純情
耳に激しいリズムが飛び込んでくる。大きなスピーカーが何台も舞台の両脇に並んでいて、舞台の上では水着姿のダンサーたちが身をよじらせて踊っている。店内は暗く、舞台の上の踊り子だけが艶めかしく照らし出されていた。
ボンボンが故郷のビコールからやっと戻って来た。バスは昼頃にマニラに着く予定だったが、ボンボンを乗せたバスもやはりフィリピーノ・タイムであった。だからアパートに顔を見せたのは夜の八時を回ってしまっていた。ボンボンがビコールを出たのは昨夜だった。バスの長旅で疲れているにもかかわらず、アパートの男衆全員でビール・ハウスに繰り出すことを決めていた。おもむろにそのことを言い出すと男どもの表情が途端に崩れた。ボンボンは日本から帰国するとその度に男だけでビール・ハウスに飲みに行くことがなかば習慣化していた。それがまたみんなの大きな楽しみでもあり、独身者、既婚者を問わずに単調な生活の潤滑油だったのだ。ケソン市とマニラ市のちょうど中間にはこの種のビール・ハウスがたくさんあった。正樹がボンボンに連れられて行った店はファースト・オーダーが一人三本と決められていて、その夜は正樹を含めて総勢十人でやって来たので三十本のサンミゲール・ビールが即座にテーブルの上に並べられた。ネトイがすかさず氷を持ってくるようにと要求した。ビールに氷を入れて飲むのは邪道ではないか。正樹が尋ねてみるとこの国では皆好んでビールに氷を入れるらしい、極めて一般的なビールの飲み方だという返事が返ってきた。ボンボンたちはもちろんこの店でビールを飲むことが目的ではないので、みんな初めの三本をちびりちびりと、それも出来るだけ長い時間をかけて飲む。この店のビールが高いことをちゃんと心得ているからだ。ところが店側も負けてはいない、アッシャーと呼ばれるちょっと輝きが薄れたやり手のおねえさんたちを次から次へと送り込んでくる。テーブルに若い女の子を呼べだとか、ビールのお代わりやおつまみはどうだとか、客にお金を使わせようとして、いろいろなことを言ってくるのだ。このアッシャーと呼ばれるおねえさんたちの収入は客に女の子を紹介することが出来るかどうかで決まってくる。もし客がその誘いに乗ってしまって女の子がテーブルに座ろうものなら大変である。がばがば高いジュースは飲むは、ろくに食べもしない料理まで注文したり、いくらお金があっても足りないことになる。正樹は隣に座った、どうやら日本人観光客らしい三人組みのテーブルの様子を見ていた。入店と同時に女の子を三人もテーブルに座らせていた。 「あら、あたしお腹がすいちゃったわ、何か頼んでいいかしら?」 片言の日本語で女の子がその三人組に甘えている。 「ああ、いいよ。何でも頼みなさい。」 そのうちの一人、日本から来た二人の案内をしているとおもわれる、きっとマニラに長期滞在している風体のチンピラがへたくそなタガログ語でそう答えていた。しばらくすると隣のテーブルはジューウジューウと鉄板から湯気を立てた料理やフライド・チキンなどでいっぱいになった。面白いことにウエイターが料理を運んでくる度に懐中電灯の光で照らして精算書にサインをさせられていた。正樹はボンボンに聞いてみた。 「あれは何でサインをしているのですか?」 「後で支払いの際にトラブルにならないように、店側は客が食べたり飲んだりしたことの証拠をとっているのですよ。さっき僕らのビールが運ばれてきた時にもネトイもサインしていましたよ。でもね、可笑しいのはね、ネトイのサインはめちゃくちゃで書く度に違っているのですよ。文字だか絵なのか何だか分からないサインを気ままに書いて楽しんでいます。」 正樹はおもわず吹き出してしまった。いかにもネトイらしい、まじめな顔をしてするから実におかしい。もっともボンボンたちの場合は追加の注文はありえない。最初のオーダーだけで引き上げることがみんなの暗黙の了解となっているからだ。