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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第11回               第9話 シルシの日
 治はお婆の言葉を考えた。雷は二回鳴った。もう一回の雷とは何だろう。判った、ワープ装置の核分裂型原子炉だ。治は自分の甘さを悔やんだ。アスカは燃え尽きても、原子炉が燃え尽きずに落ちたのだ。
あの道がその破片の跡なら、そこは放射能で汚染された。治はここを出て向こうの陸地に渡り、この目で確認しなければならない。それが甘い判断をした自分の責任だ。

 村人たちは集まって騒いでいた。
「今日、シルシがあったぞ」
「お祭りだよ、明日はムシの祭りだ」
「ニライ様、どうしたの?元気がないね」
いつのまにか、ダブが横に立っていた。
浮かれている村人たちと離れ、治は小声でダブに話しかけた。
「ああ、ダブ。そんなことはないよ。ねえ教えてくれ。シルシとは何だい?」
「そうかなあ、オサムは浮かない顔をしているよ。シルシというのはムシが出始めたってことさ。祭りは始まりの日、盛りの日、終わりの日の三日あるけど、森に行って良いのは盛りの日だけなんだ。これも僕たちの掟さ」
「明日の祭りには、お婆も行くのかい?」
「もちろん行くさ、赤森の谷まで行く栄養を取らなきゃ」
「そこまでは遠いのかい?」
「近いよ、すぐ近くだよ。だって森の近くに村を作ったんだもの」
「えっ?そんなに近いのか。赤森の谷は」
「違うよ、近いのはムシの森さ。赤森の谷までは七日もかかるよ、それも登り道だよ。遠くて怖い道だよ」
「ダブも行ったのかい?」

「ううん、赤森の谷に行くのは百歳になった人と、付き添いに若者の男女二人と決まっているんだ。百歳まで生きて赤森の谷に行く人は四十年か五十年に一人くらいしかいないよ。この村で赤森に行ったことがあるのは、お婆とアシジ、クンタ、・・・この三人だけだ」
「クンタって誰だい?」
「アシジの奥さんだよ」
「お婆に付き添って行くのは誰だい?」
「まだ決まってないよ。お婆が決めるんだ。僕に一緒に来いと言われたら、どうしよう」
ダブは泣きそうな顔になった。
「そんなに怖い所なのかい?」
「だって根がすぐに出る場所なんだよ」

 ダブと別れた治は、また白い花の咲く木の下に戻った。お婆の家に行く前は、希望のように見えた花の白さが、虚しい色に見えてきた。さて、何から考えよう。やはりアスカのことだ。俺がちゃんとワープ装置を切り離しておけば、こんな事にはならなかったのだ。
「あっ、そうだ。そんなはずはない」
治は思わず叫んだ。アスカよりも先に治がこの星に降りて来た、その時すでに道はあった。あの道はアスカが付けたものではない。では、あの道は何だろう?

 次に明日のムシの祭りのことを考えた。地球でも十年、二十年ごとに花が咲く植物がある。ここにも、そういう木の森があるのだろう。
大きい実、小さい実に比べ、ムシという名があるのは特別だからだ。ムシとは主(ぬし)の意味かもしれない。木の主、木の実の主、それがなまってムシになったのかもしれない。
ダブはとても美味しいと言っていた。治にとっては、そっちが問題だった。青臭い大きい実を赤鬼たちは美味いと言う。甘い小さな実は不味いと言う。ならば、ダブがとっても美味しいとは、治にとってどんな味なのだろう。念のために明日は、小さな実を数個ポケットにしのばせて行こうと考えた。

 最後は赤森の谷だ。遅い鬼族の足とはいえ七日の登り道とは、かなりの距離だ。谷というからには、山奥なのだろう。治は調査機から見た富士山を思い起こした。あれが火の石を噴いた山なのだろう。ならば、祖先が生えていた場所とは、あの山の中だったのかもしれない。
治はふと思いついた。それが赤森の谷ではないのか。百歳になった老人は祖先の生えていた場所に戻り、そこで祖先と同じ木に戻る。連れ添って行く男女一組の若者とは、神話のニライとカナイを模したのではないか。四十年か五十年ごとに繰り返される、神話を再現する神聖な行事かもしれない。その神聖さを維持するため恐ろしい場所として近づく事を禁止された場所なのだろう。

 翌朝、村人が全員集まった。お婆も若者に背負われて長老のアシジの横にいた。アシジが嬉しそうに村人に告げた。
「今日は十年に一度のムシの祭りの盛りの日だ。女たちの実が生ってのムシの祭りは初めての事だ。きっと立派な子が生まれるだろう。ニライ様を先頭に出発するぞ。皆腹いっぱい食うがよい」

女たちの頭の上を見れば、いつのまにか小さな実が生っていた。治はアシジ、お婆と並んで歩いた。アシジとお婆が話している。
「お婆様、連れの者は決めましたか?」
「そうよな、誰にするかのう。ギボシ、おぬし一緒に行くか?」
お婆は背負われた若者に声をかけた。
「お婆様、勘弁して下さい」。若者は泣きそうな声で答えた。
お婆と長老は顔を見合わせて、声を出さずに笑った。若者をからかっているのだ。
「のう、ギボシよ。ワシとクンタは無事に戻って来たではないか。そう怖がることはないぞ。だけどな滋養に富んだ沼には気をつけねばな、一歩足を踏み入れるとたちまち根が生えてくるぞ」
「これこれ、アシジ。谷のことをそう気安く喋るでない」
「これは、これは、お婆様の言うとおりで」
「ギボシ、谷のことならニライ様に聞け。ニライ様、ギボシに話してやってくれ」
お婆は、今度は治をからかっているのだろうか。いや、治を試しているのだ。治は曖昧に答えることにした。
「終わりの場所とは、また始まりの場所でもあるはずだ。そこは若者にこそふさわしい場所だろう。ギボシ、恐れることはないよ」
「さすがニライ様、うまい事を言いますな」
長老が感心したように言った。お婆は何も言わなかったが治の答えに満足したようだった。
「おお、着いたぞ。みなの衆、腹いっぱい食うがよい。ギボシご苦労だったな、お婆様を降ろして良いぞ」


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