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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第86回   エドゥサ革命
エドゥサ革命


 戦後、フィリピンはしばらくアメリカの植民地政策が続いていた。しかし、次第にフィリピンという国のナショナリズムの運動が活発化してきた。そこで登場したのがマルコスだった。ところがマルコスが大統領になってもフィリピン経済は低迷したままだった。貧困が深刻な社会問題となり、モロ解放戦線やNPL新人民軍などのゲリラの活動が激化してきた。ゲリラだけでなくインテリ層やカトリック教会、労働者たちの不満も大きくなっていった。マルコスは独裁を維持するために戒厳令を発令し、政治集会やデモなどを禁止した。立法や行政も停止して報道の統制管理も実行した。マルコスに異を唱える者は逮捕されだした。そして大きな事件がマニラ国際空港で起こった。
 国民の支持があったベニグノ・アキノ上院議員がマニラ空港で暗殺されて、マルコスの独裁政治に反対する声が一気に沸きあがった。そして形ばかりの大統領選挙が行なわれたが、投票箱の略奪やマルコスに反対する指導者たちの抹殺が繰り返され、国民の民主主義を求める声はより高まった。選挙結果はもちろん混乱した。この選挙に出馬したのがアキノ上院議員の未亡人、コラソン・アキノ氏だった。彼女は民衆の圧倒的な支持を得て、いち早く選挙の勝利宣言をした。しかし、国民議会は与党単独でマルコスの当選を宣言してしまった。大多数の国民の心の支えであるカトリック司教会議はマルコスに抗議し、アキノ未亡人も非暴力の運動を展開した。ここで、やっと軍が動いた。エンリレ国防相とラモス参謀総長代行はマルコスに辞任を要求して、アギナルド国軍本部基地に立て籠もったのだった。そして、それを知った多くの国民は基地の周りに人間のバリケードを築き、マルコスが指揮する戦車隊の道をふさいだのだった。修道女が戦車に花を捧げ、人々は「バヤンコ」(我が祖国)を歌った。アギナルド基地の前のエドゥサ通りには何十万人もの人々が集結した。この時点で、国民の民意は完全にマルコスから離れていた。アメリカもマルコスにハワイへの亡命の道を開いた。ヘリコプターでマラカニヤン宮殿からマルコス一家はアメリカの基地へ逃れて、そのままハワイへ亡命した。

 この一連の騒ぎで学校は休みとなった。正樹と菊千代は、ちょうどその時、レビタウンの家に来ていた。上空をアメリカの戦闘機が何度も物凄い音で旋回していた。治安を維持するために、メトロ・マニラの人々をただ威嚇するだけで、まったく攻撃はしなかった。もし、このアメリカの近代的な戦闘機がアギナルド基地を攻撃すれば、一瞬で、ラモス参謀総長代行らの決起は無駄になってしまったことだろう。しかし、それをしなかったということは、この時、アメリカは民意が離れたマルコスをすでに見放してしまっていたのだろう。

 日本人学校の教師である川平諭と吉川みよこ先生も学校のすぐ横のレビタウンの家を訪問していた。吉川みよこ先生が正樹に言った。
「先日はボラカイ島を案内していただき、ありがとうございました。ルホ山から見たあの雄大な景色、あたし、本当に感動してしまいました。そして、夜、歩きながらボラカイ島の砂浜で正樹先生が言っていたことが現実になりましたね。先生が言っていた通りマルコス大統領がハワイに亡命してしまいました。でも、先生はどうしてそれをご存知だったのですか。」
「マニラ東警察の署長ですよ。何か動きがあるようだと言っていたので、僕なりに推理しただけのことです。だけど、民衆の力というものは、もの凄いですね。銃口を塞いでしまいましたからね。大概、独裁者の最後は悲惨なものなのですが、今回はあまり血を流さずに革命が成功したようですね。それから不思議な話なのですがね、ニノイ・アキノ氏が空港で暗殺されて、政変が起こり、そのアキノ氏の婦人が大統領になることを予言した老人がいました。今、起こっていることを、まさにエドゥサ革命のことを、だいぶ前に私に話して聞かせたゲリラの老人がいました。もう、彼は死んでしまいましたがね。」
 川平諭が言った。
「へー、正樹先生にそんなことがあったのですか。きっと、その老人は未来に来たことがあるのですよ。それにしても無血革命なんて、あるのですね。僕は革命って、もっと血生臭い、激しい戦いのようにおもっていましたが、・・・・・・。」
「まあ、確かに、今回の出来事を革命ととるか、あるいはただの政変だと考えるかは人それぞれで違うでしょう。僕はカトリック教会の的確な指導とそれを信じた民衆の力の団結があったから、平和的な政権移譲が成功したのだとおもいますよ。」
 吉川みよこ先生がこの国の国民性にも触れた。
「この国の人って、結構、みんな生きることに関しては強かだとおもいません。でも、今回の事件を見ていると、国民性はかなりやさしいのかもしれませんね。」
 正樹もまったく同感だった。
「これで、アキノ夫人が大統領になるでしょうね。後はゲリラたちの動きが気になるところですね。まあ、しばらくの間、学校と住まい以外は出歩かない方が無難でしょう。そうか、2月革命か・・・・・・、いや、エドゥサ革命と呼んだ方が響きが良いかな、・・・・・・、それにアギナルド基地も・・・・・・、昔、スペインと戦った革命の英雄の名をつけた基地ですよ。再び、その場所で革命が起こったとは・・・・・・何か計り知れないものを感じますね。今回、決起した軍人たちも英雄として後世まで語り継がれますよ。もしかすると、この国のリーダーになる人も出てくるかもしれませんね。」



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