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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第102回                第9話 南ランド
二人は十二日目に大地の割れ目に着いた。そこには橋が架かっていた。
「向こうは草の海だった」
「海?」
「見渡す限りの草原だった。家が増えても草原は残っているはずだ」
橋を渡り、林を抜けると星を見る男はがっくりと膝をついた。家が並び田畑が広がっている。その肩に手を置いて蛇を踏んだ女が言った。
「もっと南には草原が残っているかもしれないわ、行きましょう」

森に沿って進むと、女が畑仕事をしていた。蛇を踏んだ女が声を掛けた。
「もし、お聞きしたい事があるのですが」
「何だい、こっちは忙しいんだよ」
そう言いながら振り返った農婦が、二人を見て頭を下げた。
「失礼しました。何でしょうか?」
「この先に草原はありますか?」
「はい、一日歩けば広い草原です」
「そこにはどんな動物がいる?」
「とうの昔に動物はいなくなったと聞きました」
星を見る男が天を仰いだ。農婦が申し訳なさそうに頭を下げた。蛇を踏んだ女が別の質問をする。
「私共は名を授けてくれる方を探しております」
「名は親がつけるものですが?」
「私共の古いしきたりでは、ある方に名を貰うのです」
「ここら辺では、その様な事は聞きませんが。お婆様なら知っているかもしれません」
農婦が指差した。
「あの家にお婆様がおられます」
「判りました。お仕事の邪魔をしてしまいました。有難うございました」
「いいえ。大して役にも立たず申し訳ございません」

蛇を踏んだ女がためらいながら聞いた。
「あの・・・私共に対して、何故そのように丁寧な言葉を使われるのでしょう?」
「古くからのしきたりにございます。今では、それを知る者も少なくなりましたが」
「どのような?」
「何十年かに一人くらい、あなた様方のようなお顔の子が産まれます。その子は遠いご先祖様の生き写しとして大切に扱われます。まして、お二人揃うのは何百年に一度の事でしょう、有難いことです」
「北では、からかわれてばかりでした」
「大前ランドでは古い事は忘れられました。この南ランドでも町に住むのは大前ランドから来た者の子孫ばかりです。元々、南に居た者は私共のように、田や畑の隅で暮らしております」
「何があったのでしょう?」
「それもお婆様にお聞きくだされ」
二人は農婦に礼を言うと、お婆様の家に向かった。

大前が流行り病で死んだ。その話に屋敷内は大騒ぎになった。やがて噂が流れ出した。チキュウの病は恐ろしい。うつって半日で表にでた者は翌朝に死ぬ。五日を置いて出た者は苦しくなると直に死ぬ。六日、七日を置いた者は突然死ぬだろう。屋敷の者は互いの顔を見ては、次に死ぬのは誰だろうと恐怖におののいた。
僅かな希望は国王のお茶だ。日に三度、お茶を飲み部屋にこもって過ごす。だが、不安に駆られて屋敷内をうろつき、死んだ者はいないか確かめ合う。八日たち、国王が安全宣言をして穴から出ると、皆が国王を褒め称えた。だが、誰が偉大なる知恵の書を読むのだ?大前様の息子はまだ幼く文字を知らない。
「国王様、どういたしましょう?」
「偉大なる知恵の書は大前様だけの秘密だ。それを読める者はいない。だが、知恵の書を捨てては駄目だ。いつか、誰かが読めるようになるかもしれぬ」
「国王様、あなたは賢い。流行り病も国王様が鎮められた。知恵の書の秘密を解き明かせるのは、国王様をおいて他には考えられません」
「大前様の知恵に比べれば、私など赤子同然。だが、大前様が亡くなられた今、私が試してみるしかないのかもしれん」
国王は部屋にこもって知恵の書を見た。そして三日後にはその秘密を解くことに成功した。大前ランドは国王を賛美する声で満ちた。国王様は偉大だ。国王様は神様のようなお方だ。

大前ランドに比べ南ランドの町並みは美しい。黒い屋根に白い壁、板窓は青く塗られている。遠くに見える大きな赤い屋根は国王の屋敷だろうか。そして畑には古びた小屋が点在している。
「旅の者ですが、お尋ねいたします。お婆様のいらっしゃる家でしょうか?」
「遠い所からご苦労様です。お婆は私の母です。お客人を喜ぶことでしょう」
お婆様は二人を見ると座り直して深く頭を下げた。二人も同じように頭を下げる。

蛇を踏んだ女が口を開いた。
「私の名は蛇を踏んだ女、こちらは星を見る男です。どちらも仮の名です。私共は本当の名を貰うために旅をしてきました」
「ちょう・・・」お婆様が言いかけて口をつぐんだ。上を向いて考えている。そして話し出した。
「蝶々を知っておるか、ひらひら空を飛ぶ虫じゃ」
二人は顔を見合わせた。蛇を踏んだ女がお婆様の顔を不思議そうに見て答えた。
「はい、知っていますが」
「白い髭を生やした蝶々様がおった。ワシが小さな子供の頃じゃ」
二人が真面目な顔に戻って肯いた。
「大前様が攻めて来て、蝶々様は吊るされた。言ってはならぬ名を口にしたからじゃ。その名はお前達に縁のある名じゃ。野に咲くレンゲの花も摘まれた。母のレンゲと娘のレンゲだ」
蛇を踏んだ女の目から涙がこぼれた。

星を見る男が問うた。
「南の草原に動物はいないのか?」
「いない。人が増えて半分が南に行った。何百年も経って南の動物を食い尽くして、ここへ戻って来た。その頃は、こっちも動物は少なく田と畑で口を養っていた。戻って来た男達は数少ない動物を狩り、田畑の作物を取った。それで戦いになった。男も女も大勢死んだ」
星を見る男は握り拳で目を押えた。お婆様が話を続ける。
「牛は狩らないのが掟じゃった。食えるのは溺れた牛だけじゃ。ある年、食い物が乏しくて掟を破った。次の年に大前様が橋を架けた。牛が渡る橋だと聞いた。橋が出来ると大前様が攻めて来た。男が大勢死んだ。そしてワシ等のご先祖様を祭るのはご法度になった」

お婆様が水を一口飲んだ。二人は黙って次の言葉を待った。
「ワシが子供の時に、お前達のような顔の子がおった。ワシは何も知らずに、その子を馬鹿にした、醜いとな。するとワシの婆様に怒られた。婆様はワシに言った。野に咲くレンゲが伝えていた、初代の大前様のお言葉だ。
お前達に鼻の高い子が産まれたら、醜いと言ってはならぬ。その子は遠いご先祖様の生き写しだ。ご先祖様はとても美しかった。同じように美しい娘がいた。その娘は醜いと言われ遠くへ旅立った。ご先祖様の血は敬え。鼻の高い者には沢山の子を産ませろ」
蛇を踏んだ女が身体を震わせた。その手から嗚咽が洩れた。
「この年になって、美しい娘と若者を見るとは思わなんだ。これで心置きなく冥土へ行けるわい。礼を言うぞ」


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