ウサイが叫んだ。「役人だ!」 星を見る男は振り返った。すぐ後ろの三人の幼児が「抱っこ」。と言って泣き出した。その向うに山を駆け下りる役人達が見える。星を見る男が蛇を踏んだ女に言った。 「アスカまで走れ。レーザー砲をチヒロ連動にするのだ」 「やり方が判らない」 「チヒロが教える」 蛇を踏んだ女が槍を放り出すと走り出した。カワシモが鳥を捨て幼児を一人抱きかかえた。星を見る男も両手に幼児を抱えると後を追った。座っていた牛が立ち上がった。こちらへ走って来るウサイに星を見る男が叫んだ。 「牛を追い立てろ」 役人達が近づいて来る。ウサイは矢を抜くと牛に放った。尻に矢の刺さったウシが鳴き声を上げて走り出した。他の牛も驚いて走り出すと役人達が逃げ出した。柵まで来ると、星を見る男が抱いていた幼児を降ろした。カワシモも幼児を降ろすとアスカを指差して言った。 「走るんだよ」 すでに他の子供達は蛇を踏んだ女の後を走っている。三人の幼児が走り出した。星を見る男がウサイに言った。 「お前も行け。俺は時間をかせぐ」 「俺も・・・」 「駄目だ。足手まといだ。行け」 走っていた幼児の一人が転んだ。カワシモが振り返った。「俺に任せろ」。ウサイが叫んで走り出した。カワシモが前を走る子供達に叫んだ。 「空飛ぶ大岩に入るな。アタイが先に確かめる」 カワシモが本気になって走り出した。子供達を追い抜いていく。その先を蛇を踏んだ女が走っている。アスカがタラップを降ろした。役人達は山の麓に駆け戻ったが、三人が牛の群れの中で右往左往している。星を見る男は柵の陰に身を伏せた。牛の群れが駆け去ると三人の役人が走り寄った。 「奴等はどこだ?」 三人が柵の手前で立ち止まった。走り去る子供達の中に若夫婦を探す。その時、ヒュンと音がして二人の弓の弦が切られた。張られていた弓が支えを失い、反対側へ強く弾けた。一人の手から弓が飛んで柵に当った。役人頭は反射的に強く弓を握った。手の中で弓が激しく震えた。手が痺れ役人頭は弓を落とした。 残った一人が慌てて矢を抜いた。と、弓が飛ばされた。落ちた弓に矢が刺さっている。三人が矢の飛んできた方を見た。二十歩ほど横に弓を構えた星を見る男が立っていた。そして柵から離れ、三人の正面に移動しながら言った。 「何故、俺達を追う?」 「お前達は流行り病を撒き散らしているからだ。もう七人死んだ」 役人頭が痺れた手を押さえながら答えた。星を見る男がその横の役人に矢を向けると言った。 「後ろを向け」 役人が振り向くと仲間がこちらに走ってくる。背後から星を見る男の言葉が続いた。 「奴等に止まれと言え。奴等が近づけばお前の首を矢が貫く」 役人が両手を挙げ必死に「止まれ、止まれ。こっちに来るな」。と叫んだ。その剣幕に役人達が立ち止まった。
星を見る男が役人頭に言った。 「俺達を縛った男や、鞭で打った男は生きているぞ」 「役人は誰も死んでいない」 「何故だ?」 「国王様のお茶を飲んだ。毒を消すお茶だ」 「子供達はお茶を飲んでいないが、一人も死んでいないぞ」 「これから死ぬ。病が伝染ってから半日から五日の間に死ぬのだ」 「五日だと?鞭の傷に薬草を貼ったのは子供達だ。もう三十日は経った」
その時、星を見る男の足元でジュッと小さな音がした。青臭い焦げた匂いが漂った。星を見る男が弓を下げた。それを見ると、役人達が一斉に走り出した。後ろを向いていた役人が「ヒィー」。と叫んで首の後ろに手を回した。役人頭が振り向いて怒鳴った。 「弓を下げろ」 柵まで走り寄った役人達の数人は弓を構えたままだ。頭が再度、怒鳴った。 「弓を下げろ!何度も言わせるな」 「しかし、頭・・・」 「話はまだ終わっていない」 役人頭が星を見る男を問いただした。 「隣村の五人も死んだ。あの五人に何をした?」 「何もしていない」 「話をしただけか?触れたはずだぞ」 「奴等は村を通るなら何か置いていけと言った。俺は肉を持っていた。それを奴等は盗った」 「大前様に貰ったサシミだな」 「違う。サシミは子供達に渡した。国王がくれた焼肉だ」
