しです。青と赤、色こそ違え同じ人間です。赤ん坊の実に手を下すことはありません」

「そうか。ところで君は幾つかな?」
「二十歳です」
「君たちの長は?」
「長は四十歳です」
これは偶然なのだろうか。青族にもムシの祭りがあるのだろうか。
「長はまだ四十か。赤族は一番の年上の男が長老になるようだが」
「青族は一番強い者が長になります」
「それは、どうやって決めるのだい?」
「長の石で決めます」
「石?」
「長の石を一番遠くまで投げた者が長になります」
「そうか。ブライ、俺は用があるからもう行くよ。明日また来る」

立ち上がった治にブライの角が目に止まった。赤族の角と同じだ。改めて身体を見れば葉の形も似ている。赤と青、色こそ違え同じ人間です、とブライは言った。治は単純なことに気付いた。ダブとブライの話したニライ神話は同じだ。そして治自身が両方の種族からニライとして敬われている。これは二つが同じ種族だからか? だが、治には二つの種族が同じとは思えなかった。一方の神話が他方へ伝わったように思えた。

 治は村に戻った。
「ダブ、いるかい?」
「ああ、オサム。まさか僕がお供に選ばれるとは思わなかったよ。どうしよう」
「安心しろ。俺も一緒に行く」
「えっ、本当。良かったよ、それは心強いな」
「あの青族も、ダブと同じ二十歳だってさ」
 ダブは肩をすくめて、青族と一緒にされるのを拒んだ。
「青族はもう攻めて来ないと約束したけど、誰も信じてないよ」
「そうか」
「赤森の谷へは何時行くのだろう?」
「俺が青族の村から帰った後だよ」
「それならだいぶ先だね」。ダブはにっこり笑った。

村は平穏だった。木が枯れたのを誰も知らない。治は村には居づらくて、枯れ木と逆方向へ歩き出した。ぶらぶら歩いているとムシの森に出た。木には抜け殻がびっしりと付いていた。地面には虫の這い出た穴が無数に開いている。それと成虫の死骸だ。その中に混じって村人が食べた虫の殻も落ちていた。そのまま奥に進んで治は川に出た。葬式で枯れ木が流れて来る川だ。

治は川に入ってみた。腰までの深さで幅は五、六メートル、水量は豊かだが流れは緩やかだ。治は反対側に渡った。ふと上を見れば木に実が生っている。蔦には小さな実も生っていた。森を先に進んで見上げれば、あちこちに実が生っている。
この森の実は取られたことがない。村人は川を渡れないからだ。橋だ。橋を架ければ食料問題は解決だ。

小さな実を一つ口に放り込むと治は来た道を戻った。岸に上がろうとして、ゴミに気付く。よく見ればたくさんある。手に取って見れば虫の食べ殻だ。これは変だと思った。村人が虫を食べていたのは村に近い場所だった。
治は草の倒れた跡に気付いた。川から上がるとそれを辿ってみた。川に沿って続いた道は、途中から方向を変えている。それは三匹の青鬼と戦った草原に向かっている。

ムシの祭りの三日後に治は帰ってきた。青族が襲ってきたのもその日だ。祭りの終わりの日は赤族は全員村にいる。その日から数えれば二日後だ。治への復讐のためにわざわざ赤族の村に来るのも変だ。ムシの祭りのついでなら判る。
青族はムシを食べた日に受粉した。そして女子供を安全な場所まで送るのに一日、赤族の村まで戻るのに一日なら計算は合う。
村人はムシの森は青族には絶対に秘密だと言っていた。治は赤族と青族の関係が面白くなってきた。青族の村へ行くのが楽しみだ。

 村に戻ると誰もいなかった。治は村はずれへ行った。村人が枯れ木を囲んで立っている。治は何食わぬ顔をして、村人の輪に加わった。
「ワシが子供の時に三本の木が枯れた。たくさんの実を残してな。木が枯れたのは寿命じゃろ、仕方ないことじゃ。残された実はありがたく頂くとしようぞ。その代わりに葬式を出すのじゃ。なに、海まで行くことはない。そこの川に流してやるのじゃよ、そうすれば自然と海まで流れていく。九十年前もそうしたわい」
「そうか、こういう事もあったのか」
「さすがにお婆様じゃ、何でもよう知っておる」
「枯れた木には済まぬが、おかげで助かった」
村人総出で実を運び始めると、暗かった村人たちの表情が明るくなった。
「これでは食料庫に入りきらぬぞ」
「各自の家に一個ずつ持ち帰るか?」
「おお、そうじゃ、それは良い考えだ。長老様に聞いてみよう」

 村人が去ると、治はお婆の側に行った。
「お婆様、ありがとうございます」
「こういう時、年寄りは便利じゃな。昔の事は誰も知らんわい、ははは」
「家まで送りましょう」
「お姫様抱っこでか。あれは背負われるよりずっと楽で良いのう、わはは」
「赤森の谷まで、こうして行きますか?」
「七日も、こうして抱いて行くは無理じゃろ。ダブが背負い籠で運んでくれるわい」
「お婆様、聞きたいことがあります」
「何じゃい、言うてみ」
「昨日の話では、キャベツから赤ん坊が生まれるのは八ヶ月と八日です。でも、皆は十月十日と言っていますが」
「おお、そうじゃのう。確かに違っておるわい。赤子が生まれるのは十月十日じゃ。言い伝えが、何故八つの月と八つの日なのはワシには判らん。ワシは聞いた通りに覚えただけじゃ」
 やはりそうか。八つの月と八つの日を重ねて、とは語呂合わせだ。十月十日では俗っぽい。言い伝えにふさわしい表現にしたのだろう。

「ところでお婆様良い知らせがあります。川向こうには実が生った木がたくさんあります」
「そんな事は知っているわい。渡れぬ川の向こうの話をしても無駄なだけじゃ」
「橋をかけるのですよ。橋を渡って実を取りに行くのです」
「ふむ、橋か。おぬし考えたのう。しかし、どうやって橋を作るのじゃ?」
「木を倒すのです」
「木を殺すのか。あの枯れ木では駄目か?」
「枯れ木では長持ちしません。橋が壊れたら一大事です」
「ふむ、これは難問じゃな。で、何本殺すのじゃ?」
「二本か三本」
「木を掘り起こすのは大変じゃぞ。明日、おぬしもやってみい。その後でまた考えようぞ」


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