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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第101回                第8話 毒紫の花
大前が叫んだ。
「きひゃま何をのまへた?誰か、だりかきてくりぇ」
 国王が素早く大前の口をふさいだ。
「お呼びでしょうか?」
 女中のお雪が現れた。
「大前様の様子が変だ。こっちへ来て手伝え」
 お雪が駆け寄ると「あっ」。と驚きの声をあげた。国王がすかさずお雪のみぞおちを突いた。気絶したお雪はそのままにして、抵抗する大前を押さえる。国王の手が大前の首に伸びた。だが、ためらう。首を絞めて殺しては斑点が出ない。
部屋の外をうかがう。誰も来ないようだ。お雪を見る。ピクリとも動かない。静かだ。額の汗が目に入る。片目を閉じたまま、国王が辺りを見回す。やがて大前が死んだ。

国王が大きく息を吐き、額の汗をぬぐった。手に付いた脂汗を大前の服で拭くと、その手で飲み残しの湯呑みを掴んだ。
国王はお雪を抱き起こし、その口に毒を流し込む。お雪がぼんやりと目を開いた。「気付け薬だ、飲め」。お雪が口の中の物を飲んだ。さらに残りを飲ませる。お茶を飲んで目が覚めたお雪が大前の死体に気付いた。途端に何があったのか思い出した。
「人殺し!」。とお雪が叫ぼうとした、その口を国王がふさぐ。暴れるお雪に馬乗りになって押さえていると、お雪がぐったりした。毒が回ったにしては早すぎる。国王は口と一緒に鼻もふさいでいたのに気付いた。手をずらして鼻を出すと、気絶したままお雪が大きく息を吸った。毒が回るまでもう少しの時間だ。

女中の声が近づいてくる。国王は文机を蹴って倒した。お雪をその陰に引っ張り込む。女中達が部屋に入ろうとして立ち止まった。倒れた文机の後ろに国王が座っている。ただならぬ事態だと一目で判る。
「どうなさいました!」
「流行り病が屋敷でも出たぞ。大前様が亡くなられた」

 その声にお雪が目を覚ました。国王の身体の下でお雪がもがく。女中達は倒れている大前に気付いた。文机の陰から女の白い足が伸びてヒクヒク動いている。女中の一人が「キャー」。と叫んだ。
「来るな!中に入ると死ぬぞ」
 国王の怒鳴り声に、もう一人の女中が叫んだ。
「国王様こそ逃げて下さい」
「女中はまだ息がある。今、人工呼吸をしている」
 国王は下を見た。お雪が必死の形相で国王を睨みつけている。国王は目をそらすと、顔を近づけてフゥーと息を吐く。お雪が国王の手を噛もうと口を動かす。手に力を込めると国王が叫んだ。
「私にもうつったはずだ。役人に墓を掘れと伝えろ。穴は三つだ。早く行け」
 二人の女中が逃げるように走り去った。 

二つの土盛りの間に深い穴がある。国王は穴の底から指示を出した。
「私は茶葉に漢方薬を混ぜて飲んでいる。それを屋敷の者に飲ませろ。私の茶には毒を消す力があるはずだ」
 遠くから「判りました」。と答える声が聞こえた。国王は穴の底で声を出さずに笑った。病がうつらなかった理由はお茶になる。皆はこう言うだろう。国王様は自らを犠牲にしてお雪を助けようとした。国王様のおかげで皆は助かった。ふふふ、俺は賢い。一時はどうなるかと思ったが・・・病が出るまで早くて半日、遅くて五日だ。念のため八日くらいは穴の中で過ごすしかない。しかし、判らない。大前もあの五人のように翌朝に死ぬはずだった。

毒紫が使われたのは二百年以上も昔のことだ。その毒はとうに忘れられていた。国王が若い頃に聞いた古老でさえ、知っていたのは僅かだった。草の根を煎じた水が味も臭いも無い毒になる。適度に薄めた毒を食えば翌日に死ぬ。オオカミは仲間の死の理由が判らずに、毒餌を食べ続け滅んだ。その花は赤紫で沼地に生える。
以来、国王は沼地を探し続け、ついに三年前に赤紫の花を見つけた。十二株を掘り返して、屋敷の裏で密かに育てた。移植したせいか花は咲かないが、株分けで倍に増やした。去年に四株だけ採って毒を作った。
試したのは鞭打ちの夫婦だ。木匙二杯を飲ませた男はすぐに死んだ。一杯の女はすぐに苦しみだしたが、しばらくは生きていた。今年も四株から毒を取り、チキュウの奴等は木匙半分ですぐに死んだ。それは種族が違うからだ。タレに混ぜたのは三杯だ。それを五人で食えば翌日に死んだ。例の若夫婦は殺しそこなったが毒の量が分かった。それなのに翌朝に死ぬはずの大前は二口だけですぐに死んでしまった。何故だ?

 三日間、晴天が続いていた。毒紫が枯れてしまう。深夜に国王は穴から出た。慣れた自分の庭だ、星明りの下でも迷うことはない。小川の水を汲むと赤紫の鉢へ入れる。その時、暗い中に咲く小さな花が・・・白い!これは、どうしたことだ。白い花の毒紫もあるのか?古老の言葉を思い出した。「よいか、赤紫の花じゃぞ。毒紫は赤紫の花じゃ」。二度、繰り返したことに大した意味はないと思っていたが・・・。
 穴に戻って国王は思い出す。十二株は冬枯れしていた。一株だけに残った花が、赤紫色だった。全部が同じと見えた草は、本当は二種類だったのか?白い花に毒が無ければ、去年と今年、毒の濃さは違っていたかもしれない。だが・・・ええい、いまさら考えても仕方ない。


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