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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第82回   西表山猫・波照間の灯台
西表山猫


 石垣島の離島桟橋は大切な場所だ。八重山の島々へ渡る高速ジェット船がひっきりなしに離発着している。一人一人がそれぞれ違ったおもいを持って、この船を利用している。たくさんのドラマが毎日繰り返されている場所だ。良太と諭に誘われて正樹は西表島へ向かっていた。ジェット船のあまりの速さに驚き、正樹が言った。
「このジェット高速船は速いですね。こんなの初めて乗りましたよ。まるで海の上を飛んでいるみたいだ!」
 諭が答えた。
「この船のおかげで離島との距離が、かなり、ちぢまりましたからね、とても生活しやすくなったと、みんな喜んでいますよ。」
 船のスピードに驚いていたのは正樹だけではなかった。初めて石垣島を出る良太も目をまん丸にして驚いていた。
「こんなスピードはありですか? これでは海上保安庁の船が追跡してきても、きっと振り切ることが出来てしまいますよ。速すぎですよ。」
 正樹が質問をした。
「この辺には鯨はいるのですか? もし、突然、鯨が顔を出したら、この高速艇は危険ですよね。」
 諭が言った。
「よく分かりませんが、僕は高速艇よりも、きっと鯨の方が傷ついてしまうとおもいますね。」
 40分ほどで、高速艇は西表島の大原港に到着した。諭の案内で三人は西表島を回ることになった。良太の運転でレンタカーを半日だけ借りて、島を回ることにした。港から少し上がったところの交差点に信号があった。諭が自慢げに言った。
「この信号がおそらく日本で最南端の信号ですよ。僕の知る限りでは、この島には信号が二つしかなかったとおもいます。もっと南の島の波照間には信号はありませんから、ここが一番南にある信号ということになりますね。それから西表島の90%以上が原生林で
車の走れるところは極限られています。動物にしても植物にしても国指定の天然記念物が多いから、触れたり持ち帰ったりすることは禁じられていますので注意して下さい。」
 運転しながら良太が言った。
「さっきから道路の脇に山猫注意の標識が立っていますが、あれは何ですか?」
「あれは西表山猫が交通事故にならないように、車に注意を促している標識です。」
「そんなに頻繁に西表山猫たちは道路を横切るのですか?」
 どこで調べたのか、諭が説明を始めた。
「いや、西表山猫に遭遇することは至難の技ではありませんよ。もし、本気で西表山猫を見たければ、半年、いや、一年くらいは山の中でじっとしていないと無理ですね。」
 正樹が笑いながら言った。
「それは不可能と言うものですよ。よっぽど運が強い人でないと西表山猫を見ることは出来ませんね。」
「その通りです。ただ、学術的には西表山猫は20世紀最大の発見だと言われていますが、ね、写真や標本で見た感じでは普通の猫ですよ。あまり見ても感動はしませんよ。一年も山の中に隠れて、苦労して見る価値があるのかどうか、僕は疑問ですけれどね。」
 車がカーブを回ったところで、諭が叫んだ。
「良太、ちょっと車をそこで止めてくれ!」
「どうしたんだ?」
「ほら、あそこ、あの木の枝にカンムリワシがとまっているよ。あれはまだ子供だな。」
「あの薄汚れた鳥が、数えるほどしかいない天然記念物のカンムリワシか?」
「ああ、そうだよ。珍しいな、あんなところにカンムリワシがいるなんて、きっと、うちら三人のうちの誰かが、強運の星の下に生まれたんだろうね。」
「あの鳥が、そんなに大変なことなんですか?」
「カンムリワシも数が減ってきていますからね、なかなお目にはかかれませんよ。西表山猫ほどではありませんが、出会えたことを素直に幸運として喜びましょう。」
 良太が車を再びスタートさせながら言った。
「ここまで来る間に対向車とは一度も出会いませんでしたね。」
 助手席に座っている諭が後ろの座席の正樹に説明するように言った。
「確かに西表島は大きな島ですけれど、本当に人は少ない島ですよね。ほとんどが原生林ですから、遠くからこの島を見ると、島の上だけに雲がかかっていたりしてね、秘境中の秘境ですよ。僕はもうこれ以上、この島の開発は望みませんね。住んでいる人たちには不便をかけますが、貴重な動植物で満ち溢れている、この島の特別な自然を観光開発の名目で破壊してしまうのがもったいないとおもいますよ。」
 正樹が少し反論した。
「私はあくまでもこの島に住む人々の暮らしを優先して考えるべきだとおもいますね。より暮らしやすくするために、多少の自然破壊は仕方がないとおもいますけれど。」
「ところが、先生。島の人々はこれ以上の自然破壊を望んではいないのですよ。どこからか他からやって来て、至る所に大型のリゾート施設を建設することには反対なのですよ。」
「そうですか、島の人々の理解が得られないのならば、私も反対の立場にたちますよ。」
「マラリアの為に、行政は過去に何度もこの島の人々を移住させようとしたそうです。でも無理だった。生まれ育った故郷を捨てることなんか出来ませんものね。」
「それなら、尚の事、島の人々の意見が大切ですね。島の人たちが大型リゾートを望んでいないのであれば、駄目ですよ。 ところで、マラリアは今でもあるのですか?」
「いや、もう、ないとおもいます。戦争の時、波照間の人々や石垣の人々がこの西表島に強制的に疎開させられて、マラリアの為に多くの犠牲者が出たと聞きましたが、今はないとおもいます。」


