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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第80回   玉取崎展望台の風
玉取崎展望台の風


 沖縄の島々の中にあって、沖縄本島、西表島についで三番目に大きな島が石垣島だ。地図で見る限り、石垣島はおたまじゃくしの形に似ている。もし石垣島を逆さに吊るした、おたまじゃくしだとするならば、下の頭の部分の先端に市街地があり、そこに人口が集中していることになる。細長いしっぽは北に向かって伸びていて、そのしっぽの先端に石垣島の最北端、平久保崎の灯台がある。灯台を見下ろす岩の上に立つと、見渡す限り、どこまでも海が広がっていて、正に絶景である。それから、そのしっぽの途中に極端に細くなっている場所がある。あたかも太平洋と東シナ海がつながってしまっているようにみえるが、その近くの高台に玉取崎展望台がある。正樹は諭に頼んで、何度もその展望台へ連れて行ってもらった。何でも、昔の人たちは島の最北端を舟で海伝いに回るよりも、この細くなった玉取崎展望台の下の道を舟を担いで陸伝いに渡っていたそうである。それは確かに昔の人の知恵である。わざわざ遠回りをするのは馬鹿馬鹿しいからだ。でもその舟を昔の人々が担いでいる様子を想像すると、何だか滑稽で楽しくなってくる。ここからの眺めも実に素晴らしい。正樹はとても気に入ってしまって、何度もこの展望台に足を運んだ。ハイビスカスや様々な花が咲き乱れていて、死んでしまったディーンが今にも駆け寄って来そうな場所だったからだ。石垣島の美しさはボラカイ島とはまったく別の種類の美しさであって、双方を比較することは不可能であると正樹はおもう。ただ言えることは、正樹にとって石垣島もボラカイ島も心がとても安らぐ素晴らしい場所だと言える。
「諭君、この雄大な景色と、咲き乱れる花と風、そしてその間を飛び交う蝶たち、平和であることの大切さを痛感するね。」
「先生、よく見て下さい! あれは蝶ではありませんよ。羽は二枚だし、羽を広げてとまっているでしょう。」
「本当だ。蝶ではなくて、蛾ですか?」
「ええ、蛾ですよ。」
「でも、きれいな蛾たちですね。」
「なあ、諭君。今度、ボラカイ島へ来てくださいよ。この素晴らしい景色を見せてもらったお礼がしたい。ルホ山というのがボラカイ島にはありますがね、そこの展望台からの景観を君に見せてあげたい。」
「正樹先生、実は僕、この島の中学校でしばらく教えたら、東南アジアにある日本人学校に行こうとおもいます。フィリピンにもマニラ日本人学校がありますから、第一希望としてお願いしてみるつもりですよ。」
「そう、そうなると楽しいですね。学校が休みの時はきっとボラカイ島へ来てくださいね。今度は僕が案内しますから。」
「ありがとうございます。」



期待を裏切らない、いや、それ以上の景観の川平湾

 正樹は諭が街に買い物へ行っている間に、良太に連れられて、すぐ隣の諭の家を訪問した。諭の父親である川平太郎と妻の景子が二人で牛舎を掃除していた。牛たちは放牧されていて、牛舎の中にはいなかった。
「おじさん、東京からお客さんだ。諭の友達だよ。」
 太郎は頭に巻いていた手ぬぐいを取りながら、正樹に頭をペコリと下げた。正樹も同じ様に頭を下げた。太郎のそばに立っていた景子が挨拶をした。
「まあ、東京からかね。それはそれは、諭が面倒をかけてはいませんか?」
「面倒なんて、とんでもない。諭君とはバイト先のコンビニで知り合いました。二人で夜勤をやっていたんですよ。」
「そうでしたか。」
 良太が間に割って入った。
「おばちゃん、正樹さんはお医者様なんだ。それなのにコンビニで夜勤をしとる。おかしな話だろ。」
「良太!おかしいことなど、ありはせんよ。色々な生き方ちゅうもんが、人それぞれにはあるもんだがね。」
 太郎がぼそっと言った。
「中でお茶でも、どうですか?」
「はい、ありがとうございます。」