二人の会話に別の役人が口を挟んだ。 「国王様のおかげで我等は助かった。そのうえ国王様は亡くなった大前様の秘密も解いたのだ。国王様は神様のようなお方だぞ。呼び捨ては無礼であろう」 星を見る男が冷笑を浮かべて言った。 「国王は神だと?」 「まだ言うか、無礼者。言い直せ」 役人が星を見る男に弓を向けた。星を見る男は平然として言った。 「コクオオハカミ、正体を現したな。この言葉の中にオオカミが隠れている。それが奴だ。オオカミに様はいらない。お前こそ言い直せ」
役人の顔が怒りで赤くなった。星を見る男の太ももに矢を向けると放った。矢の音がヒュと鳴りかけて消えた。矢が光ったと見えた次の瞬間、それは無くなった。一筋の煙が星を見る男の近くまで流れて消えた。役人達は驚いて声も出ない。 「アスカに弓は通用しない」 星を見る男の言葉が役人には判らない。互いに顔を見合わせる。その顔がすべて役人頭に向いた。頭が言った。 「何をした?」 「レーザー砲、光の槍だ。それで矢は燃えた」 「・・・お前は槍を持っていない」 「光の槍を持っているのはアスカだ」 「アスカとは何だ?」 「空飛ぶ大岩の名だ」 役人達がアスカを見た。矢も届かない遠さだ。
呆然としてアスカを見ていた役人頭が、思い出したように言った。 「何故、国王様はお前に焼肉を渡し、弓も返したのだ?」 役人頭の質問には答えずに、星を見る男が言った。 「地球の十二人はどこにいる?」 「あの十二人は空飛ぶ大岩に戻った。そこで死んだ」 「あの中に十二人はいない」 役人達がざわついた。一人が叫んだ。 「国王様が梯子を登って死体を見つけた。俺も一緒にいたぞ」 「お前も死体を見たのか?」 「いや・・・見たのは国王様だけだ」
その時、叫び声がした。 「役人の嘘つき!」。走って来たカワシモが、星を見る男の横で立ち止まった。 「十二人があの中で死んでいると言ったのは、どこのどいつだい?嘘つきは誰だ。お前か?」 指差された役人が首を横に振った。 「中には誰もいない。アタイがこの目で確かめたんだ。誰がそう言ったんだい?」 役人は誰も答えない。カワシモが突然、泣きながら怒鳴った。 「アタイの父ちゃんと母ちゃんを鞭で殺したのは誰だい」 カワシモが星を見る男の弓に手を掛けた。星を見る男が手を放すと、弓を手に柵まで走った。 「お前か?お前だろ」 そう言いながら柵の間から弓で役人の腰を叩いた。 「違う、俺ではない」 カワシモが隣の役人を叩く、役人が否定する。さらに隣を叩く。 「何で死体も返してよこさないんだよう。父ちゃんと母ちゃんの死に顔も見せてくれないんだよう」
星を見る男がカワシモに近づくと、役人達が後ずさりした。星を見る男が弓を握ると、カワシモが両手で顔を覆って泣いた。星を見る男が役人達に言った。 「俺を恐れることはない。俺は病ではない」 誰も返事をしない。星を見る男が言葉を続けた。 「国王は俺を殺そうとした。だが、死んだのは五人の男だ」 「どういう事だ?」 「俺に食わせるつもりで焼肉に毒を入れた」 「毒だと!」 役人達が顔を見合わせる。 「何故、国王様がきさまに毒を盛るのだ?」 その問いに別の役人が答えた。 「きさまが病を撒き散らすからだ」
星を見る男が首を振って言った。 「国王は俺に大前の秘密を聞いた」 「まさか!」 「サシで始まる五つの言葉だ」 「きさま、でたらめを言うな!」 怒鳴りながら一人の役人が弓を構えた。と、何かが光った。役人は「うっ」。と呻いて弓を落とした。落ちた弓に役人の手が付いている。 「馬鹿者!弓は使えぬのを忘れたか」 役人頭が怒鳴った。血の噴き出した腕を押えて役人がうずくまる。別の役人が懐から布を取り出すと、怪我人の腕に固く巻きつけた。手当てが終わるのを待って、星を見る男が言った。 「お前達は帰れ」 役人頭が黙って歩き出した。役人達が黙々と続く。星を見る男が泣いていたカワシモに言った。 「さあ、アスカに行こう」 カワシモが顔を上げて言った。 「あそこに鳥を置いてきたんだ。拾って来るよ。兄さんも、姉さんの槍を拾いなよ」
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