波照間の灯台

 日本最南端の灯台が波照間島にある。正樹と諭は周囲が約14キロメートルの波照間島に来ていた。良太も石垣島で用事を済ませてから、次の船でやってくることになっていた。石垣島からは定期の高速船が一日3往復していた。良太を迎えに港に戻って来た二人は桟橋のよく見えるベンチに座って話をしていた。
「正樹先生、ここが有人としては日本最南端の島ですよ。どうです、一回りして、どんな感慨をお持ちになりましたか?」
「本土の人たちと違って、僕はさ、今は、もっと南のボラカイ島に住んでいる者ですからね。だからこの波照間に来ても、遥々、南の端に来たという感じはありませんよ。諭君も同じでしょう。君も石垣島の人間だからね。」
「だけど、何もないところでしょう。あるのはサトウキビ畑だけです。」
「あまり人とも出会いませんでしたが、島の人口は?」
「正確なところは知りませんが、600人ぐらいだとおもいます。日本に返還される前はその三倍はいたと聞いたことがあります。でも、世帯数は昔も今もあまり変化はないそうですよ。」
「すると、日本に返還されると、若者たちは本土へ行ってしまって、年寄りたちが残って、家を守っていると考えるのが自然ですね。」
「僕も詳しく分かりませんが、そうだとおもいます。この島で生産される黒糖はとても品質が良いそうですよ。極上の泡盛も限定生産されているのですがね、それが、なかなか手に入りません。幻の泡盛とまで呼ばれています。良太がわざわざやってくるのもそれが目的なのですよ。泡波と呼ばれる泡盛をわけてもらうと張り切っていましたよ。」
 港に高速船が到着した。高速船で何か起こったらしく、島の駐在さんが港に来ていた。良太が船から下りて、走って正樹たちのところにやって来た。
「良太、どうしたんだ? 急病人でも出たのか?」
「ああ、船の中で爺さんが意識を失っている。」
 正樹は躊躇いながら良太に聞いた。
「島のお医者様は来ていないのかな?」
「乗り込んできた駐在さんが言っていたけれど、お医者さまは石垣の方へ行っていて、今、留守らしいよ。」
 正樹は急いで船に乗り込んで行った。駐在さん見つけると、正樹は静かに頭を下げた。そして、駐在さんの足元で倒れている老人の症状を診た。
「脳梗塞ですね。急いで病院へ運ばないと!命の危険があります!」
「あなたはお医者様ですか?」
「ええ、ヘリコプターを頼んだ方がよろしいかとおもいますが。」
「分かりました。それではさっそく連絡をとってみましょう。」

