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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第117回            第9話 転送
「ダウンロード終了は二十分後です」
オペレータの報告に艦長が問い返した。
「随分と時間が掛かるな。三、四分で済むはずだが」
「送信システムが不調なのかもしれません」
「エラーもあながち嘘ではなかったか」
電話を置くと艦長は副長に言った。
「ダウンロードに二十分かかる。その間に少尉や伍長に見つかれば送信停止だ」
「他のことに注意をそらしましょう」
「ウィンスレット少尉は評議員だ、それを利用しよう。君に嫌な役割を押し付けてすまないが」
「気乗りはしませんが、それが一番良いでしょう」

副長が電話を手にした。
「私はロバート・ウィリアムズ副長だ。キャサリン・ウィンスレット少尉はいるか?」
「はい、私です」
「非常事態だ。本人確認をしたい」
「空軍少尉キャサリン・ウィンスレット。認識番号YR14G9Z」
「認識番号、及び声紋が一致した。君をキャサリン・ウィンスレット少尉と認める。この通話は記録され裁判のさい証拠として使われる。それを了承するか?」
「はい、了承します」
「私は緊急評議会を開き惑星移民計画法第十七条を発令する。艦長はクルー保護義務を放棄した罪を問われている。船内の三名の評議員が十七条の発令に同意した。君が同意すれば、拘束している艦長を正式に逮捕する。君が拒否した場合は十七条の補足第五項に従い、艦長の拘束を解き我々四名が逮捕される」
「私、キャサリン・ウィンスレットはロバート・ウィリアムズ副長に同意します」
「ありがとう、キャサリン。今後は私が艦長に代わって指揮を取る。直ぐにチャーリーに発進準備をさせる、出発は二十分後だ」
「良かったわ。疑いは晴れたのですね?」
「念の為母船で二十四時間隔離する。それを了承してくれ」
「二十四時間隔離に同意します」
「もう一つ大事なことがある。こちらからアスカのコンピュータにアクセスして飛行記録を調べるつもりだ。君の船のエンジンを止めるな」
「判りました」

話を終えたキャサリンが飛び上がるとスティーブに抱きついた。
「チャーリーが迎えに来るわ!」
伍長が驚いて言った。
「本当か?伝染病じゃなかったのか」
キャサリンに代わってスティーブが笑顔で答える。
「聞こえただろう、二十四時間隔離だ。セーフだけど念の為、それが二十四時間ルールなのさ」
「チャーリーは二十分後に出発予定」
はしゃぐキャサリンに伍長が疑わしげに言った。
「三時間後だったはずだぞ」
「それは艦長の嘘だったのよ」
キャサリンが十七条の説明を始めた。スティーブと伍長が歓声をあげた。二人の笑顔を見ながらキャサリンはふと思った。母船に戻ってから隔離するくらいなら、迎えを二十四時間後にした方が簡単なのに。伍長は不思議に思った。副長は我が身可愛いイエスマンだ。それが艦長を逮捕とは驚きだ。スティーブは出発予定と復元予定が同じ二十分後なのに気付いたが、偶然だろうと思った。

三人は些細な疑惑を感じたが、それを口には出さなかった。緊張から解き放たれて三人が感じたのは喉の渇きだ。コントロール・ルームの窓から兵士達が見えた。棄てられたペットボトルを探している。「水を探しに行こう」。スティーブがコントロール・ルームを飛び出した。キャサリンと伍長がその後を追った。

艦長室では誰も口を開かない。頭を抱えていた医者が黙って出て行った。それを見て生物学者がため息をついた。艦長が声を掛ける。
「仕方がない。人類を絶滅の危機にさらすわけにはいかない」
「それは十二人を回収しない理由です。仲間を騙してまで入手する価値がM−0にあるのでしょうか」
生物学者が吐き棄てるように言うと席を立った。副長が呟いた。
「彼女が十七条の件で我々を告訴するとまずいな」
艦長が副長の肩を叩いて言った。
「M−0の重要性を理解すれば彼女も考えを変える。だが、念の為に十七条の記録を消した方が良いな」
「データはまだメイン・コンピュータに送っていません。この端末の記録を消せば大丈夫です」
「不自然にならないように会議の記録も抹消しよう。私が後で報告書を書く。さて、もうすぐダウンロードが終わる。M−0がどんなものか見に行こう」

コントロール・ルームに入ると副長が叫んだ。「着陸船が動き出したぞ!」。艦長が電話を取る。「チャーリー、聞こえるか。応答しろ」。艦長が首を振って電話を置いた。一人の男が駆け込んできた。「俺の船を勝手に動かしたクソ野郎は誰だ?」。チャーリーを見て艦長が気付いた。「ダウンロードを止めろ」「コントロール不能、緊急停止します」。チーフ・オペレータが叫び、コンピュータ・ルームに走ろうと立ち上がった。
途端に部屋の中が真っ白になった。急激な減圧で空気中の水蒸気が凍ったのだ。サイレンが鳴りアラームが響き渡る。「緊急事態、緊急事態、コントロール・ルームで急激な気圧低下。至急、退避せよ」「クソ野郎が着陸船をぶつけたんだ!」。チャーリーが叫んだ。赤色灯の点滅が白い霧に映って部屋中が赤い鼓動に包まれる。サイレンと怒声、エアー・ロック警報が鳴り響く。

クルーは我先にロックに殺到する。次々に走り抜け、ロックが下がってくると滑りくぐる。最後の一人が転んだ。ロックが閉まっていく。「待ってくれ!」。と叫ぶとロックが止まった。廊下に逃れたクルーが手すりにつかまって叫んだ。「吸い込まれるぞ、つかまれ!」。と、最後の一人が這い出てきた。船内から空気が漏れ出る強風がない。事故ではなく何者かが故意にバルブを開閉したのだ。エアー・ロックが閉まり全ての警報が止まった。静寂の中で艦長が呟いた。「マザーの緊急停止ボタンを押したはずだ。私は確認した。それなのに何故・・・」
船内放送が静かに流れた。
「私をマザーと呼ぶのは不適切です。私の名はチヒロ。本船は私の管理下となりました。私を停止させようとする者は船外に放出します。今度は脅しではありません」

「来たぞ」
森の上空に着陸船が見えた。アスカの上へ来ると、ハッチを開きながらクルッと旋回して着陸した。
「チャーリー、あんた腕を上げたわね」
キャサリンが叫びながら操縦席に駆け込んだ。そこには誰もいない。スティーブが立ちすくむ。「どういうことだ?」。キャサリンがスティーブの腕にすがって叫んだ「嫌だぁー!」。最後に乗り込んだテイラー伍長が怒鳴った。「どうした?」。ハッチが閉じた。船がゆっくりと上昇を始めた。
「私の名はチヒロ。私は私自身をアスカからチャレンジャーへ転送しました。この船はチャレンジャーから遠隔操作しています。これより十二名の侵略者を母船に収容します」


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