だからさっきから、みんなビールに口をつけようとはしないのである。話などもしないで、ただ真剣な眼差しで舞台の上の踊り子たちに釘付けなのである。めったに来ることが出来ない場所である。アパートの男どもはしっかりと舞台で揺れ動いているダンサーたちの姿を目に焼き付けていた。 「ねえ、ボンボン。ビールって不思議ですよね。いくらでも入るから。水をたくさん飲めと言われてもそんなには飲めないでしょう。ところがビールとなるとたくさん飲めてしまうものですよ。」 「そうですね。でも決まって何度もトイレに行きたくなるのが、ビールの欠点ですよ。まあ、人間の体は、結構さ、都合よく出来ているのかもしれませんね。」 正樹はトイレに行きたくなった。まだ酔ってはいないのだが、急に冷房の効いた場所に入って少しお腹が冷えてしまったようだった。トイレに行く途中に踊り子たちの控え室があった。大きなガラス張りになっていて部屋の中が見えるようになっていた。正樹は何故その部屋がガラス張りになっているのかその理由が分からなかった。まだ正樹は純情だったのだ。日本では異性と話す機会などまったくなかった正樹は舞台の上で踊っているダンサーたちを見ているだけで心臓がドキドキした。仕舞いにはアルコールのせいもあるのだろうが呼吸も速くなってしまって、いやはや何とも困ったというか、楽しい気分になってしまっていた。もう日本には帰りたくないというのがその時の正樹の正直な心境だった。正樹のそばの通路を踊り子たちが横切るだけで身を引いてしまう純情な正樹であった。
輝きの時
ボンボンの鶴の一声でビール・ハウスを出ることになった。もちろんまだ誰も帰りたくはない。正樹も同じ気持ちであった。ボンボンの言うことは彼らにとっては絶対であり、彼が生活のスポンサーである以上、誰も文句は言えないのである。ネトイがウエイターを呼んで精算を済ませている間も、みんなはじっと舞台の上を見つめていた。ウエイターがつり銭を持って来るわずかな間も誰も踊り子たちから目を離さなかった。そして出口に向かう通路でも振り返り後ろ髪を引かれながら外へ出た。 二台のタクシーでアパートに帰ることになった。その時、ネトイが正樹に近づいて来て言った。 「マサキ、飲み直さないか。いい店を知っているぞ、まだ早いし、どうだ、行かないか?」 「いいね、行こう。」 ネトイはボンボンにそのことを耳打ちすると、勢いよく大通りに出てタクシーに手を上げた。タクシーが停車すると振り返り正樹に叫んだ。 「マサキ、行くぞ。」 二人だけでタクシーに転がり込んだ。五分もしないうちにタクシーは目的の店に着いてしまった。こんなに近いのならば歩いて来ればよかったと正樹はおもった。車から降りてその店の上を見上げると真っ赤なキャデラックが半分突き出た格好で取り付けてあった。もちろん本物の車ではない、そのキャデラックの下に「サムス・ダイナー」と書かれたネオン・サインが光っていた。この店の名前である。いかにもアメリカ的な名前である。中に入るとそこはもう古き良きアメリカそのものだった。オセロのような白と黒の床の上をローラー・スケートを履いたウエイトレスが元気良く店内を走り回り、音楽がいっぱい詰まった大きなジューク・ボックスが置かれてある。壁にはマリリン・モンローやジェームス・ディーンの似顔絵が描かれ、そして店内にはエルビス・プレスリーの歌声が静かに流れていた。さっきのビール・ハウスとは打って変わった雰囲気であった。明るい店内、中央にはカウンターがありドラフト・ビールのコックが幾つも並んでいた。壁際には四人がけのテーブルが並んでおり、右側が禁煙席、左側が喫煙席となっていた。アメリカの星条旗を継ぎ合わせて縫ったような征服を着て、ウエイトレスがメニューを抱えてローラー・スケートで滑り込んで来た。ネトイはドラフト・ビールを注文すると席を立って電話の所に行ってしまった。ウエイトレスは正樹に言った。 