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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第78回   コンビニを狙った新種の詐欺
コンビニを狙った新種の詐欺

 世の中の乱れなのか、はたまた人間の堕落なのか、コンビニ強盗はいたるところで頻繁に起こっていた。また孫がいるお年寄りや子供と離れて暮らしている親たちを狙ったオレオレ詐欺と呼ばれる、電話を使った活劇まがいの詐欺もよく新聞紙面やテレビのワイド・ショーで取り上げられていた。
コンビニで仕事をした人間なら誰でも一度は目にしたことがあるだろう。
「本部社員がお店から現金を持ち出すように指示することは絶対にありません。そのような不審な電話があった時は、折り返し電話をしますからと言って、相手の電話番号を聞き、電話を切ること。そして必ず店長やオーナーの指示を仰ぐこと。」
と書かれた内部指示書がどこの店にも貼ってある。しかし、どんなに注意をしていても、店長やオーナーのいない時間帯を狙って、立て続けに電話をかけてきて、お店のクルーを慌てさせ、現金を騙し盗るケースが後を絶たない。

 川平 諭と正樹がコンビニの夜勤の仕事を二人で始めてから一ヶ月が経った時、事件が起こった。それは店にかかってきた一本の電話から始まった。
「もしもし、梶谷です。ご苦労様です。」
 梶谷というのはこの店の本部の担当者の名前だった。スーパー・バイザー、通称、SVと呼ばれ、何店舗かその地区の店を管理している本部の相談役だ。正樹は梶谷と聞き、安心してその電話の話を聞いた。
「実は、そちらで研修生の指導をお願いしたいのです。今から、そちらにやりますから、どうか、一通りの基本的な夜勤の仕事を教えてやってはくれませんかね。」
「ええ、僕でよければ構いませんよ。」
「お願いします。あなたの、お客様からの評判がとても良いと聞いております。是非、あなたに指導していただきたいとおもいましてね。」
 正樹は本部の人にそんなことを言われて、すっかり舞い上がってしまった。
「いいですよ。」
「それでは30分後に、その研修生をそちらにやりますから、どうか一つ、お願いします。また、後で電話を入れます。ご苦労様です。」
 正樹は梶谷SVに褒められて嬉しかった。電話のそばにいた川平 諭にもそのことをさっそく伝えた。諭はコンビニの仕事はまったくの素人である。研修生が来ると聞かされても、何も疑うことはなかった。

 時間通りに一人の青年が店にやって来た。おとなしそうな若者である。正樹に近づき、軽く会釈をし、挨拶をした。
「梶谷SVに指示されました。こちらのお店で夜勤の実習をするようにと言われて来たのですが、どうぞ、よろしくお願いします。」
 真面目そうな青年だった。本部で借りてきたのだろうか、自分たちと同じ制服を着ていた。極自然に入店してきた。正樹は川平 諭も呼んで自己紹介をした。
「私は正樹と言います。そして、こちらは川平 諭君です。よろしくお願いします。」
「私は筧 信一と申します。今夜は、私の為に無理を言いまして、ほんとうに申し訳ありません。」
「夜勤は初めてですか?」
「ええ、まったくやったことはありません。」
「レジの操作はどうですか?」
「同じく、一度もやったことはありません。」
「では、まず、レジの打ち込み方から教えますね。」
「はい、お願いします。」
 正樹は筧にレジの操作方法と接客の基本をまず教えた。そして、付け加えるようにして言った。
「それから、深夜は、防犯上、レジの中の紙幣は3万円以内にして下さい。いつ強盗が来てもおかしくない世の中になってしまいましたからね。もちろん高額紙幣は、その都度、このキャッシュ・ボックスの中に入れてしまいます。もし、レジの中のつり銭が足りなくなったら、この下の金庫から出して使って下さい。」
「分かりました。」
 筧 真一はつり銭が入っている金庫のカギはどこにあるのかと正樹に聞いた。
「ああ、金庫のカギは、ここの温度管理ノートの下に隠してありますから、お客様が見ていない時に、素早く、つり銭は補充して下さいね。」
「分かりました。でも、何で責任者がカギをポケットに入れるとか、きちんと保管しないのですか?」
「おっしゃる通りです。ただ、強盗が来る確率よりも、カギをポケットに入れたまま帰ってしまう可能性の方がはるかに高いから、こうしているだけです。本当はしっかりと責任者が引継ぎをして管理しないといけないですよね。」
「では、キャッシュ・ボックスのカギはどうしているのですか?」
「ああ、キャッシュ・ボックスの方は店長とオーナー以外は開けられません。だから、1万円札を束ねて入れる時は枚数を間違わないようにね。」
「分かりました。では、私たちは開けられないのですね。」
「そうです。」

