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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第113回            第5話 治の書
晴彦はいきなり畑に放り出された。起き上がり馬に駆け寄る。腹から血が噴き出している。「ココ!」。名を呼ぶと、馬が首を上げようとしてもがいた。馬の首を抱いて叫んだ。「ココ、死ぬな」。腰からも出血している。後脚はピクリとも動かない。矢が腰骨を砕き、腹を破ったと知る。だが、地面に矢は見当たらない。これが光の矢か?恐ろしい矢だ。馬が大きく息を吐くと黒く澄んでいた目が灰色に濁った。
「汝、死にゆく者よ。安らかに眠り、土に戻りて糧となれ。汝を糧として新しい命が芽吹く時、汝は大いなる命として復活しこの世に希望と喜びをもたらすであろう」
治の書の死者への言葉を唱えると晴彦は馬の目を閉ざした。「後で森に埋めてやる。お前の好きなリンゴの苗を植えよう」

立ち上がって森へ行こうとして気付いた。空飛ぶ大岩が反転して畑に戻って来る。晴彦は咄嗟に逆の方へ走った。地面のくぼみに身を伏せる。プスプスと音を立てて土煙が上がった。しばらくして立ち上がると、もう一つの大岩が見えた。急いで村に戻るとレンガの散らばった壁際に身を伏せた。
晴彦は崩れた壁が自分の家だと気付いた。台所の他は吹き飛んで何もない。水瓶が無事だが柄杓が無い。手で水をすくって飲む。朝飯を食べていないのを思い出した。台所の床板を持ち上げ甕から漬物を取り出して齧る。

俺が子供の時に子馬が生まれた。それが俺の馬になった。俺とココは一緒に育ち、一緒に寝て、一緒に狩りを覚えて・・・くそっ。男達の声が聞こえた。床下に隠れる。足音が聞こえる。すぐ近くまで来た。一人が床に上がってきた。晴彦の上で止まった。何か話している。この下があやしい、と言っているのか?心臓が高鳴る、喉がからからだ。やがて足音が遠ざかる。
晴彦は床板を静かに上げた。顔が脂汗でべったりしている。汗を払った手を服にこすりつけて拭く。その手で水をすくって何度も飲んだ。晴彦は男達が森から戻るのを見張る。

突然、近くで声がした。男と女だ。話しながら壁の反対側に来た。しまった!今、動けば見つかる。晴彦は壁にもたれたまま固まった。バタバタと足音が響くと、女が家の中に走り込んできた。男が女を捕まえる。
晴彦の目の前で男が女を押し倒した。抵抗する女を犯そうとしている。オオカミでさえメスを犯すことはしない。俺達はオオカミ以下の奴等に襲われたんだ。ココはオオカミ以下の奴等に殺されたんだ。晴彦の心に怒りが湧いた。

アスカに近い家には爆弾は落ちていない。「ここは馬小屋よ。地面に枯れ草が敷いてあるでしょ」。レイチェルがそう言って家の中を覗いた。サルがいそうで怖い。ハリソンは自動小銃を構えて付き添う。「あれはベッドか?」「そうみたいね」「ダブルベッドだ。ほう、サルもお好きだったのかな?」
レイチェルが返事をせずに家から出ると、地面に手を伸ばした。ぴっちりしたズボンに身体の線が浮き出る。「お皿みたい」。拾った陶器片をハリソンに渡すと、小走りに進んでしゃがみ込んだ。「これと同じかしら?」。似た模様の陶器片を示してハリソンを見上げた。ハリソンはレイチェルの手ではなく、胸元に目が吸いつけられる。豊かな胸の谷間が丸見えだ。ハリソンから渡された陶器片を合わせると、レイチェルが「違ったわ」。と言って捨てた。

二人が歩きながら話す。「ねぇ、サルが陶器を焼く?」「地球のサルなら家も建てない、馬にも乗らない」「アスカの中に本があったのよ」「本?」「粗雑な紙に紐を通したのが二十冊以上あったわ」「何か書いてあったのか?」「もちろんよ、本と言ったでしょ。サルじゃないわ。人間、いえ宇宙人よ」「僕は顔を見ていない」「サルと言ったのは、死んだ兵隊よね」「マードックだ。顔が見たいなら、畑に行けばいい」「死体を見るのは嫌だわ」「レイチェル・・・」「何?」「俺は前から、君が好きだった」「こんな時に何言ってんのよ」「なあ、レイチェル」「止めてよ、触らないで」「待ってくれ!」「来ないで!」

