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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第12回               第10話 ムシの祭り
治はムシの森を見た。風もないのに森の下草が揺れている。それは虫だった。大量の虫が地面から這い出ている。鬼たちは座ると虫を口に入れた。そのまま目を閉じ、うっとりとしている。治は呆然と立っていた。
「ニライ様、さあ早くいらっしゃい、一緒にお祭りを楽しみましょう」。村人に誘われ、治は仕方なく側に寄った。
「ニライ様、どうぞ」。一人の娘が治に虫をつまんで差し出した。ころころと太った青虫のような虫が、何本もの足を虚しく忙しげに動かしている。
「いやいや、自分で取りましょう。その虫は、お婆様に差し上げて下さい」
治はポケットに手を入れ、小さな実を手に忍ばせた。その手で虫を取るふりをして、小さな実を口に放り込んだ。

鬼たちは虫を口に入れ座っている。虫の方は近くの木を目指して、どんどん這って行く。木には幹が見えないほどの虫が登っている。その一部はすでに羽化していた。羽化したものの飛ぶ力はあまりないようだ。滑空して隣の木に移る、そこで交尾をする。
交尾が終わると一匹はそのままポトッと地面に落ちて死ぬ、これがオスらしい。メスが滑空するが、木を目指してはいない。滑空して地面に落ちると動かない。おそらく滑空しながら卵を産み落としているのだろう。

鬼たちは虫を踏まないように、遠巻きに散らばって座っていた。やがてその足元からも虫が這い出してくる。中には鬼たちに登りだす虫もいる。鬼たちは養分を吸い尽くすと虫の殻を吐き出した。そして足元の、あるいは自分を登っている虫を手に取って、また口に入れた。

 お婆は最初の一匹しか食べていないようだった。治は足元の虫を捕まえるとお婆の元へ行った。
「お婆様、二匹目をどうぞ」
「ふふふ、おぬしこそ一匹目を食べてはどうじゃ」
「これは、まいりました。お婆様が見ていたとは」
「おぬしも変わった種族よのう、自分の腹の中から食い物を取り出し、それを口からまた腹に入れるとはのう」
「お婆様、これはポケットというものですよ。ほら、自分の腹の中ではありません。服の中です」
「ほほう、種族が違うと何から何まで違うものよのう。ところで、おぬし赤森の谷のことをアシジに聞いたな」
「いいえ、アシジには聞いていません。ダブから聞いただけです」
「ふーむ。それだけでのう・・・。そうじゃ、おぬしの種族にも言い伝えはあろう」
「はい」
「それを、ワシに聞かせてはくれまいか」
「それが、覚えていないのです」
「なんと、おぬしを賢いと見たのは見当違いであったか」
「そうかもしれませんが、俺たちの種族には文字という物があります」
「モジ?」

治は虫をお婆に手渡すと、足元の小枝で地面に字を書いた。
「今、ここに、赤森の谷まで七日と書きました。これが文字です」
「それでは風が吹けば飛んでいこう、雨が降れば流れてしまうぞ」
治は立ち上がって近くの木から、一枚の葉を取ってきた。
「この葉よりもっと大きくて白い葉が、俺たちの種族にはあります。それに文字を書いて家にしまっておきます。そして一枚で足りなければ、二枚、三枚、いや何百枚も書きます」
「それを、どうするのじゃ」
「赤森の谷を知らない人が、この文字を見ると、赤森の谷まで七日だと判るのです」
「ふーむ、おぬしの種族は知恵と力を持った恐ろしい種族のようじゃな」
治は虚を突かれたようにハッとした。余計な事を話してしまったようだ。賢いのは治ではなく、お婆だった。

「おぬしは良いオニとはいうても、やはりオニ。早よう、この村から去れ」
「お婆様、俺はこの村を出て向こう岸に渡りたいと考えています。そのためには筏が必要です。筏とは長老を乗せた担架を大きくした物です」
「あの海を越えるというのか、おぬしなら出来るじゃろ」
「その仕度をしたいのですが、この祭りが終わるまで、俺はこの森にいないといけないのでしょうか?」
「わはは、行ってかまわぬよ。村人を見てみ、おぬしが消えても誰も気付かぬじゃろ」
「二、三日戻らぬかもしれません。皆には心配しないよう、お伝え下さい」
「うむ、判った。ところでのう、おぬし、やはり食わぬか?美味いぞ」。お婆はいきなり虫を治の目の前に突き出した。飛びのいた治は苦笑いをして手を振りお婆と別れた。

 治はパラシュートを帆にしようと思った。それと火をおこす事だ。その火で硬い実を煮るのだ。川に出た治は、火打石を探すが、それがどんな石なのか知らない。変わった石を見つけては打ち合わせてみるが、火花が飛ぶ石はなかった。
黒い石が落ちていた。その石を強く叩くと薄い欠けらが取れた。鋭い切り口はナイフのようだ。これは黒曜石だ、原始人が石器に使った石だ。治は欠けらを葉で包んで胸ポケットにしまい込んだ。

夕暮れになって見覚えのある場所に着いた。治は不思議に思った。この川を下るのに、空腹でふらふらしていたとはいえ三日はかかったはずだ。それを一日で登ってきたのだ。
多分、宇宙生活のせいだろうと治は考えた。トレーニングをしていても無重力で身体が衰えていたのだ。この星で数日暮すうちに、身体が元に戻ったのだろう。木の下に横になりせせらぎの音を聞いているうちに、いつしか治は眠っていた。


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