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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第13回               第11話 出航前日
俺はエレベーターを降りると深呼吸をした。ドアを開けると、母が笑顔で近寄って来た。父も温和な顔をしている。嵐の前の静けさか、と俺は身構えた。妹だけが赤い目をしていた。
「今朝は早起きして治の好物をたくさん作ったのよ」。母はそう言いながらテーブルの上に御馳走を並べた。
「私、婿さん取るからさ。徳寺家の将来は心配しなくて良いわよ」
今更何を言っているんだ、無神経な奴め。俺は両親の顔をうかがった。母は微笑んだままだ。父がゆっくりと話し出した。
「もういいんだよ。由香は好きな人と一緒になれば良い。恩をあだで返されたんだ。徳寺家は父さんの代で終わりにするさ」
「徳寺家の未来は有望さ。惑星に着けば毎年二人の俺の子供が生まれる」
「はいはい、十人の母親からね。でも、そんなの家族じゃないわ。ハーレムよ」
「まいったな。惑星移住計画を否定されたか。日本政府も形無しだな」
「ねえ、由香。それは新しい家族の形だと思うわ。新しい愛の形、新しい社会よ。治は新しい星に旅立つ。残された私たちは古い星で生きていく。でも、地球も人類もこの先どうなるか判らないわ。治は母さんの希望である以上に日本の希望なのよ」
俺は驚いて母の顔を見た。ようやく諦めがついたのか?今日は修羅場なしで済むかもしれない。

深刻になりそうな話題を父が変えた。
「あの十人は揃って美人だな。女優みたいに綺麗じゃないか」
「あら、父さんが兄さんの代わりに行ったら?」
「全員、俺より年上の怖いお姉さんだよ。最年少の俺は坊やと呼ばれているのさ」
妹が笑いながら俺をからかった。
「怖いお姉さん相手にいざという時、ちゃんと役に立つの?」
「うーん、あんまり自信ないな」
俺がしょんぼりと答えると三人が声をあげて笑い出した。俺も笑いながら家族揃って笑ったのは何ヶ月ぶりだろうと思った。

やがて話題は東京の叔父に移った。使用人が耳を澄ましてはいないか、四人はあたりを見回した。そして、また笑った。ここはホテルだ、家ではない。この時、母の笑顔は少しひきつっていた。十年前、俺が長野駅で叔父に会った時、叔父は尾行をまくような行動をしていた。魚の入ったコインロッカーの鍵を俺に渡すと叔父は走り去った。俺がコインロッカーを開けていると刑事が現れ職務質問されたのだ。
「その刑事が息を切らせていたのは、高弘を見失ったからだ。高弘は上手く逃げたんだ。それにしても間抜けな刑事で助かったな。まさか叔父と甥だとは思いも付かなかったわけだ」
「刑事が魚の腹を裂いて中を調べようとした時、商売物が台無しだと言ってやったからね」
「魚の密売と思ったんだな」
「俺はこのアルバイトを学費にしているんだ、とも言ってやったのさ。襟の校章を見て刑事が見逃してくれた」
「長野北が効いたな。有名校だからな」
 父と俺が笑い合っていると、突然母が叫んだ。

「その男は徳寺高弘です、と言えば良かったのよ」。母の目が吊り上っていた。「あの人が逮捕されていれば、身内に犯罪者がいれば治は選ばれなかったはずよ。治、行かないでおくれ。母さんの可愛い治」
父がソファから弾かれたように立ち上がると、部屋の隅に置いてあった紙袋を手に走って来た。走りながら紙袋から赤ん坊の人形を取り出した。「お前の可愛い治だよ」。母は人形を叩き落して叫んだ。「違う、違う。治は目の前にいるこの子だ」
由香は初めて見る母の姿に凍りついたように立ちつくしていた。目を大きく見開いて呼吸するのも忘れているようだ。
「おさむー」。叫びながら母が突進してきた。捕まると女の細腕とは思えない強い力で抱きしめられる。俺は素早く由香の陰に回った。
「母さんを押さえろ」。由香の背を強く押すと、俺は部屋を飛び出した。

外からドアを押さえていると「ギャー」。と母の泣き叫ぶ声が聞こえた。やがて、可愛い坊や私の治ちゃん、とささやく声に変わった。由香のすすり泣く声も聞こえてくる。「最低だよ、こんな別れ方ってあるかよ」。そう口に出すと、俺の目から涙があふれてきた。同時に恐怖を感じた。母の血が俺にも流れている。これから宇宙で、未知の惑星で極限状態になったら俺は正常でいられるのだろうか。

雨に打たれて目が覚めた。出航前日の家族面談の夢だ。治は首を振って起き上がった。俺は正常だ。だが樹理は俺を監視していた。それはもうどうでも良いことだ。治は森を上って行った。パラシュートは高い枝に引っかかった。上から見下ろした方が見つけやすいだろう。治は大きな木の梢近くまで登った。正面に富士山が見えた。お婆のいう御山だ、その山腹の途中まで森が続いている。振り返れば、島は一面森に覆われていた。森が途切れると、そこは海だ。海の向こうの陸地も見える。目を下すと、パラシュートが見つかった。

 治は黒曜石の欠けらを口に咥えると、木に登った。黒曜石の切れ味は抜群だった。紐を切ると座席が落下し、パラシュートはふわりと浮いて治の手に滑り落ちてきた。
木を降りた治は座席の裏のファスナーに気付いた。それを開くと、発煙筒、ペンライト、ライター、非常食が出てきた。治は非常食を開けた。乾パン、チョコレート、ゼリーが入っている。治はチョコレートを開けると一山だけ口に入れた。濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。何日ぶりだろう、木の実以外の物を口にしたのは。残りのチョコレートをしっかりと包むと、元の袋にしまい丁寧に封をした。

 治は意気揚々と川まで引き返すと、森から食えない硬い実を集めてきた。鍋はなくとも調理する方法を知っていたのだ。火で石を熱する。穴を掘って木の実を葉に包み、熱くなった石を載せて土をかぶせる。数時間後には石蒸し料理の出来上がりだ。
治は流木を集め小石を載せた。火がぱっと燃え上がる。治は大晦日に境内で燃える大きな焚火を思い出した。そして唐突に、この星に着いたのが12月19日だったことを思い出した。今日がその日かもしれない。盛大に燃えろと思った次の瞬間、流木はゴォーと燃え上がり灰になった。

この星は酸素濃度が濃いのだ。治が疲れることなく元気なのも、妙に頭が冴えて、赤森の谷の推測が当たったのも、酸素が豊富だからだ。植物が出した酸素に満ち溢れた星なのだ。ダブが火は怖いと言った意味が理解できた。山火事が起きたらすごい勢いで燃えるだろう。毎日必ずくるスコールのような大雨が降らなければ、森は燃え尽きたに違いない。

ライター、ペンライトをポケットに入れ、非常食をパラシュートで包むと発煙筒を忘れていたのに気付いた。そのまま捨てていこうとしたが、思い直してポケットに入れ、こん棒を持って立ち上がった。この棒は野球のバットに似た形で、流木を集めた時に見つけたのだ。この棒に溝を掘り、黒曜石の切片を埋め込めば斧になるだろう。それで筏に使う木を切り倒すのだ。途中で黒曜石の塊もパラシュートに入れ、ずっしりと重くなった荷物を背負って治は川を下った。


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