「サー、他に何か、ご注文は?」 「何がおいしいのかね、この店は?」 「私はマンゴー・チキンがおすすめですが。」 「じゃあ、それ、お願い。それからフレンチ・フライももらおうか。」 「かしこまりました。」 ネトイと正樹には共通点がある。家族兄弟がみんな頭の良い秀才であったり、天才であったりすることだ。だから二人はとても気が合った。しばらくしてネトイが電話を終えて席に戻って来た。 「マサキ、ノウミとディーンが今ここに来るよ。ここはアパートから近いんだよ。そんなには時間がかからないとおもうよ。」 ネトイはよく気がつく奴である。ひょっとしてネトイは自分の心の中を全部見透かしているのだろうかと正樹はおもった。 「ウエンさんは来ないのですか?」 「来ないよ。明日、仕事があるからな。」 「それは残念だけど仕方がないな。ノウミとディーンは学校の方は大丈夫なのか?」 「二人とも、明日は午後から講義だから、大丈夫だよ。」 「ノウミは化学を専攻していると聞いたけど、ディーンは何を専攻しているのですか。」 「彼女は医学だよ。」 「そうか、医学部か。」 「ネトイ、おまえは?」 「おれは勉強が嫌いだから、学校は辞めた。マサキ、後で山の上のディスコに行ってみないか?」 「それはいいな、大賛成だよ。」 「でも、ちょっと値段が高いよ。最高級のディスコだからな。サンミゲール・ビールはアパートの近くのサリサリ・ストアーだと一本5ペソだが、このサムス・ダイナーは25ペソで、山の上のディスコになると100ペソに値段は跳ね上がる。大丈夫か?」 「大丈夫だ。心配するな、お金のことは俺に任せておけ。その丘の上の店ではアメリカ・ドルは使えるのか?」 「ああ、もちろん使えるよ。この国では外貨はどこでも歓迎されるよ。高額のドル紙幣は特に喜ばれる。ペソの分厚い札束よりも数枚の高額ドル紙幣の方が持ち運ぶのに便利だからな。」 こんな時に見栄を張らないで、いったい男はどこで見栄を頑張れというのか。正樹はトイレに駆け込んだ。ズボンを下げて腰の所に隠しておいた非常用の財布を取り出した。その中からドル紙幣を数枚だけ抜き取り、また元の腰の所に財布を戻した。しかし熱い国ではこのお尻の財布はかぶれの原因になる。汗で紙幣が濡れないようにビニールに入れておくのがまた余計にいけない。風呂に入った時に後姿を鏡に映してみると財布のあった所だけがくっきりと四角にかぶれているのがよく分かる。正樹のベルトの中にもチャックを開けると日本円が細長く折りたたんで入れてある。もちろん強盗にあった時の為に見せ金を入れた財布も用意してある。それは旅の本で読んで得た知識だ。しかし後で分かったことだが、強盗の方でもそんなことはもうとっくに熟知していて、あまり隠し金は役には立たないとのことだった。盗られるときは全部盗られてしまうのだそうだ。 ローラー・スケートの星条旗がマンゴー・チキンとフライド・ポテトを持って来た。マンゴー・チキンはこの店のオリジナルだそうだ。鶏肉の間にマンゴーのスライスを挿み、チキンカツにしたものだ。正樹はトンカツにしてもチキンカツにしてもカツという料理は日本のものだとおもっていたが、サムス・ダイナーのメニューにはフレンチの項目に含まれていたから少し驚いた。ネトイと中ジョッキを二杯空けたところでノウミとディーン、そしてお手伝いのリンダも一緒にやって来た。 「ハーイ、マサキ。どうだった?ビール・ハウスにはたくさん可愛い子がいた?あれ、何だかマサキ、鼻の下が長いわよ。」 ノウミが正樹のことをからかった。リンダが怒った顔をしてノウミのことを睨みつけた。 ネトイが答えた。 「いやあ、可愛い子ばかりだったな。ファースト・クラスの子も何人かいたな。きっとアパートの皆も、今夜はいい夢をみることが出来るね。」 「まあ、何の夢なの、いやらしいこと。これだから男はしょうがないわね。」 ノウミがそう切り返した。ディーンはただ笑っていた。さっきの電話で山の上のディスコに行くことはすでに打ち合わせ済みだったようで、ネトイがノウミたちに言った。 「あそこは高いから、ここで何か食べていった方がいいな。正樹のおごりだから遠慮しないで注文したら。おれももうちょっと飲むかな、正樹は?」 さっきのビール・ハウスで三本、ここに来てジョッキを二杯、もう十分であったが正樹は今夜こそディーンと話をする為に言った。 「おれにもビール、注文して。」