 その夜はいつになくお客様の数が多かった。諭と筧が二台あるレジにそれぞれ張り付き、何事もなく2時間が経った。正樹は商品の品出しやら前出し陳列の為に店内とバック・ルームを行ったり来たりしていた。諭から声がかかった。
「すみません。トイレへ行きます。」
 正樹は諭に了解のサインを出した。店内にはお客様はいなかったし、カウンター内には筧がいたので、品出しの仕事をそのまま続けた。後で筧にも品出しと前陳の仕方を教えなくてはいけないなとおもい、再びバック・ルームへ品物を取りに入った。バック・ルームから出てくると、諭が正樹に言った。
「筧さんは?」
「ええ、レジのところでしょう?」
「それが、どこにもいません。」
「外は?」
「外にもいませんでした。」
 正樹はカウンターに入り、つり銭用の金庫を開けた。次に2台あるレジの中も調べた。
「やられた!」
 諭がきょとんとしている。正樹が説明した。
「店のお金を全部持って行ったよ。あいつ。」
「ええ、詐欺ですか?キャッシュ・ボックスの中のお金もですか?」
「キャッシュ・ボックスはこじ開けようとしたようだが、駄目だったみたいだな。箱が壊れかけている。どうやら中のお金は無事のようだな。でも、あいつ、この二時間の間に公共料金などで受け取った一万円札はキャッシュ・ボックスに入れないで、レジの皿の下に貯めていたみたいだから、それと両方のレジの紙幣を合わせると、結構、持っていきやがったよ。」
「いくら位、盗られたんでしょうかね。」
「分からん。後で計算してみるが、それより、まず連絡が先だよ。やられたよ。まんまと騙された。すぐに店長と警察に連絡するから、そこにいてレジをお願いしますね。まいったな。見事にひっかかってしまったよ。ここまでくると笑いが出てしまうな。」
 正樹と諭はお互いの顔を見ながら笑ってしまった。

 犯人の顔は店内ビデオにバッチリ写っていたし、指紋も残していったから、警察の人は犯人逮捕は時間の問題だと言っていた。ところが一ヶ月経っても、半年経っても犯人はいっこうに捕まらなかった。この詐欺事件があってから、諭と正樹の仲が急速に良くなった。
「正樹さん、来月、僕、石垣に帰ろうとおもいます。一緒に行きませんか?」
「石垣島か、いいね。一週間くらい休暇をもらって、自分ものんびりするかな。」
「そうしましょうよ。僕、島を案内しますよ。」
「君の家は農家だったね。牛がいるんだっけ。酪農か。・・・・・・いや、実は、僕も昔さ、牛の面倒を見ていたことがあるんだよ。石垣牛とは違って、乳牛のホルスタインの方だけれどね。牛の出産も手伝ったことがあるんだよ。」
「ええ、そうなんですか。お医者様になる前にですか?」
「ああ、北海道にあこがれてね、しばらく、農場で働いていました。まあ、その話は長くなるので、今度にしようか。 よし、決めたよ。石垣島へ行くことにする。案内を頼みます。」


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