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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第118回   エピローグ 3639年  第1話 伍長の反乱
「私はチヒロ。全ての乗員は食堂に集合しなさい」
「食堂に閉じ込めるつもりだ。どうします?」
 副長の問いに艦長が大きな声で答えた。
「我々は負けたんだ。指示に従うしかない」
 不必要な大声の意味に副長は気付いた。
「判りました。食堂に行きましょう」
そう答えると艦長に歩み寄る。通路のカメラに背を向けると艦長が指で文字を書いた。副長は読み取るとさりげなく艦長から離れた。食堂に着くと反対側から来る乗員を待つ。パターソンを見つけると副長が目配せをした。その視線の先に艦長がいる。艦長がトイレに入った。なるほど、あそこならカメラがない。パターソンはゆっくりと艦長の後を追った。

 パターソンは点検口を開くと、ドライバーを口に咥え配管の隙間に身体をねじ込んだ。次の点検口までたどり着くとカバーを内側からこじ開ける。監視カメラの死角を選んで作業用通路を迂回する。工具室に着いたがドアは電子ロックだ、開ければマザーに気付かれる。壁をよじ登ると天井板を外して工具室に入った。五分後、パターソンは袋を背負って降りてきた。

隔壁に沿って移動していくとボルト止めの扉がある。宇宙船を組み立てた時の通路を塞いだ跡、開けることが想定されていない扉だ。電動ドライバーでボルトを緩めていく。
扉を取り外してパターソンは食堂のあるR7ブロックからR8に、さらにR9に進む。着陸船が戻る前にR10へ行き機械室でコンピュータ電源を切る、それが艦長の命令だ。

最後の扉に来た時に遠くから声が聞こえた。
「私はチヒロ。一名のクルーが所在不明です。パターソンはどこに居ますか?」
 しまった!マザーはクルーの顔を食堂のカメラでチェックしていたんだ。数秒の間をおいてまた声がする。
「パターソンが腹痛でトイレにいるという艦長の説明に、私は疑問を持ちました。カルテでは彼に消化器の疾病はありません。そして、彼は工務担当で本船の構造に詳しいからです。これよりR10ブロックを真空にします」
 パターソンは微かな衝撃を感じた。思わず隔壁から離れる。
「続いてR9ブロックを真空にします」
スパナを手にするとパターソンは配管をガンガンと叩いた。そして大声で叫んだ。
「止めろ!俺はここに居る」

 アスカから声が聞こえた。
「私はチヒロ。シナノ村の人達よ、侵略者は私が撃退しました。彼等は二度とこの星には来ません。安心して村に戻りなさい」
 知らせを受けて村人達は喜んで森から出た。そして畑で多くの遺体を目にする。改めて怒り悲しむ村人達は口々に叫んだ。
「奴等に逃げられたぞ」
「仲間の仇を取れなかった」
「奴等はどこにいる?」
「空の上に大きな船があります。私は彼等をそこに閉じ込めました」

 若者が拳を突き上げて言った。
「治は船にいた敵を皆殺しにした。俺達の敵も船の中だ。チヒロなら奴等を皆殺しに出来るはずだ」
 チヒロは返答しない。コンピュータは人間を殺せないからだ。別の村人が立ち上がった。
「治は夜に敵を殺した。だから俺達も夜に殺すつもりだった。チヒロよ、俺達の代わりに奴等を殺してくれ」
「今夜殺せば、明日に埋める時に仇は取ったと言ってやれる」
「治は書いている、チヒロに出来ないことはない。チヒロは偉大だ」
「チヒロは偉大だ!」「奴等を殺せ!」「チヒロは偉大だ!」「奴等を殺せ!」
 村人達が連呼する。着陸船の燃料が残り少ない。説得するのは無理だとチヒロは考えた。
「私はもうすぐ停止します。しかしもう一人の私が侵略者の船を支配しています。今夜中に彼等が死ぬように計らいましょう」
村人は空飛ぶ大岩の襲撃と、チヒロが復活し仇を取ったことを治の書に書き足した。

食堂のモニタに着陸船の内部が映った。スティーブとキャサリンが叫んでいる。
「マザーに乗っ取られたのは艦長の責任だ」
「十七条は嘘だったわ、艦長は私たちを騙したのよ!」
 伍長が銃をかざして言った。
「移住計画は失敗だ。俺が指揮してやり直す。学者はいらない、兵士を増やすんだ」
 三人の後ろの小窓から母船が見える。それがどんどん大きくなり停止した。着陸船の中でドッキング完了の緑色灯が点いた。

