20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第71回   幻の野戦病院
幻の野戦病院

 そこは病院だった。正樹はコレヒドール島の地下につくられたゲリラたちの秘密の病院にいた。45人の傷ついた兵士たちがトンネルに並べられたベッドの上に男女分け隔てなく寝かされていた。その様子は戦時下の野戦病院さながらの殺伐としたものだった。何故、ゲリラたちがこんなややこしい場所に治療所をこしらえたのかは分からないが、少なくとも戦闘をするような基地、アジトではなかった。トンネルの一番奥まったところに、つい立が置かれ、一人の女性が少し上等のベッドの上に寝かされていた。やせ細ってはいたが、その表情はとても知的で、正樹はどこかで前に会ったような錯覚に陥っていた。でも間違いなく初対面であった。驚いたことに、彼女は正樹と同じ日本人だった。それは枕元に置かれてあった彼女の所持品から判った。小さな桐の箱である。生まれた時に母親とつながっていた「へそ」がその小箱の中には入っている。まったく日本語を話すことが出来なくても、その桐の小箱が彼女のことを日本人であると証明していた。そしてトニーやダニーの態度から彼女が彼らのリーダーであることも容易に分かった。
 正樹は彼女に言った。
「何故、この私を指名されたのですか? 医者は他にもたくさんいるのに、どうして私をこの島に連れて来たのですか。」
 ベッドに横たわったまま返事は返ってきた。彼女は横を向いて正樹のことをじっと見ながらタガログ語とイルカーノ語、そして英語を使い分けて話し始めた。
「先生はトニーやダニーから尊敬されている。おそらくボラカイ島にいる子供たちは皆、同じだろう。あの家を巣立って行った子供たちもしかり、皆、あなたの言うことなら何でも聞くはずだ。我々は何千、いや何万という彼らの力がほしい。彼らは親から捨てられ、社会からも捨てられた子供たちだ。彼らの心の底にはそれらへの憎しみがあるはずだからね。きっと勇敢なすばらしい兵士になってくれるはずだよ。」
「何を言っているのですか!やめて下さい!あの子供たちを利用することはやめて下さい。あなたはあの子たちに自爆テロでもさせるつもりですか。いい加減にしてください。そんなことは断じてお断りします。」
「予想通りのお答えですね。でも先生は、この国を見て、何ともおもいませんか?ほんの一部の者だけしか良い暮らしはしていません。貧しさの中で皆、喘いでいるのですよ。親戚縁者で小金を持っている者がいれば、まだ幸せですよ。金のある者に媚びへつらって生きていけばいいのですからね。ところが身近に集る者がいなければ、どんな悪条件でも受け入れて、家族を残して海外に出稼ぎに行くことになる。そして海外からの仕送りがこの国の大きな収入源となっている。政府も海外で働いている者たちのことを国家の英雄だと言い切って称えている。先生、この国は本当にこれでいいのですか?お互いが騙しあって生きているのですよ。」
「でも、銃や爆弾などの武力では何も解決しないでしょう。この国が危険で治安が悪いと知れ渡れば、海外からの投資も冷えてしまうでしょう。素晴らしい自然に恵まれた国なのに、観光客も敬遠してしまう。失礼だが、あなたたちゲリラがやっていることは反対ですよ。社会を混乱させるだけで、この国の将来のことをちっとも考えてはいない。ただ子供が駄々をこねているのと同じように私にはおもえる。」
「随分と手厳しいお言葉ですね。先生は自爆テロをどうおもう?」
「自爆テロは自分の命を犠牲にして世界中に彼らの主張を訴えようとしているのでしょう。たくさんの犠牲者がでればでるほど、テレビやマスコミで取り上げられて世界中に配信される。でも、私は罪もない多くの人々を巻き添えにして道連れにすることには反対ですよ。どんなにあなたたちが彼らの死を英雄視しようと、私はまったくけしからん邪悪な死だとしかおもいませんね。どんな理由があろうと他人を傷つけたりすることは絶対に許されないことだとおもいますよ。いいですか、・・・・・・私はあなたたちの手伝いをする気はまったくありませんし、ボラカイ島の岬の家の子供たちをあなたたちの闘争に引きずり込むようなこともしませんよ。もう、あなたと話すことは何もありませんし、医者としてここにいるあなたの仲間を治療する気もなくなりました。この島から出ることを許可していただきたい。」