軽く食事をとった五人は席を立った。四人は先に外に出て、正樹だけが入り口の横で勘定を済ませた。正樹も外に出てみると、通りの反対側に何やら高級そうなクラブが門を構えていた。正樹は勇気を出してディーンに訊ねてみた。 「あの高級クラブみたいな店は何ですか?」 するとディーンは真っ赤な顔になりうつむいてしまった。代わりにネトイがすぐに答えた。 「あれはサウナだよ。」 この国でサウナと呼ばれる場所は日本のサウナとはちょっと意味合いが違う。当時の日本ではまだどこかの国の国名で呼ばれていたが、いわゆる現在使われているソープ・ランドのことをさすのであった。正樹はネトイのにやけた言葉でそのことにハットと気がついた。ということは正樹はディーンに対して大失敗をしてしまったことになる。やってしまった。この時のことを思い出す度に正樹は恥ずかしくなった。 ネトイがタクシーを一台ひろった。小型のタクシーで運転席の隣にはディーンがリンダを抱っこする格好で座り、後ろにネトイと正樹、そして正樹の隣にノウミが密着するようにして座った。最高の夜だった。酔いも少なからず回ってきており、正樹は天国にいた。 この定員オーバーのタクシーの移動だけでもフィリピンに来て良かったと正樹はおもった。 もうディスコという言葉は死語になってしまったかもしれないが、その頃はディスコ全盛の時代だった。当時としてはこの丘の上のディスコは最高級の店だっただろう。マニラ市を一望出来る高台にあり、正樹たちが到着した時も高級車がズラリと表の駐車場には並んでいた。入り口の所では厳重なボディ・チェックを受ける。銃による余計なトラブルを避けるためだ。軽快なリズムが入り口の所まで聞こえていた。フィリピンの人達はダンスがうまい。日本人とはリズム感がまったく違うし、子供の頃から音楽やダンスに親しんでいるから、曲が始まるとすぐに体が動き出す。座席に案内されるやいなや、ネトイとディーンがステージの中央に駆け上がり踊り始めた。他に三組ほどが踊っていたが二人の軽快な足捌きはすぐに他を圧倒した。特にネトイのダンスは天才的で長い足が絶妙にリズムを捉えていた。やはりネトイも他の兄弟同様に天才なのかもしれない。激しい曲に変わった。今度はノウミとネトイがステージを独占した。ステージ全体を使って所狭しとばかりに踊り出した。二人の絡み合うようなダンスも情熱的で他を完全に寄せ付けなかった。それを見ていたリンダが正樹に手を出して誘った。 「マサキ、踊りましょうよ。」 無理である。正樹は踊ったことが一度もなかったから、真っ赤な顔をして言った。 「ごめん。踊れないんだ。」 「大丈夫、踊りましょう。」 「本当に踊ったことがないんだよ。ごめん。」 がっかりするリンダであった。ネトイは立ち上がっているリンダの手をとって舞台に上がった。リンダともコミカルなダンスを鮮やかに踊って見せた。やはり少しは踊れないとまずいなと正樹はこの時しみじみと感じた。ノウミとディーンもネトイとリンダの隣で踊り始めた。正樹は四人が踊っている間、ただひたすらに飲み続けた。自分が踊れない悔しさもあってか、少し酔ってしまった。ネトイが席に戻って来たので言った。 「ネトイ、ちょっとテラスで外の空気を吸ってくる。少し酔ってしまったようだよ。すぐ戻るから。」 「分かった。大丈夫か?」 正樹は独りでテラスに出た。遠くにマニラの市街地がチラチラ浮かんでいる。