畑では十人の女たちが丸く輪を作って座り、後ろに夫が立っている。その周りを子供や若者、そして老人が取り囲んでいた。五人の子供たちは初めて見る儀式に興味津々だ。それを挟むようにして、若者が男女三名ずつ分かれている。十年後にはあの輪に入るのだ、その眼差しは真剣だ。時たま互いの視線が交差するのは、十年後の相手を見定めているのかもしれない。
治は、ふと疑問を感じた。畑には十組の夫婦がいる。ならば十人の子供が産まれるはずだ。だが、今いる子供は五人、若者は六人だ。それは十年前、二十年前は大人が少なかったのだろうか?それとも幼いうちに死んでしまうのだろうか。その時、儀式が始まった。
女たちが声を合わせて歌うと、男たちが歌を返す。男女の掛け合い歌だ。
「赤いもの、赤いもの、朝日に染まる海の色」 「そりゃ真っ赤か、そりゃ真っ赤か」 「赤い朝日を見られることは」 「十年一度のめでたい日」
「赤いもの、赤いもの、夕日に染まる山の色」 「そりゃ真っ赤か、そりゃ真っ赤か」 「赤い夕日を見られることは」 「十年一度のめでたい日」
「赤いもの、赤いもの、私の可愛い熟した実」 「そりゃ真っ赤か、そりゃ真っ赤か」 「赤く熟した実が生ることは」 「十年一度のめでたい日」
「今日がその日、めでたい日、めでたい日」 男と女が声の合唱だ。男が女の角の実をそっと取り、穴に入れた。
女が土をかけながら歌う。 「今日がその日、めでたい日、めでたい日」
男は穴掘りの棒を手に取り、女の後で叫んだ。 「めでたいっ」 そして、棒を思いっきり後ろへ放り投げた。棒は四方八方へ治たちの頭の上を飛んでいった。
「終わりましたよ、ニライ様」。アシジが横に立っていた。 「あれ、アシジは穴掘りをしなかったの?」 「わはは、私どもはもう歳ですよ。今回からは見物の輪に入っています」 「そうか。最後に棒を投げただろ。あれは何?」 「畑に悪い虫や、悪い霊、とくに青族が寄り付かないためのマジナイです」 「青族?」 「そうです。一番危険なのは青族です。あやつが歩けるようになったら檻に入れます」 「そうか、青族をここに残したのは間違いだったか」 「あのように縛っておけば大丈夫でしょう」 「ところで、お婆様は?」 「あそこに居ますよ」
治はお婆の横に行った。 「お婆様、帰りました」 「おう、おぬしは、つくづく不思議な奴よのう。そうじゃ、ワシは家に帰るでな、家まで連れていってくれんか」 治はお婆を抱き上げた。お婆は皆に話を聞かれないように、治に家まで運ばせるのだと思った。 「おやおや、お嬢様抱っことは嬉しいのう。七十年ぶりじゃ、わはは」 「お婆様の連れにダブを選んだと聞きましたが」 「ふむ、何故だか判るか?」 「さあ、判りません」 「おぬしじゃよ、おぬしは赤森の谷に行きたいんじゃろ」 「お婆様は、何もかもお見通しですね」 「だてに歳を取ってはいないわ。ところでのう、さっきは何をしたんじゃ?」 「さっきと言いますと?」 「雲固じゃよ、雲に戻って皆たまげたわい」 「あれは、俺たちの種族の道具です。俺はここに居るぞとか、ここは危険だぞなどと、遠くに居る仲間に煙で知らせるのです」 「ふーむ、それを上手く使ったの。青族だけでなく赤族までも騙しおったわい」
「お婆様、俺は大変なことをしてしまいました。お婆様の忠告で雲固を使うのは控えたのですが、その前に使った雲固で木が枯れたのです」 「雲固は強すぎるでな、使うならほんの少しにしておけ。枯れたものは仕方ないじゃろ」 「村はずれの木が、今日一本枯れました。明日にはまた一本、全部で四本枯れます」 「村人の目に触れるのか、ふむ、ちと面倒じゃの」 「どうしたら良いでしょう」 「九十年位前かのう、村はずれの木が枯れたことがあった。その時は葬式を出したわい、木を掘り起こして川に流すのじゃ、それはやがて海に出るでな」 「なるほど」
