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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第84回   レビタウンへやって来たボラカイ島の子供たち
レビタウンへやって来たボラカイ島の子供たち

 ボラカイ島にいる千代菊と魚屋のハイドリッチには2人の子供がいて、島の小学校へ通っていた。上の子はもう小学校の上級生になっていた。また菊千代にも茂木が残してくれた男の子がいて、岬の豪邸からトライシクルで町の小学校へ通っていた。運命のいたずらで京都からやって来た双子の姉妹の子供たちはボラカイ島ですこやかに成長を続けていた。石原万作とリンダの間にも、結婚するとすぐに2人の子供が恵まれた。その子供たちが学校に入る年齢になるのを待っていたかのように、万作は以前に勤めていた日本人学校で再び働くと言い出した。と同時に、自分の子供たちもその日本人学校に入れることを決断した。万作とリンダは、長い間、悩んだ末にそう決めたのだった。そのことで岬の豪邸の最上階で話し合いがもたれていた。石原万作がみんなを前にして言った。
「また日本人学校でプリントなどを刷る印刷の仕事をしてもいいと言われましたので、学校の近くに引っ越して、自分の子供たちもそこから日本人学校に通わせることにしました。」
 ネトイが質問した。
「リンダはどうする?」
「彼女はこの岬の家に残ります。私の稼ぎだけではとてもやってはいけませんからね。リンダはこのままこの家を手伝わせて下さい。どうかお願いします。私の給料は現地採用ですからね、日本から派遣されて来る先生方とは違って、とても安いのですよ。」
 ネトイが再び言った。
「日本人学校の学費は高いだろう。おまけにレビタウンに住むとなると大変だぞ。それでも行くのか?」
「ええ、二人でよく考えて結論を出しました。子供たちの将来のことを優先させて考えた末に、やはり日本人学校がいいだろうということになりました。」
 後ろの方でじっと話を聞いていた菊千代がリンダと万作にとって素晴らしい提案をしてきた。
「万作さん、うちの子供も一緒に日本人学校に入れてくれませんか。子供たちの学校の学費はすべて私が払うことにしましょう。それと、学校のすぐ横に家を借りて、歩いて学校に通えるようにもしましょう。もちろん家賃は私が支払います。」
「奥様、でも、レビタウンは高級住宅地ですけれど、・・・学校の周りにある豪邸の家賃は決して、・・・安くはありませんよ。」
「大丈夫ですよ。茂木がこの子の為に残してくれたお金がありますからね。それから、リンダも一緒にその家に移りなさい。子供たちをお願いします。」
 リンダが涙ぐんで言った。
「菊さん、ありがとうございます。何とお礼を言ったらよいのか、子供たちと離れずにいられるのですね。本当にありがとう。」
 茂木が死んでから、そっと菊千代と慎太郎のことを見守り続けてきたのはネトイだった。その二人のことを生涯守り続けるとネトイが言い出して、菊千代もネトイのことを自然に受け入れた。そしてボンボンが二人の為に残していった財産は二人合わせると二億円もある。菊千代は皆の顔を見回しながら言った。
「もしかすると、千代ちゃんの子供たちもお願いするかもしれませんよ。以前、その話題になった時に、千代ちゃんは悩んでいましたからね。きっと千代ちゃんは賛成するでしょうけれど、だんなの家族がどうおもうか、ちょっと、後で行って聞いてきますね。その日本人学校には中学校もあるわけですよね?」
「ええ、ございます。小学校と中学校があります。中学校の生徒さんたちの偏差値は相当に高いと聞いております。」
「分かりました。あそこの子供たちはもう大きいので、高校のこともよく考えながら、千代ちゃんとよく相談してみましょう。万作さん、何れにせよレビタウンの家は探しておいてくださいね。出来るだけ学校に近い方がベターですよ。」
「はい、奥様、承知しました。」
「頼みましたよ。」
「あー、そうだ。あの学校に新しくやって来た美術の先生ですがね。正樹先生のお知り合いだそうですよ。ただ、生徒さんの間では・・・・・・、片足がないものですから、まだ・・・。その先生もあそこの学校には、まだ、馴染んではいないようです。近々、ボラカイ島に来るようなことを言っていましたが、正樹先生は何も言っていませんでしたか?」
 ネトイが答えた。
「お客が来るとだけ、言っていたな。そう、片足の先生が来るの、・・・・・・すまん、片足と聞くと、つい、死んだあのゲリラの爺さんのことを思い出してしまってさ。」
 菊千代が話をまた元に戻した。
「万作さん、少し大きめの家を借りくれませんか。千代ちゃんやあたしも、時々、泊まりに行きますから、お金のことは心配しないで、学校関係者があっと驚くような豪邸を借りて頂戴。」
「分かりました。」