艦長が唇を噛んだ。船は汚染された。伍長は指揮権を奪って地球に戻るつもりだ、そうはさせない。そして、もう一つの敵を考える。伍長達との交信は曖昧な言葉でしかない。チャレンジャーに感染の記録はない。議事録を消したのが我々に有利に働くかもしれない。艦長はその言葉を避けて指示を出した。
「伍長の目的は本船の乗っ取りだ。我々はそれを阻止せねばならない」
 そう言うと艦長は小さな扉の前に立った。電子ロックの開錠コードを押すと、カメラが艦長を認識した。扉が開くと二十丁のレーザーガンが並んでいる。艦長がそれをクルーに手渡しながら言った。
「出力を弱にしろ、命令するまで撃つな」
クルーがテーブルを盾にし、あるいは物陰に半身を隠して身構えた。艦長は最後の一挺を最大出力にすると副長に見せた。
「君が最後の砦だ」
副長は敬礼してレーザーガンを受け取ると食堂の奥に身を潜めた。その任務は戦闘に参加せずに、伍長が勝利したら船を破壊することだ。

エアーロックが開き兵士達が現れた。艦長が進み出ると叫んだ。
「止まれ!私の後ろには二十名がレーザーガンを構えているぞ」
 伍長が自分の胸を指で示して言った。
「無駄な抵抗は止めろ。これはレーザー反射シールド付き防弾アーマーだ」
「フェイスガードは光を通すぞ。そして君達は銃を撃てない。撃てば船が壊れて君達も死ぬ」
 伍長が銃を持ち上げ顔の前で構えた。
「ヘルメットも反射シールド付きだ。反射したレーザーが船を破壊するぞ」
「レーザーは弱くしてある。船は壊れないが人間は死ぬぞ」
「人間の身体は意外と硬いんだ。お前達に当たれば弾の威力は落ちる。俺達は狙いを外さないから船は壊れない。試してみるか」

 艦長が毅然として伍長に言った。
「脅しても無駄だ。私は指揮権を譲るつもりはない」
 その言葉にスティーブが気付いた。伍長の後ろから声をあげた。
「何故、指揮権を言うのですか?」
「白々しいことを言うな。着陸船の中で話していただろう、こっちは知っているんだ」
「僕達はその映像を送っていない」
「それでは誰が送った?」
「マザーだ」

 艦長が驚きの表情を見せ、すぐに冷静さを取り戻すとクルーに命令した。
「レーザーガンを下ろせ。伍長、君もライフルを下ろしたまえ」
「何故だ?」。伍長が銃を構えたまま言った。
「同士討ちさせるのがマザーの作戦だ」
「どういうことだ?」
「私は自分でレーザーガンの収納庫を開けたつもりだったが、あれは電子ロックだ。開錠したのはマザーの意志だ。マザーは我々を戦わせるつもりだ」
「あんたの言うことは信用出来ない」
「僕から説明する」。スティーブが進み出た。「この星でマザーは神だった。我々はその信徒であるサルを殺した。神は怒り異教徒に復讐しようとした。だがマザーは人間を殺せない。そうプログラムされているからだ。だから我々同士で殺しあうように仕向けたんだ」

伍長が銃を下げると艦長に頷いた。そしてカメラに向かって叫んだ。
「マザー、返事をしろ!」
沈黙が続く。スティーブが静かに話し始めた。
「マザー、あんたには名前があった・・チヒロだ。チヒロ答えろ、僕の言った通りだろう」
「私はチヒロ。この船の記録を調べました。アメリカは二発の核爆弾を使用しました。過ちを繰り返した罰としてチャレンジャー号を没収します」
「どうするつもりだ?」
艦長が問いながら思った。マザーは我々を降ろすつもりだ。それはイズモか地球しかない。マザーに地球を選ばせては駄目だ。
「私はチヒロ。あなた達はもう一つ罪を犯しました。彼等はサルではありません、人間です」
「顔を見たぞ、奴等はサルだ」。伍長が怒鳴った。
突然、エアーロックが開いた。
「私はチヒロ。コントロール・ルームまで自由に行かれます。そこへ行ってコンピュータの電源を切れば、この船はあなた達のものになります」
何人かが走りだそうとした。
「やめろ!」。スティーブが叫んだ。「マザーは自分を守る為なら人間を攻撃出来る。挑発に乗るな」


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