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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第85回   美人局
美人局(つつもたせ)

 レビタウンに着いて最初の夜に、石原万作とリンダは引越しの挨拶をするために隣の家に行った。すると以外にも、お手伝いではなく日本人の男性が作務衣姿で玄関先に出てきた。リンダは直感でもって、その日本人が不良外人であることを見抜き、万作の後ろに隠れるように後退りした。万作もその男の話し方やしぐさで暴力団と何らかの関係があることが分かった。玄関の横にある犬小屋の中では大きなボクサー犬が牙をむき出して万作のことを睨みつけていた。その夜は簡単に挨拶だけをしてさっと失礼した。
翌日、隣の方から夫婦そろって夕食に来ないかと誘われたが、万作だけが一人で行くことになった。石原万作がボクサー犬のうなり声を聞きながら玄関の中に入ると、大きなリビングが広がっていた。ガラスの反対側にはプールがあり、プールがライトアップされてキラキラ光っていた。さっきまでそのプールで泳いでいたのだろうか、バスローブの上から出ている頭の毛は濡れたままだった。万作よりは年下であるはずなのだが、言葉使いから、まったくそれを感じさせなかった。名前は北野大地と言って、大柄なプロレスラーといったところだ。その北野大地が言った。
「まあ、おかけなさい。今、すぐに飲み物を用意させますから、いい酒がありますよ。スコッチでよろしいかな?」
「私は酒の良し悪しなど、ちっとも分かりませんから、そんな高級なお酒はもったいないですよ。普通のもので結構ですよ。」
「石原さんはそこの学校にお勤めでしたよね。以前もお見かけしたことがありますよ。」
「ええ、しばらくボラカイ島にいましたが、また、子供たちを学校に入れるために、この町に戻って来ました。」
「ボラカイ島ですか、それはまた、けっこうなところに・・・・・・、私も前に一度行きましたが、きれいな島でしたね。」
「また、そこの学校で仕事をすることになりまして、引っ越してまいりました。」
「失礼ですが、以前、お見かけした時には植木の手入れなどをされていたようですが、学校の先生ではありませんよね。」
「ええ、違いますよ。今度は印刷の仕事を任されました。」
「石原さん、気分を悪くしないで下さいよ。私は物事をはっきり言うタイプでね、隣の家は、私が住んでいるこの家の何十倍もの広さがありますよ。借りるとなると、とてつもない家賃のはずだが、それを学校の小遣いさんが払えるわけがありませんよね。私のこの家だって、大きな方ですよ。一般のフィリピン人ではとても借りられる家ではありませんよ。石原さんは宝くじでも当たりましたかな?」
「いえ、実際に借りるのはボラカイ島にいる奥様でして、その奥様のお子様を自分たち夫婦で面倒をみることになりました。」
「すると、そのお子さんも日本人学校へ?」
「ええ、私たちの子供と一緒に学校へ通わせます。」
「日本人学校へ入れるということは、そのボラカイ島にいる奥様というのも日本人なのですね。」
「ええ、そうです。旦那様はお亡くなりになりましたが、双子の姉妹がボラカイ島においでになりまして、その子供たちも一緒にそこの学校に入れることになりました。」
 酒とつまみがソファーの前のテーブルに並べられた。それを運んで来たのは、制服を着たお手伝いだった。奥のキッチンで料理をしているのが奥方なのだろうか、万作には彼女がこの男の愛人のようにもおもわれた。万作はスコッチを一杯空けたところで、勇気を出して聞いてみた。
「あのう、北野さんはこのマニラで永住されて・・・・・・、永住とはおかしな言い方ですね、その、お仕事は何を?」
「仕事ですか、私は通訳をしておりますよ。それと人助け、そう、人助けですな。」
「通訳ですか。それでは、もうこのマニラに長く?」
「いえいえ、まだ3年くらいですよ。」
「石原さんはどのくらいになります?」
「私は50年ちかく、この国におります。」
「50年・・・。これはまた驚いた。半世紀もこの国で・・・・・・、それではこの国のことは何もかもご存知ですな。」
「いえいえ、私なんて、何も知らずに、ただ、淡々と生きてきただけですよ。やっと、よき伴侶と出会いましてね、この歳になって、初めて子供にも恵まれました。だから、今、浮き浮きしているところです。」
「そうでしたか。」
 その時、北野の携帯電話が鈍い音で鳴り出した。
「はい、もしもし。・・・・・・、分かった、すぐ行く。いつものところだな。・・・・・・了解。」
 紐が付いた携帯電話を懐に戻しながら、北野が万作に言った。
「すみません。通訳の仕事が入りました。お誘いしておいて、まことに申し訳ありません。」
「いえいえ、お仕事なのですから、・・・・・・それは、どうぞ、私には気を使わずに。それでは私はこれで失礼させていただきます。」
「すみません。この埋め合わせは、また今度いたしますから。」
「いえいえ、どうぞ、それは気にせずに、・・・・・・では、失礼します。」

 石原万作は帰るとすぐにリンダに言った。
「こんな夜中に通訳の仕事とはおかしいね。」
「やっぱり、変な人よ。あたし、あの人、嫌いだわ。」
「まあ、分からんけれどな、とにかく僕もあまり深くは付き合いたくないね。そんな気がした。」
「奥さんはどんな人?」
「それが紹介はされなかったけれど、どうやらフィリピーナのようだな。もしかすると愛人かもしれないな、分からない。」
「最近、悪い日本人が多くなってきているわ、万作さん、気をつけてね!」
「うん、分かっている。でも、東京にしたって、ニューヨークにしたって悪い奴はどこにでもいるからね、特別にここが危険だとは言えないよ。」
「でも、グループでさ、日本から来た観光客をねらった犯罪が多くなっていると聞くわよ。」
「確かに、鼻の下をのばした観光客がセットアップ詐欺にひっかかるケースが目立ってきたかもしれないけど、でもさ、他国に来て、少年や少女にいたずらしようとする方も悪いな。騙す方も悪いが騙される方も悪い。」
 リンダが目をまん丸にして、おどけた顔で言った。
「ねえ、もしかすると、隣の北野さんは、そのセットアップ詐欺の通訳担当かもしれないわね。日本から来た有名人なんかが、その詐欺にひっかかって何百万円も盗られた話をよく聞くわよ。」
「リンダ、あまり確かでないことは言いふらさない方が無難だよ。黙っているのが一番だ。美人局(つつもたせ)か・・・・・・。」
「何、それ?」
「美人局(つつもたせ)さ。セットアップ詐欺のことさ。」


 北野大地はパサイ警察の取調室にいた。日本からこのマニラに遊びに来ていた俳優吉田勘助が逮捕されたのだった。未成年の少女を自分のホテルに連れ込んだ罪である。しかし、その少女も彼を連行してきた警官も、取調べ官もみなグルであった。北野大地も通訳としてこのグループの大切な役割を演じていた。日本に知られては俳優生命が絶たれると、吉田勘助は500万円の振り込み送金を承諾してしまった。数日後、北野大地は何なく自分の分け前の100万円を哀れな俳優吉田勘助からむしり盗ってしまった。




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