 千代菊とハイドリッチも上の子供を日本人学校の中学部へ入れることになった。日本語に関しては岬の豪邸で日比混血児たちと一緒に勉強していたのでまったく問題はなかった。その高い学費は全額を菊千代が負担することになった。ハイドリッチの魚屋の収入ではとても無理だったからだ。
 数日後、石原万作はレビタウンの特別エリアで一番でかい家を借りてボラカイ島に帰って来た。その豪邸は学校のすぐ横でプールだけでなくテニスコートや広い庭も付いた、それはまるで映画に出てきそうな家であった。後で聞いた話だが、実際に以前に映画のロケで使われたことがあったそうで、バタンガス地方の名士の別宅だったそうだ。玄関にいたっては大きなホテルの入り口のようで、車が楕円を描きながら何台も止められるようになっていた。7つ寝室はどれもバスケットコートくらいの大きさで、バスルームがどの部屋にもついていた。敷地の面積はおそらくマカティエリアのどの豪邸にも引けを取らないと石原万作が自慢していた。その話を伝えにネトイが正樹のところを訪ねた。診療はヨシオとタカオの二人が診ているので、正樹はネトイと一緒にブリティッシュべーカリーへ行った。
「何で菊ちゃんは見栄を張るのだろうね。そんなに大きな家を借りることもないのにね。」
 正樹も同じ気持ちだったが、菊千代の気持ちを考えて言った。
「きっと、日本からやってきている子供たちやその親たちに馬鹿にされたくないのだろうよ。ところで、どうなんだ、菊ちゃんとはうまくいっているのか?」
「ああ、うまくいっているよ。その証拠に慎太郎と一緒にレビタウンへ移り住むとは言わなかっただろう。おまえの方はどうなんだよ、早苗さんとはうまくいっているのか?」
「おれたちのことは心配するな。」
「そうだ、万作さんが言っていたけれど、日本人学校に新しく来た美術の先生が、今度、島に来る知り合いなのか?」
「ああ、そうだよ。東京のバイト先で知り合った。川平諭といって、沖縄の出身だ。」
「片足がないそうじゃないか。」
「子供の頃に事故にあってな、片足を失ってしまったんだ。ネトイ、それがな、気の毒な話なんだ。彼はその事故のことで自分の父親のことを憎んでいる。その事故に遭ってから、諭は父親とは話をしていない。父親も弁解めいたことは一切せず、じっと耐えているだけなんだ。」
「それは悲しい話だな。」
「何とかならんかな?」
「それは・・・うちら人の力では難しいかもしれんな。」
「このままでは、二人とも気の毒でな、見ていられないよ。」
「ボラカイ島の奇跡か?・・・・・・それは無理だな。そうか、日本のバイト先で知り合った片足の青年か、・・・・・・。片足と聞くと、どうも、俺はあの爺さんのことをおもいだしてしまってな。」
「ああ、あの爺さんのことは忘れないよ。何しろ、俺を殺そうとした爺さんだからな。」
「それから、何も、お前が何度も日本へ出稼ぎに行かなくてもいいじゃないか。お金なら、俺が都合してやるよ。」
「いや、それは結構だ。」
 正樹はバーボンのビンを取り上げ、空になったネトイのコップに注いだ。そう言ってくれるネトイの気持ちはとても嬉しかったが、診療所の経費は自分で何とかしたかったのだ。

 翌月、ボラカイ島の子供たちがマニラ国際空港に近いレビタウンに移った。菊千代の子供、茂木の忘れ形見である慎太郎と千代菊の子供たち、一郎と二郎、そしてリンダと万作の二人の男の子、名前が戦国武将の影虎と晴信、この五人の子供たちが日本人学校のすぐ横の豪邸に引っ越して行った。リンダと石原万作も保護者代表として一緒にレビタウンに移った。ボラカイ島の岬の家はリンダがいなくなって、とても寂しくなってしまった。そこで暮らす日比混血児たちにとってリンダは母親代わりであった。彼女の存在は非常に大きかったからだ。
 千代菊の長男である一郎が一番年上である。そして、慎太郎、二郎、晴信、影虎の順番で続く。この五人の男の子と万作とリンダ夫婦の7人で日本人学校のすぐ横で新しい生活が始まった。実際はボラカイ島の岬の家のメンバーがマニラへ出て来た時の宿としても使われることになったので、毎日10人くらいの訪問者があった。もちろん、正樹も利用することが許されていた。兎に角、大きな家で200人の宿泊客があっても、ゆったりと収容出来るものであった。このエリアは水道水が期待できない場所で、給水車で水を売って商売している業者が多かった。ただこの豪邸の庭の隅にはやぐらがあり、その上には大きなタンクがあった。井戸水をポンプで汲み上げて、その大きなタンクに貯えていたので、飲み水以外はまったく不便はなかった。しかし、もっぱらこの水はプールの水として使用された。停電の時には給水車で水を買ったりもした。もちろんレビタウンの共有タンクの水も利用していた。それぞれの水をそれぞれの用途で使い分けていた。近隣の住民が水で困っていることを考えると、まったく贅沢な話であった。

 こうして五人の子供たちは日本人学校へ歩いて通うことになった。石原万作も学校で夜遅くまで残って働くことになった。


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