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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第1回   プロローグ 2609年    第1話 9年ぶりのメール
航空宇宙局宛のメールが環境調査課に届いた。不審に思った田代春菜はメールをウィルスチェックする。OKが出て春奈はメールを開き「えっ?」。と小さな声を上げた。メールに文章はない。八桁の数字がびっしりと並んでいる、暗号だ。
その声に渋谷課長が顔を上げた。
「どうした?」
「変なメールが間違えて届いています。航空宇宙局はどこの部署ですか?」
「航空宇宙局は四百年以上前に廃止されて、業務はウチが引き継いだんだ。それはアスカのメールだよ、九年ぶりだな」
 若い課員たちから驚きの声が上った。
「アスカって、あの惑星移住の?」
「歴史の教科書に載ってた、あのアスカ?」
「あの話は本当だったんだ」
「おいおい、教科書に嘘は書いてないだろう」

 課長の言葉に笑い声が起きるが、すぐに部屋の中は静まり返った。今まで移住出来る星は無かったのだ、今回も多分・・・重い空気を打ち消すように課長が言った。
「田代君、メールをメモリーに送ってくれ」
 メモリースティックを持って課長が立ち上がった。
「部長の所に行ってくる。田代君、付いて来たまえ。部長に挨拶してこよう」
エレベーターに乗ると渋谷課長がしんみりとした口調になった。
「君のような優秀な人材が辞めるのは残念だよ」
「すみません」。春菜は小さく頭を下げた。
課長の視線を避けて、春菜は外を眺めた。林立する高層ビル群と下に広がる市街地、多数の道路が幾何学的な模様を描いて彼方まで延びている。長野から北海道十勝市に首都が移ったのが三十年前、それ以前は一面の畑だったとは信じられない気がする。

大谷部長は春菜を見ると、立ち上がって机の前に歩み出た。春菜は部長へ深々と頭を下げた。
「短い間でしたが、ありがとうございました」
「残念だよ。君のように将来を期待していた若者が去って行く、実に残念だ。何年いたのかね?」
「三年半お世話になりました」
「保育士になるんだって?」
「はい」
「君が頭脳明晰なのは部内でも有名だ。君を失うのは残念だが、おめでとう。自分の好きな道を歩むのが一番だ」
「ありがとうございます」

 頃合を見て渋谷課長が声をかけた。
「部長、暗号解読プログラムをお願いします」
 部長は鍵を出しながら、部屋を出ようとする春菜に言った。
「ちょっと待ってくれ、渡す物がある」
 部長が金庫を開けた。春菜が驚いていると、部長は金庫から出したメモリーを課長に渡した。春菜は思わず笑ってしまった。
 「おう、すまん。君に渡すのはこっちだ。金庫に仕舞うほどの貴重品でなくて悪いが」
部長も笑いながらロッカーを開くと、首をかしげて机に戻った。引き出しを開けて記念品を探している。その横で課長は黙々とPCを操作していた。

突然、部長の動きが止まった。目はPCの画面に釘付けだ。課長も固まっている。二人共、春菜の存在をすっかり忘れたようだ。二人は小声で話し始めた。それが途切れ途切れに春菜の耳に届く。「・・・事故」「信じられない」「長官に・・・」「でも・・」「確かにおかしい・・・」
自分はここに居てはいけない。春菜は声をかけたが、二人の耳には届かなかった。声を張り上げて再度言う。
「あの、私は席に戻ります」
「あっ、田代君。まだ居たのか。戻りたまえ」
 春菜は課長の声に急いで部屋を出た。部長がそれに気付くと言った。
「大丈夫か?今の話を聞いていただろう。洩れるぞ」

 廊下に出た春菜は後ろから呼ばれた。
「田代君!ちょっと待って」
 振り返ると課長が小走りで寄ってくる。「すまないが、一旦戻ってくれ」。後ろから肩を押されながら春菜は部長室へ入れられた。この先は想像できた。国家公務員の守秘義務を延々と聞かされるのだ。盗み聴きしたのならともかく、自分は部長に言われて待っていただけなのに。
 部長は困惑していた。すぐにも瀬島長官に報告すべきだ。だが、長官は説明を求めるだろう。このメールをどう解釈し、どう説明すれば良いのだ。そこへ田代春菜が課長の手を払いのけるように肩を振って現れた。その時、部長は春菜の優秀さを思い出した。
「田代君、すまんな。出てけだの、入れだの。実は急に思いついたんだ。三人寄れば何とやら、と言うだろう。君の知恵を借りたいんだ」
 予想外の言葉に春菜は驚いた。課長も驚いているのが背後から伝わってくる。それに気付くと心に余裕が出来た。
「判りました。毒を食らわば、とも言いますし」
「さすがだ。見事な切り返しだな」
 そう言って部長は笑うと、右手のつぶれた箱に気付いた。
「おお、何てこった。思わず手に力が入ったんだ。田代君、すまん。中身は大丈夫だと思う」
 春菜は笑って礼を言うと、記念品をテーブルの上に置いた。部長の狼狽ぶりに怒りも消え、春菜は冷静さを取り戻した。大きな机をゆっくりと回り込むと、春菜は画面を覗き込んだ。

「本船は12月17日、隕石との衝突事故に遭遇せり。被害は軽微なれど通信機能を損傷、地球への通信はこれが最後となる。船長はじめクルーは全員無事、意気高し。日本の未来に幸あれ。 時空船アスカ」
 春菜はいっきに読み終わると、もう一度読み返した。横から覗きながら部長と課長が独り言のように呟く。
「おかしなメールだ。何か腑に落ちない」
「九年前は船長の署名があったが、これには無い」
「船長は無事という文章自体が、これを打ったのは船長ではない事を示していますわ」
「発信日は19日だ。17歳日に通信機が壊れた。二日後に直ってこのメールを打った。それなのに以後は使えない。不自然だな」
「もう連絡したくない、という意味かしら」
「通信機能を損傷、というのは嘘か?」
「そうかもしれません。だけど何故、隕石なのかしら。単に通信機の故障で良かったはずだわ」
「言われてみれば確かにそうだ。何故だ?」
「嘘で塗り固めたメールに、うっかり本音が洩れたんじゃないかしら」
 二人の男は顔を見合わせた。
「田代君。君の思った事を遠慮なく言ってみたまえ」

「まず順序が変です。隕石が衝突した、だけど乗員は無事と書くのが普通です。このメールでは乗員よりも通信機能の方が大事みたい」
「その理由は?」
「隕石の衝突で船長が負傷、いいえ多分亡くなった。他にも何人か・・・」
 春菜は考え込んだ。二人は黙って待っていた。やがて春菜は顔を上げると怯えたような声で言った。
「私、怖いわ。まさか、そんな事が。さっき、部長は三人寄ればといいましたよね」
「ああ、それがどうかしたのか」
「そうか。三人いれば、こんな変な文章にはならない。他の二人のどちらかが気付くはずだ」
「何てこった。生存者は二人?あるいは一人だけ・・・」
 三人は黙り込んだ。部長が静かに話し出した。
「惑星移住計画は失敗だ。だが、それを知らせたくない。日本人の希望を失わせたくない。そう思って書いたとしたら辻褄が合う。『日本の未来に幸あれ』。健気な言葉だな」
 春菜がハンカチで目頭を押さえた。
「だが、これは一つの解釈でしかない。別の解釈もあるだろう。政治的解釈というのもある。政府が発表するまで他言は無用だ。僕は長官に報告に行く。君達は席に戻って何事もなかったような顔をしているんだ。田代君、君には礼を言うよ」
 


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