「おぬしには都合が良かろう」 「えっ?」 「おぬし、大きな担架で海を渡るつもりじゃろ。枯れた木は村人が川に流すでな、おぬしはそれを拾えば良いではないか。四本あれば大きな担架が作れるぞ」 「さすがお婆様」 「雲固のことは黙っておれ、木が枯れたのは寿命じゃ。アシジがワシに相談にくるじゃろ、後はワシに任せておけ」 「お婆様、ありがとうございます」 「ほんに、おぬしは手がかかるのう、青族の者を畑に残すし」 「それは何故でしょう?青族が畑に残ると何故いけないのですか?」 「ふむ、おぬしは何でも知りたがるのう。おう、家に着いた。降ろしてもらうかの。さて、それでは家の中で話すとするか」
「昔、昔のことじゃ。赤森の谷に、ルリラという美しい気立ての良い娘がいた。夫の名はタギリ、りりしい立派な若者じゃった。二人は似合いの夫婦じゃった。村人は二人を祝福したが、この結婚を快く思わぬ者がおった。 カインという若者は、カインはルリラが好きじゃったが、ルリラはカインを見ようともせんかった。もう一人はノドという娘で、ノドはタギリに夢中だったが、タギリは振り向きもせんかった。この二人は互いの憎しみの心を知り、いつかタギリとルリラに復讐しようとたくらんでおった。
その年は飢饉で大きい実も小さい実も少なかった。タギリは苦労してルリラに食べ物を探して二人は実を畑に植えた。二人のキャベツはどんどん大きく育っていった。その頃、カインとノドは空腹を抱えて悪だくみの相談をしていた。八つの月と八つの日を重ね、明日には生まれるという日に、カインとノドはタギリとルリラのキャベツを盗んだ。 タギリとルリラは驚き、悲しんだ。畑には食い散らかしたキャベツの葉が落ちていた。それは沼に続く道にも、落ちていた。タギリとルリラは泣きながら、その後を追った。
カインとノドは、キャベツの葉をむしりながら食い、食いながら歩いた。 『イヒヒ、キャベツは美味いのう』 『キャベツの中で、あの憎らしい二人の赤ん坊が動いているわ』 『この赤ん坊も食ってしまおう』 タギリとルリラが追ってきた。 『私たちの赤ちゃんを返して』 『僕たちの赤ん坊に何てことをするんだ』 二人に追いつかれそうになり、カインは叫んだ。 『お前たちが夫婦になったのは間違いなのだ。お前たちの赤ん坊は、祝福されてはいないぞ』
そして、赤ん坊を沼に投げ込んだ。 『オギャー』。と泣きながら沼に落ちた赤ん坊は、みるみるうちに木になってしまった。 沼のほとりで、タギリとルリラは泣き叫んだ。 『ああ、僕たちの赤ちゃん、何てことを』 『赤ちゃん、私たちの赤ちゃん』 ルリラは悲しみのあまり、我を忘れて沼に足を踏み入れた。 『私の赤ちゃん』 そう泣き叫びながら、ルリラもまた木になってしまった。タギリは、それを見て叫んだ。 『ああ、ルリラ、愛しいルリラ。どうして木になってしまったのだ。ああ、赤ちゃん、僕たちの赤ちゃん。僕たち三人で、ずっとここで一緒に暮らすのだ』。そう言うと、タギリは沼に身を投げた。
この様子を見ていたカインとノドは喜んだ。 『やっと長年の憂さが晴らせたぞ』 『ほんと、いい気味だわ』 この二人には罰がくだされた。邪悪な心の印として、キャベツ泥棒の印として二人の身体の色は、その罪にふさわしい青い色になった。こうして、この二人が青族の始祖となったのじゃ」
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