 20分弱で救急のヘリコプターは港に到着した。船の中で倒れてしまった老人はこの島の者ではなかった。どうやら観光の途中で具合が悪くなってしまったようだった。とんぼ返りであった。ヘリは5分も経たないうちに石垣島へ向かって離陸した。駐在さんが正樹のところにやって来て言った。
「いやー、先生。助かりましたよ。ヘリの救命士さんが言っていましたけれど、よく迷わずに、すぐにヘリを呼んだと感心していましたよ。島の先生が留守の時には、外傷がない場合は自分では判断が出来ませんので、しばらく寝かせて、それから様子をみます。それでも駄目な場合は電話で連絡して指示を仰ぎますから、早くてもヘリを呼ぶのは半日くらい経った後ですよ。」
「脳梗塞は一時も早く患者さんを病院へ入れないといけませんよ。4時間から5時間で命が危険になりますからね。」
「分かりました。今度から、そうすることにいたしましょう。今日は先生がいてくれて、本当に助かりました。改めてお礼を申し上げます。」
「お礼だなんて、いいんですよ。」
「あのご老人の所持品を調べましたら、どうやら、大阪から来た観光客のようですな。最近では中高年の一人旅をよく見かけるようになりました。たまに、海に身を投げにやってくるお年寄りもいますから困ったものですよ。でも、ここの海の美しさを見て、死ぬのがバカらしくなるケースがほとんどですがね。・・・・・・、ところで、先生は?」
「はい、観光でやって参りました。ここにいる私の連れは石垣からですが、私は東京からやって来ました。」
「東京ですか。わしは、もう、何年も行っていませんな。石垣から飛行機に乗ればすぐなのにね。なかなか、どうして、この島からすら離れることが出来ませんよ。それで、島はもう回られたのですか?」
「ええ、一回りしてまいりました。とても静かなところですね。意外にも樹木が多かったですね。あれは防風林か何かでしょうか?家々を取り囲む珊瑚の石垣と花々がとても印象的でした。そうだ、ちょっと聞いてもいいですか。島には交通信号がございますか?」
「いえ、ありませんよ。それが、何か?」
「いやね、ここに来る前にね、たいしたことではありませんが、日本最南端の交通信号機はどれかと三人で話し合っていたものですからね。」
「それだと、西表島にあるやつかな?」
「どうやら、そのようですね。」
「そう言われてみると、わしは日本最南端の駐在ということになりますかな。」
 そこで四人は大笑いをしてしまった。良太が駐在さんに聞いた。
「ちょっと、お尋ねしたいのですが、僕、泡波を買いに来たのですが、どこへ行けば手に入るでしょうか?」
「泡波ね、・・・・・・あれはもう、売ってはおらんな。出来上がるとな、島の者たちで分け合って、それで終いだ。だから、もう、手には入らんよ。」
「えー、そうなんですか。がっかりだな。どんな口当たりなのか、試してみたかったのに、残念だな。」
 笑顔の駐在さんは良太に言った。
「ちょっと、駐在所まで来んかね。泡波を一杯、ご馳走して差し上げましょう。」
「ええ、本当ですか。そりゃあ、嬉しいな。」
 自転車をおしながら歩く駐在さんの後に三人は続いて歩いた。駐在さんが、時折、三人を振り返りながら話を続けた。
「島の主な公的な施設はね、みんな、島の中央にありますから、少し歩きますよ。今、歩いているこの道が、民謡などでも有名な祖平花道(しぃびらぱなみち)ですわ。」
 正樹が空を仰ぎながら言った。
「実に気持ちがいいですね。人はこういう暮らし方をしないといけない。でも、悲しいかな、それが分からないのが人でもありますね。」
 諭が言った。
「先生の住んでいるボラカイ島はどうですか?」
「ええ、素晴らしいところですよ。大きさは波照間の半分くらいかな、でも、人がけっこう多いのですよ。この島のように静かではありません。どんどんとホテルも建ち始めましたし、あと10年もすると、あの国を代表する一大観光地となってしまうでしょうね。でも、決して、訪れる人々をがっかりさせたりはしませんよ。4kmも続くハワイトサンド・ビーチは圧倒的に美しいし、他にも不思議な魅力で満ち溢れていますからね。諭君、是非、マニラ日本人学校の先生になって、週末はボラカイ島へやって来てくださいな。その時は、ココナッツのお酒で飲み明かしましょう。」
「ええ、そうしたいですね。」

 駐在所に着くと、コップがひとつ用意されて、幻の泡盛と呼ばれる「泡波」の回し飲みが始まってしまった。駐在さんの弾き語りの歌も飛び出し、石垣に帰る船もなくなってしまった。暗くなっても延々とその宴は続いてしまった。結局、三人はその夜、駐在さんのところで眠ることになってしまった。
 朝、起きた三人は日本最南端の灯台まで足を運んでみた。まだ酔っている三人の顔を撫でるように吹き渡る風がとても気持ちよく、それぞれが違った想いで眼下に広がる青い海を見つめていた。





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