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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第108回                第15話 馬のいる星
3225年、アスカは新しい惑星に着いた。青い海と緑の大陸が見える。イズモと同じように美しい星だ。アスカは周回軌道に乗った。カワシモが誰にともなく言う。
「ここにも町はあるのかい?」
「知的生命体の痕跡は見当たりません」
チヒロの返答にカワシモが叫ぶように言った。
「アタイに判るように言っておくれ」
「町はありません」
「それじゃ、どうやって食い物を手に入れるのさ?」
「自分達で畑を耕し、種を植えるのです。食用になる動物がいれば狩りをしなさい。そして、暗くなったらアスカに戻り、一時間だけ勉強します」
「勉強って何だい?」
「算数と国語です。計算と字を覚えるのです」
「俺達は大前みたいに文字を覚えるのかい?」
ウサイが不満そうに言った。
「大前が知っていたのは片仮名だけです。それは実用的ではありません。あなた達は漢字も覚えるのです」
「それって三日も四日も掛かるのか?」
「十年ぐらいで覚えるでしょう」
ウサイが呆然として星を見る男を見た。星を見る男が笑って言った。 
「俺達は算数の勉強をした。面白かったぞ」
蛇を踏んだ女が星を見る男に寄り添うと、小さな声で言った。
「勉強したのは十日間だけというのは、内緒にしときましょう」
星を見る男は微笑むと、蛇を踏んだ女の肩に手を置いて言った。
「俺達も字を覚えよう」

調査が終わると、チヒロはワープ装置を切り離し太陽に向けて発進させた。
「私がこの星から飛び立つことはありません。着陸した後は、あなた達の家となります。これは第一回の惑星移住計画と同じです。私は百年の間、あなた達の長老の役を果たしましょう」
星を見る男が言った。
「この星に名はつけないのか?」
「どんな名が良いのですか?」
「俺達には徳寺の血が流れている」
「徳寺治の出身地は信濃です」
「シナノ!それがこの星と俺達の村の名だ」
「了解しました」
蛇を踏んだ女が言った。
「長老様なら、私達にも名を下さい」
「判りました。星を見る男よ、あなたの名を治とします。蛇を踏んだ女よ、あなたの名は花音です」
「それは特別な名だ。使うことは禁じられている」
「古い星の掟は忘れなさい。私はあなた達に一番ふさわしい名を選びました。二人はシナノで新たな伝説を作るのです。それは文字で書かれ、全ての住民がそれを読むでしょう」
星を見る男と蛇を踏んだ女、いや、治と花音は肯いた。カワシモとウサイは新しい名を持った二人を眩しそうに見上げた。

大気圏を突破してアスカは草原の上を飛んでいた。果てしなく続く大草原だ。アスカに驚いた動物達が逃げ惑う。じっと見ていた治が叫んだ。「向の絵と同じだ!シナノにはシマウマがいるぞ」
チヒロがその動物にはシマが無いと指摘した。がっかりする治にチヒロは地球の馬の映像を見せる。治が目を輝かせて馬を見つめた。チヒロが地球の知識を伝えた。
親馬を殺し子馬を捕らえる、子馬を育てて無理やり乗る。子馬は嫌がって暴れるが、やがて疲れて諦める。こうして馬は人を乗せるようになる。治はそれに反対した。「俺達は馬を殺さない。馬と友達になるのだ。そうやって俺達は馬に乗ろう」

そう言ったものの治は馬と仲良くなる方法が判らなかった。一年が過ぎても馬は治を見れば逃げてしまう。ある日、治とウサイが森で狩りをしていると草原の方が騒がしい。木々に隠れて近づくとオオカミの群れが三頭の馬を襲っている。二頭の親が子馬を守っているがオオカミは巧妙だ。親馬から子馬が引き離された、今すぐにも子馬は食われてしまう。
治とウサイが矢を放った。二匹が悲鳴をあげて倒れた。驚いたオオカミの包囲網が乱れる。親馬が素早く駆け戻ると子馬近くの一匹を蹴り上げた。「キャイン!」。蹴られたオオカミが宙を飛ぶ。オオカミ達がひるんだ。
突然、ドッドッと地響きがすると十数頭の馬が現れた。オオカミの群れが逃げ出した。倒れていた一匹がヨロヨロと立ち上がった。一頭の馬が突進するとその頭に前足を振り下ろす。ガツッと鈍い音がしてオオカミが倒れた。

別の馬が治に向かってくる。治は弓を地面に置くと叫んだ。
「止めろ!俺達は敵ではない」
立ち上がった馬の前足が治の頭上で空を蹴っている。振り下ろせば治の頭蓋骨は砕ける。その時、馬が動きを止めた。そして前足をゆっくりと下ろすと治から離れ、襲われていた親馬へ顔を向けた。
すると馬の様子が一変した。荒かった鼻息はおさまり、血走った目は穏やかになった。治は馬たちを見渡した。一頭、一頭と目が合う度に治は「俺達は友達だ」。と念じた。すると温かいものが馬から返ってきたように感じた。

村に戻ってから治は考えた。治が聞いたのはオオカミの咆え声だけだ。馬が助けを呼ぶ声は聞いていない。駆けつけた馬は治を攻撃しようとしたが、突然止めた。それは親馬が止めたようにも見えた。その声も聞いていない。そして治と馬の気持ちがストレートに通じ合った、あれは何なのだろう。
草原で出会っても馬は逃げなくなった。治は馬が白い根っこを食うのを知った。馬の蹄は土を掘るには不便だ。それでも時間をかけて掘るのは好物だからだろう。治がシャベルで掘ると馬が近寄ってくる。やがて一頭は治の手から根っこを食うようになった。治はその馬をアオと名付けた。アオの身体を川で洗い、蹄に詰まった石を取り除く。

ある日、治はアオに言った。
「アオよ、俺はお前の背に乗りたい。お前に乗って、お前と共に走りたい」
治はアオに乗った自分の姿を想像した。すると治の心に何かが返ってきた。それは次第にはっきりとした感覚となる。「それは良し」。治はアオを見た。「それは良し」
治はアオのたてがみを掴んだ。アオが少し腰を落とした。治がひらりとまたがるとアオがゆっくりと歩き出す。走れ、治がそう思うとアオが走り出した。右に、と思うとアオは右に曲がる。
治は馬の能力に気付いた。鳴き声でも言葉でもない、直接に心と心を通わせる力だ。さらに走り続けると治とアオの心は一体となって、アオが治を乗せているのか治がアオを乗せているのか判らなくなった。


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