 正樹は諭の両親である太郎や景子のことを直感で素晴らしい人たちだと、すぐに分かった。苦労をしてきた分だけ、やさしさが二人には加わっていた。諭が足を失ってしまった事故以来、この夫婦と諭の間には深い溝ができてしまっているようだった。そのことをおもうと、正樹は心が痛んだ。家の中に入ると、太郎は正樹に泡盛を勧めた。正樹は快くその杯を受けた。
「これは10年ものでな、なかなか味も良い。さあ、試してみて下さい。」
「ありがとうございます。」
「正樹先生、川平湾へはもう行きましたか?」
「いえ、まだです。」
「それなら、わしが案内して差し上げましょう。」
「それは恐縮です。是非、お願いします。川平湾は日本百景にも選ばれたと聞きましたが。」
「ああ、日本百景だか、日本百選だか、わしは知らんがね。わしは日本で一番きれいなところだとおもっとるよ。まあ、それも変な話か、わしはこの島のことしか知らないのだから、他にも、もっときれいなところがあるのかもしれない。ただ、ここに来て、日光の角度で違って見える川平湾の海の色を見た者は誰でも、こんなのは初めてですと、口を揃えて言うよ。百人来たら、百人までが川平湾はきれいだと言って帰って行くからね。」
「泳ぐ場所はあるのですか?」
「遊泳は禁止じゃよ!潮の流れが速いから、泳ぐことは禁じられている。でも、グラス・ボートの上から海底が見えますからね、珊瑚や熱帯魚を真下に見ることが出来ますよ。」
「観光の為に珊瑚が犠牲になってはいませんか?」
「確かに、それはあるがな、ただ、現実問題として、この島は観光で食っているのも事実なんだ。だからあまり偉そうなことばかりも言っていられない。それでも川平湾の海水の透明度はまだ高いから、黒真珠の養殖もやっておる。自然と共存共栄といったところかな。」
「自分はボラカイ島という南の島に住んでおりますが、そこにやってくるダイバーたちの話によれば、この石垣島の海は最高だそうですね。」
「それはマンタのせいじゃろう。マンタは決まったところを泳いでいるからな。この島の近くにマンタの通り道があるから、それで人気があるのだろうよ。マンタはでかいものだと4メートルくらいはあるな、ダイバーたちは海底でそんなマンタと遭遇することをいつも望んでいるからね。」
 諭の母親である景子が言った。
「正樹先生、この川平湾には、他にも、面白い生き物が住んでいるのですよ。」
「面白い、生き物?」
「ええ、そうなんですよ。カニさんなんですがね、普通、カニは蟹歩きと言って横に歩いて行くでしょう。ところが、川平湾には横にも前にも歩けるカニが住んでいるのですよ。」
「ええ、本当ですか?前にも歩けるなんて、そりゃあ、おかしいですね。」
「でも、このカニたちはとっても臆病でね、すぐに砂の中に隠れてしまいますから、滅多に見ることは出来ません。この島で生まれたあたしでさえも、数えるほどしか見たことはありませんのよ。」

 ひとしきり飲んだ後、太郎と正樹は外に出た。泡盛の強烈な酔いが少し正樹の足取りを不安定にしていた。川平湾への入り口は、以外にもお土産物を売っている店の裏へ回る、小さな通路だった。他にも入り口はあるのだろうが、太郎はそこから正樹を川平湾へ案内した。運悪く、雨が降り出していた。この天候では太陽の光線は望めない。だから正樹はあまり期待せずに、湾に向かってよろよろと歩いた。しかし、川平湾に着いて、正樹が放った第一声はこうであった。
「何ですか、この海の色は? 太陽の光がないのに、淡いエメラルド色ではありませんか。緑でも青でもない、大量のバスクリンを入れたような、神秘的な色ですね。こんなの初めて見ましたよ。美しいですね。雨でこの色ですか、凄いですね。晴れたら、いったいどんな色になるのでしょうか。」
「明日、晴れたら、また来るとよろしい。きっと、驚きますよ。」
「そうですね。天候が悪くて、この色ですからね。いやー、参りました。」
「昔、ここに、人魚が住んでおったそうだ。」
 正樹はほろ酔いの中で、川平湾に人魚がいても不思議ではないなとおもった。


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