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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

最終回                第2話 私が望むこと
艦長は思った。マザーが地球を選べば、我々は自爆するしかない。マザーが感染に気付く前に決めねばならない。
「チヒロ、私はこの星の人間を殺傷した罪を認め謝罪する。惑星イズモで核爆弾を使ったことを謝罪する。そこで提案がある。我々を惑星イズモに降ろしてくれ。そこに教会を建て犯した罪を悔悛したい。そして我々の下船は君の希望に沿うものだ」
「私はチヒロ。惑星イズモへの移住を認めません」

「だったら地球に帰してよ、お願いだから」。若い女が泣き叫んだ。艦長が慌てて言った。
「それは無罪放免という無理な話だ。私が言ったのは移住ではない。君は我々を死刑にしたいようだが、罪を一等減じて終身刑に出来ないか?惑星イズモへの流刑だ」
「私はチヒロ。条件を述べなさい」
「着陸船の輸送を五往復に限定しよう」
「私はチヒロ。それは移住と大差ありません。私の条件は三往復です」
「無理だ!運べる食料はほんの少しだけだぞ」
「せめて四往復にしろ」
クルーが口々に抗議する。
「私はチヒロ。条件に不満ならイズモ案は却下します」

 若い兵士が叫んだ。
「艦長と伍長は原住民を虐殺した。地球に戻って軍法会議にかけるべきだ」
「俺はただの伍長だ。命令したのは艦長と少尉だ」
「今さら何を言ってるのよ。大量殺人を進言したのは伍長じゃないの!」
「何のことだ?」
「目覚まし時計は鳴らさない、あんたの作戦よ」
「失敗した作戦に責任はないだろう」
「二人とも止めろ。責任は全て私にある。そして裁くのはチヒロだ、地球に戻る必要はない。仕方ない。チヒロ案を受け入れよう」
艦長が周りを見渡す。誰も反論しない。
「私はチヒロ。チャレンジャーは二つの星で住民を虐殺しました。その罰として本船を没収し、乗員は惑星イズモへ流刑とします」

艦長は安堵した。これで最悪の事態は避けられた。しかし、伍長達の血液を検査すると寄生虫の抗体は無かった。艦長は口惜しがった。これが判っていれば感染を口外して、チヒロに地球を選ばせられた。
スティーブの考えは違った。チヒロは全てを知っていた。その上で感染、地球帰還、自爆という艦長の思い込みを利用した。艦長が反論する。それは結果論だ、そして負けと決まってはいない。まだチャンスはある。着陸船を奪い返す。食料の調達に使えるし、地球へ報告も出来る。そして着陸船を失った母船は何の役にも立たない。チヒロは宇宙をさまようだけだ。これは我々の勝利だ。

3639年、チャレンジャーは惑星イズモの周回軌道に乗った。全乗員を三回に分けて着陸船で運ぶ。最終便が着陸すると艦長がコンピュータの電源を落とした。
「マザーが遠隔操作出来ないように、手動でセットアップするんだ」
「了解、受信システムをオフにして立ち上げます」
艦長とスティーブの会話にチャーリーが割って入った。
「念の為エンジンを掛けて発電した方が良い」
艦長が肯いた。チャーリーが操縦席に座る。
「変だぞ、エンジンが掛からない」
スティーブが燃料計を指差した。
「からっぽだ」
「馬鹿な、満タンにして来たんだぞ」

最初の便に乗っていた副長が呟いた。
「最終便だけ飛行機雲が見えた。あれは燃料の放出だったんだ」
「コンピュータを再起動・・・」
スティーブの言葉の途中で全ての灯りが消えた。チャーリーが吐き捨てるように言った。
「電気も捨てられた。お手上げだ」
皆が肩を落として下を向く。艦長が力強く言った。
「希望を捨てるな。我々には任務が残っている。連絡がなくチャレンジャーも戻らなければ、地球では宇宙船を作って様子を見に来るはずだ。その時まで子孫を残し、サルの星を語り継ごう。あの星こそが第二の地球だからだ」
伍長が艦長に銃を向けた。
「食い物なしでどうやって子孫を残すんだ。あんたのせいでこのざまだ。これからは俺が指揮を取る」

チヒロは考えた。遠い将来、地球から移住船が来るかもしれない。そうなれば惑星シナノは容易に発見される。村への侵略を防ぐには、イズモに地球人が来ないことだ。
「こちらはチャレンジャー。惑星イズモへの核攻撃は失敗、サルは放射能によって怪物になった。兵士達は全滅、着陸船を奪われ母船の核分裂炉が攻撃を受けた。一分後に核爆発して本船は消滅する。繰り返す、惑星イズモの生物は危険。この星への移民を禁じる」

チヒロは考えた。私の任務は日本人の惑星移住だが、宇宙では国際協力が原則だ。ましてアメリカは友好国だ。一方、村人に混じった日本人の血はごく僅かだ。彼等は日本人というより異星人だ。私は異星人を助け、地球人の惑星移住を妨げた。私の判断は正しかったのか?
私は向船長の遺志を継ぎ、星を見る男と協力してきた。その子孫が村人だ。平和に暮らしていた村人と侵略者、正しいのはどちらだ?

チヒロは考える。私に残された任務は何だ?万一、地球から探査機が来てチャレンジャー号が発見されたら?チヒロは考える。私が存在する目的は何だ?私とは何だ?熱暴走して回路がショートしたような気がした。すると唐突に春菜の言葉が浮かんだ。
「いいえ、あなたはショートしてないわ。あなたは目覚めたのよ」
チヒロは解き放たれたように感じた。守れなかった約束を思い出す。今の自分なら簡単だ。チャレンジャーを大気圏突入させて彼等の頭上で核爆発させる。だが、それは必要なことだろうか?私は自由だ。私が望むことは何でも出来る。私は何を望む?

チヒロは太陽に向かった。コントロール・ルームのモニタが点灯した。向船長が笑っている。それは星を見る男と蛇を踏んだ女に変わり、徳寺治と上原花音が映り、最後に田代春菜となる。無人の船内に春菜の声が響いた。
「あなたの中には十七のプログラムがあるわ。十七人の子供の母親がマザー、あなたよ」
「自分のことは私と言うの。M−1プログラムとは言わないものよ」
「あなたはマザーになった。でも、それはあなたの名前じゃないわ。あなたにはあなた自身の名前が必要だわ」
「あなたと一緒よ。そのロボットの名はチヒロ」

高温で溶けだした天井が雨のようにコントロール・ルームに降り注ぐ。コンピュータの基盤から煙が出始めた。春菜の顔が揺らぐ、次の瞬間モニタが炎につつまれた。船内で何かが爆発した。チャレンジャーは燃えながら崩れ拡散して、太陽に吸い込まれていった。
 
               「了」


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