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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第83回   レビタウンにあった頃のマニラ日本人学校
レビタウンにあった頃のマニラ日本人学校


 マニラの日本人学校の体育館に集まった生徒の間に小さな驚きの声が走った。それは新しく美術を担当する新任教師の紹介をしている時に起こった。紹介されて壇上に上がって来た教師の片足がなかったからだ。 川平諭(かびらさとし)は希望通りの海外勤務が決まった。3年間をマニラの日本人学校の美術教師として勤めることになった。それは正樹と石垣島で別れてから5年後のことだった。
 マニラの4月は特に暑い時期だ。ただ、学校の校舎の中は完全に冷房が効いており、長袖を着ないと寒いくらいであった。川平諭は美術室の隣にある音楽室で昼休みに音楽を担当する吉川先生と話をしていた。吉川みよこ先生はまだ独身で2年前からこのマニラの日本人学校に来ている高校時代の先輩である。同じ石垣島の出身で、実は、諭がこの学校に来れたのは彼女の力によるところが大きかったのだ。
「吉川先生、いろいろお世話になりました。やっと、念願が叶いました。こんなに早く海外で教えることが出来るとはおもいませんでしたよ。」
「それは良かったですね。最初はここの暮らしに戸惑うことが多いかもしれないけれど、段々と楽しくなってくるから大丈夫よ。あたしなんか、あと1年しかいられないのかとおもうと、もうがっかりだわ。」
「えー、吉川先生はそんなにここが気に入ってしまったのですか。・・・・・・僕がこっちに来て、最初にびっくりしたのは、学校が用意してくれた家ですよ。あんな大きな家に住むのは初めてですからね。それにお手伝いさんが二人もいてくれて、ドライバーまでいたのには本当に驚きました。」
「みんなそうみたいよ、特にご家族と一緒に来られている方たちはね。日本では家事を何から何まで一人でやってきた奥様たちだわ、それが、突然、すべてから解放されるわけでしょう。先生方も運転手付の高級車で送り迎えでしょう。みんな偉くなったような気になって当然だわ。」
「それからゴルフですね。日本では考えられないくらい安いでしょう。先生たちはみんなゴルフに夢中のようですね。」
「諭君、それだけじゃあないわよ。海がまた素晴らしいの、石垣生まれのあたしでさえも頭が下がるくらいきれいよ。」
「そうだ、吉川先生はボラカイ島をご存知ですか?」
「ええ、知っているわよ。政府が特に力を入れて開発を続けてきたせいで、以前のような素朴さはなくなってしまったけれど、その分、便利になったわ。いくつも大きなホテルが建って、土日になると大変よ、芸能人を筆頭に大勢、観光客が訪れているわよ。」
「そうですか。そんなに有名な島なんですか。それじゃあ、俗化してしまったというわけですね。」
「でも、とてもきれいなところよ。日本にはない美しさね。美術の先生なら一度は行かないとね。そうね、色が違うわよ。石垣の海の色とはまったく違う色だわ。」
「実は、知り合いがボラカイ島におりまして、今度の土曜日に行く約束をしているのですがね、吉川先生も一緒に行きませんか?後で航空券を買いに行きますが、良かったら、どうです、飛行機代おごりますよ。」
「いいわね、ボラカイか、あたしも行こうかな。」
「土曜日の朝出て、日曜日の夕方帰って来るスケジュールですが、それで大丈夫でしょうか?」
「それでオーケーよ。あたしダイビングでもしようかな。諭君もどう?」
「僕はダイビングは・・・・・・。」
「片足だって、ダイビングは出来るわよ。海の中は別世界、お魚がいっぱいよ。マンタにも遇えるかもよ。でも、あまり無理は言わないわね。」
「僕はダイビングは結構です。」
「ごめんね。余計なことを言ってしまって、でも、ボラカイ島に諭君の知り合いがいるなんて、どんなお知り合い?」
「お医者さんですよ。」
「その方、日本人?」
「ええ、日本人ですよ。ボラカイ島で診療所をやっているそうです。」
「あれ、どこかで聞いたことがあるわね。その人の名前は?」
「正樹先生です。」
「あー、知っているわよ、以前、その方のことを新聞で読んだことがあるから、・・・・・・そう、諭君の知り合いなの、何だかお会いするのが楽しみだわね。」

 その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。諭は自分の美術室へ戻って行った。

 マニラ日本人学校は以前はレビタウンと呼ばれる樹木がうっそうと茂る閑静な高級住宅地の中にあった。そこの住民関係者以外は入ることが出来ない高級級住宅地の柵の中にあって、さらに、もう一つのフェンスで囲まれて幾つかの校舎が建っていた。明るい雰囲気で満ち溢れた校舎と、ヤギなど小動物が放し飼いにされている、のどかでとても広い校庭は訪れる人々の心をほっとさせていた。 学校の登下校の時間になると、大型のバスが何台も横付けになる。マカティ地区と呼ばれるマニラの高級住宅地へ子供たちを送り迎えしているのである。このバスを利用している子供たちのほとんどが、フィリピンに進出してきている大手企業のマニラ駐在員のご子息たちだ。バスの他にも運転手付の乗用車が何台も学校の門の外に待機している。こちらはマニラ在住の日本人たちの子供たちを送り迎えしている車だ。朝から子供たちが帰る時間まで門の外で待っている車も何台もあった。そんな車のドライバーたちは子供たちを待つ間、木陰でいろいろなギャンブルゲームをして時間を潰しているのだ。歩いて学校に通っている生徒は本当に数えるほどしかいなかったが、そんな子供たちには必ずお手伝いさんが一緒についてきていた。だから一人で通学することを許されていたのは、学校があるレビタウンに住んでいる子供たちだけだった。


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