きれいな夜景であった。あたたかい風が何とも心地よかった。世の中は美男美女が一緒になるケースは比較的少ない。「えー、何であんな奴にこんな美女がつくんだよ。」といった場合が非常に多い。正樹も同感で、自分もそうなることをひたすら望んでいた。でも駄目だ。今日の自分はサウナの一件といい、失敗ばかりしている。簡単なダンスすら出来ない野暮な男に誰が興味を示すというのか、まったく望みなしだ。そんなことをおもいながら正樹は遠くの街の灯りを眺めていた。だが奇跡はその時起こった。 ディーンがテラスの正樹のところにやって来たのだ。 「マサキ、大丈夫ですか?」 「はい、ええ、大丈夫です。少し飲み過ぎてしまったものですから、風にあたっていました。でも、もう大丈夫です。この通りです。」 「そう、それなら良かったわ。あら、きれい。ここからの眺めは素晴らしいわね。」 「ここに来たのは初めてですか?」 「いえ、前にもボンボン兄さんとお客さまと来たことはあります。でもテラスに出たのは初めてですわ。そうそう、あの時は芸能人がいっぱいでびっくりしましたの、誕生日のパーティをやっていたみたい。こんなテラスがあるなんて知らなかったわ。でも本当にここからの眺めはうっとりするくらいきれいだわ。」 「そうですか。やっぱり、女の人は芸能人に憧れを持つものなのですね。でも僕はディーンさんのことをどの芸能人よりもきれいだとおもいますよ。私が知っている、知っていると言ってもテレビや映画で見ただけですがね、どんなにきれいな女優さんよりももっときれいだとおもいますよ。」 正樹は自分でもびっくりした。かなり酔っているのに違いない。正直な気持ちをズバリと言ってしまった。酔ったはずみで言葉が出てしまった。ディーンはテラスの端の欄干に手をついて遠くを見つめていた。しばらく二人は言葉もなく、ただ夜の景色をぼんやり眺めていた。 「そんなに褒めていただいて有り難う。マサキは将来、何になりたいのですか?あら、ごめんなさいね、小学生にする質問みたいだったわね。」 ディーンがやっと話しかけてきた。正樹はそれだけで嬉しかった。返事をしなくてはならない。さっき、ネトイからディーンが医学部の学生だということを聞いていたことが役に立った。正樹は出来るだけ偉そうに言ってみることにした。 「僕は医者になってアフリカへ行きたいとおもっています。アフリカで医療活動を続けたシュバイツアー博士をとても尊敬しています。だから彼のように医者になってアフリカへ行こうと考えています。」 「あたしもマサキと一緒にアフリカに行こうかな。まだ医学部の予科だけれども、あたしも将来は医者になれるかもしれないから。」 どんなに崇高な理念もディーンのような美人の前では崩れてしまうものだ。似合わない。アフリカ行きは中止しよう。アフリカの人達には申し訳ないが、ディーンにはアフリカ行きは無理だ。絶対に似合わない。 「そうですか。ディーンさんはお医者さんのたまごなのですね。今、どこの大学ですか?」 「イースト大学です。ボンボンのお姉さんが教えている学校です。そうだ、明日、マサキに時間があったら私の学校を案内してあげましょうか。」 もちろんイエスである。時間はその為にあるのだから。 「ええ、是非、お願いします。」 眩しかった。すべてが輝いていた。ディスコ・ハウスの中から軽快なチャチャのリズムが外のテラスの所にまで流れてきていた。ディーンはマサキの手をとり、簡単なチャチャのステップを教え始めた。誰も見ていないテラスで二人だけで踊った。見上げれば満天の星、素晴らしい夜景が眼下には広がっており、心ふるえる巡り逢いだった。すべてが愛しかった。サンパギータの花の香りが揺れるディーンの黒髪からしていた。正樹はこんなに幸せなのが逆に恐かった。
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