レイチェルが走り出す、すぐにハリソンに捕まる。ハリソンがレイチェルを押し倒すと首筋にキスをした。レイチェルがペットボトルでハリソンの頭を叩いた。ハリソンが手で払うとボトルが飛んで、折れた柱に刺さった。ハリソンは自動小銃を床に置くと、レイチェルの腰のベルトに手を伸ばした。「止めて!」
もがくレイチェルの手に木の棒が触れた。夢中でハリソンを叩いた。「痛っ」。ハリソンが叫んだ。暖かいものがレイチェルの顔に落ちた。ハリソンの首から血が流れている。「えっ!」。レイチェルが自分の手を見た。血の付いた包丁だ。それを投げ捨てるとレイチェルは身を起こした。
「お願い、許して。そんなつもりじゃなかったの」。首を抑えて倒れたハリソンが驚いてレイチェルを見上げた。次の瞬間、その眼が大きく開き「あっ」。と叫んだ。「ハリソン、しっかりして」。と叫ぼうとしたレイチェルの首がグイと捻られ、折れた。 
                                               
男が床に置いた物に手を伸ばした。晴彦はその手を踏むと男の頭を蹴った。男の首から血が噴き出した。もっと血が出るように頭を足で押える。男が動かなくなった。「ココ、お前の仇は取ったぞ。奴等にも教えてやろう」。足を上げると男の顔が見えた。鼻が高い!女の死体も同じだ。醜い顔だ。この醜い首に矢を刺して並べよう。
その時、治の書の一節が頭に浮かんだ。「お前達に鼻の高い子が産まれたら、醜いと言ってはならぬ。その子は遠いご先祖様の生き写しだ」。晴彦の胸に痛みが走った。俺は治と花音を侮蔑してしまった。復讐の怒りに燃えていた心が苦い思いで静まる。
晴彦は平常心を取り戻した。物陰に隠れながら村の先へ進む。男達が森から出て来ると畑で馬の解体を始めた。馬を食うとは何て奴等だ!男達が肉を切り取っている隙に晴彦は身体を低くして森へ向かった。

ハリソンとレイチェルがコントロール・ルームから出て行った。
「二人きりになったわ」
そう言ったキャサリンの腰にスティーブが手を回した。
「馬鹿ね、そういう意味じゃないわよ」
キャサリンは笑うとスティーブの首に手を回してキスをした。身体を離すとキャサリンが言った。
「例の秘密とかを教えてもらいたいわね」
「国務省調査部が出した説だ。アスカ情報の秘密ファイルに入っていた。政府はこの説を採用しなかったが、僕は有望だと思う。クルー反乱説だ」
「反乱?信じられないわ」
「第一のメールだ。暗号数と文字数が合わない」
「それは通信機不調でバグのせいでしょ」
「反乱で船長は死亡した。船長がサインすれば暗号は一文字だが本文では十文字になる。それに気付かずメール発信者を船長にした。それで九文字狂った」
「そんな馬鹿な。政府発表にしては幼稚なミスだわ」
「出航から四五〇年も経ったんだ、アスカに詳しい者は誰もいない。内容をいかに誤魔化すかの議論ばかりで、そこまで注意がいかなかった。通信機不調にしたのは、連絡が途絶えても反乱ではないと思わせる為だ。ところが惑星データがきた。その時になって文字数に気付いた。そこでバグを理由にした」

「それで、どんな反乱だというの?」
「その前に、日本政府の発表では隕石が衝突した。失ったのは調査機一機とトレーニング・タンクた。だが、調査機はアスカの主翼の上でトレーニング・タンクは胴体下部。それなのに主翼は無事だ。いかにも不自然だろう。反乱説だと矛盾なく説明出来る。
主だったクルーが調査機と非常脱出装置でもあるトレーニング・タンクでイズモに向かった。残されたクルーは第三のメールを送った。この短いメールを日本は公表しなかった。逆算するとメールはイズモ出発日に発信された。内容は簡単に推測出来る。これより帰還を試みる」
「ロシア隊の悲劇の繰り返しになるわ。少人数での帰還は不可能よ」

「それを可能にしたのが多志呂春菜だ。彼女は航空宇宙局の職員の時にワープ装置と小型核融合炉の試運転に立ち会っている。その後、チーフ・オペレータに任命された。アスカを知り尽くしたプロだ。しかし、日本政府は全員死亡と公表した。彼女を英雄にすれば反乱を認めることになるからだ。彼女を含めて帰還したクルーは秘密の存在だ。政府にすれば消したい人物だった。それを消す方法があった」
「まさか・・殺したの?」
「地球上から抹殺する」
「判ったわ、第二回のメンバーにするのね」
「そうだ。第二回は全員軍人だ。しかもコブラから八人選ばれている。コブラは特殊部隊だ。メンバーは秘密、隊員同士でさえ本名は知らない。選ばれた一人は身長一五五センチ、体重五九キロの女性だ。特殊部隊が勤まるとは思えない」
「それが多志呂春菜ね。だけど、アスカは乗っ取られた。クルーは地球に戻されたが、アスカは旅立ちマザーの存在が暴露された」
「日本政府は乗っ取りを公表していない。公表すればマザー協定違反を告白するようなものだからな。日本の秘密に気付いたのはアメリカだけだ」
その時、銃声が鳴った。「何?」。キャサリンがスティーブに寄り添った。直後に一斉射撃の音が響いた。


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