「それは無理だな。先生は我々のことを知り過ぎてしまったからな。」
 そのゲリラの女はトニーとダニーを呼びつけて言った。
「お前たちの家のリーダーは、今、誰だ?」
「ネトイさんです。」
「そのネトイとか言う者をここへ連れて来なさい。この正樹先生の命を餌にすれば、来てくれるだろう。」
「承知しました。」
 まあ、考えてみれば、ゲリラが岬の家の子供たちに興味を持つのは無理のない話である。岬の家の子供たちの心の奥には自分を捨てた親や社会に対する憎しみがあるわけで、それをこの女ボスは利用しようと思いついたのであろう。現在、岬の家にいる子供たちとすでに巣立って行った子供たちの数を合わせると、確かに、大きな勢力になることは明らかだ。あの何万人と集まったボンボンの葬儀の時にそれは実証された。そして、岬の家の子供たちは自分の家族や国を守るためには自分の命も惜しまない勇敢な日本武士の血を受け継いでいる者たちである。
「トニー、正樹先生を隣の部屋にご案内しろ。先生は協力してくれないそうだ。後でどうするか、また指示をする。」
「分かりました。」
「最後に先生にもう一つだけ聞きたいことがある。」
 そう言うと、ゲリラの女ボスは自分の枕もとにあった桐の小箱を正樹に手渡した。
「先生、そこに何と書かれてありますか。古い漢字なのか、私の辞書の引き方が間違っているのか分かりませんが、わたしにはよく読めないのですよ。」
 正樹は小さな桐の小箱を受け取って、裏返してよく見てみた。確かに擦り切れていて、判読が難しかった。それでも消えた文字を想像しながら文字を組み合わせてみると、「真田」という文字が浮かび上がってきた。正樹はすぐに早苗が言っていた茂木さんのお父さんの話を思い出した。
「これはあなたのものですか?」
「ええ、そうです。」
「ここには真田と書かれてあります。失礼ですが、あなたのお母様は今、どちらにいらっしゃいますか?」
「私の両親についてはまったく記憶もなければ、思い出もありません。周りの者はそのことに関しては誰も話してくれませんでしたし、実際、誰も知らなかったようです。ただ、私もあなたたちの岬の家の子供たちと同じ境遇であることは間違いないようだ。日本人の両親に捨てられた哀れな子供というわけです。天涯孤独、家族など一人もいませんよ。」
「失礼ですが、あなたのお名前は?」
「皆は私のことをジャネットと呼んでいますが、それはきっと誰かが勝手につけた名前でしょう。我々の間ではあまり表立っては名前を呼び合ったりはしませんから、あまり名前は重要ではありません。」
「真田さん、私はあなたの話を聞いたことがあります。あなたは独りぼっちではありませんよ。あなたと血のつながった子供がボラカイ島ですくすくと育っています。」
「さっきから何を言っているのか、私にはさっぱり分かりません。真田?・・・・・・何ですか、それは?」
「あなたのお父様のお名前は真田徳馬とおっしゃいます。日本の外交官でした。残念ながら、もうお亡くなりになりましたが、最後まであなたたちを捜し続けていましたよ。あなたたちと言ったのは、あなたとあなたのお母様のことです。生まれたばかりのあなたと奥様をゲリラに誘拐されて、真田さんは死ぬまであなたたちを捜し続けました。」
「何を言っているのですか。でたらめを言うのは止めて下さい。」
「私の言っていることが信じられないのであれば、自分でそのことを調べたらよろしい。あなたには腹違いの弟がおりました。名前は茂木さんとおっしゃいます。彼が真田の姓を名のれなかったのは、あなたたちが生きていると信じていた真田さんの思いやりでした。そのあなたの弟である茂木さんがあの岬の家の創設者ですよ。茂木さんはあの家を守るために自らの命を犠牲にされた。でも、彼の息子さんがまだ岬の家にはおります。あなたと同じ血を受け継ぐ男の子です。」
「もう先生の作り話は結構ですよ。助かりたいが為にそんな話を思いつくとはたいしたものですな。少し気分が悪くなってきました。しばらく横になります。失礼しますよ。」
 ゲリラの女ボス、ジャネットはトニーとダニーに命じて、正樹を隣の部屋に監禁した。トニーとダニーはその後、命令通り、岬の家からネトイを連れてくるために出て行った。正樹は部屋に入り、今さっき、自分の言った言葉を思い返していた。ジャネットにしてみれば、彼女のこれまでの人生をすべて否定するような話を聞かされたことになる。理解するには時間が必要だろう。ゲリラによって自分が誘拐されて、もしかすると母親をゲリラによって殺された可能性もあるのだ。正樹はそんなことを信じたくない彼女の気持ちが痛いほどよく分かった。もう一度、時間をおいて話してみるつもりだった。
しかし、そんな時間はなかった。コレヒドール島は海軍によってすでに包囲されていたのだ。島を離れようと高速艇に乗り込んだダニーとトニーも何の警告もなく、一瞬で吹き飛ばされてしまった。その音はトンネルの中まで響き渡っていた。ゲリラに対して国軍は非情だった。まったく容赦するところがなかった。
 しばらくすると、ドアの外でも銃声が聞こえだした。鈍い音が何発も正樹が監禁されている部屋の中にまで響き始めた。正樹は出来るだけドアから離れた。部屋の奥へと移動した。それは冷静な判断だった。1分もしないうちに、物凄い爆音がしてドアは吹き飛ばされた。部屋の隅に居ても強烈な爆風を受けた。と同時に、何人もの兵隊が部屋に雪崩れ込んできた。正樹がじっと彼らを見つめていると、兵士の間からよく見慣れた署長の顔が現われた。
「正樹君、無事だったか。あー、良かった。」
「署長。」
 完全武装をした署長の顔はいかにも満足げで、大きな仕事をしたという達成感で満たされていた。しかし、正樹の表情は曇ってしまった。何故なら部屋の外に出てみると、ベッドの上で、すべてのゲリラが射殺されていたからだ。その悲惨な状況を見ていると、まるでこの世の最後のような気持ちになった。署長から大きな声がかかった。
「正樹君、ちょっと、来てくれたまえ。」
 正樹は署長の声がする方へ走った。すると、ジャネットがベッドの上に座り、両手を挙げていた。たくさんの銃口に囲まれていた。彼女は正樹のことを睨みつけた。署長が正樹に向かって言った。
「この人は、日本人かね?」
 今、ここで彼女がゲリラのボスだと言えば、間違いなく射殺されてしまうだろう。どうやらゲリラに対してはまったく容赦しないのが軍の方針らしかった。この一ヶ月の間、正樹が懸命に治療をしてきたゲリラたちを一瞬で消し去ってしまった軍の次の行動はすぐに分かった。ジャネットはすでに覚悟をしている様子で目をゆっくりと閉じた。正樹はさっき自分のことを粛清すると言ったジャネットのことを迷うことなく救おうとした。
「署長、その人は真田さんのお嬢さんですよ。」
「ええ、あの大使館の真田さんの娘さんかね? それは驚いたな。でも何で、こんなところにいるのだ。」
 正樹はもう何も言わなかった。後は署長の判断に任せた。ジャネットの目がゆっくり開けられ、その視線は正樹に向けられていた。署長は兵士たちに奥のトンネルを調べるように命令した。そして署長も彼らについて行ってしまった。正樹とジャネットだけが残された。ジャネットが言った。
「何故です。私はあなたを殺そうとしたのですよ。それに私の正体を知っているのは先生だけだ。今度は口封じに、また、先生を殺そうとするかもしれない。どうしてなのです。何故、私がゲリラのリーダーだと言わないのですか。」
「向こうを見てみなさい。私の患者たちがああして殺されてしまった。こんなに悲しいことはないではありませんか。そして、ジャネット、あなたも私の患者です。」
「でも、このまま私が生き残れば、必ず、私はあなたの命を狙いますよ。」
「私は医者です。命を救うことが私の仕事ですよ。そんなに私のことを殺したければ殺すがいい!私は逃げも隠れもしませんから、勝手にしなさい。人を信じることが出来なくなってしまった者は哀れですね。ジャネット、いや、真田さん、私はあなたを信じていますよ。」
 ジャネットはうつむいてしまった。

 このゲリラの奇襲作戦は世の中にはもちろん公表されなかった。コレヒドール島の裏山に大きな穴が掘られて、すべてその中に埋められてしまった。極秘のうちに、ゲリラの野戦病院は処理されてしまった。一切、何もなかったことになった。正樹は自分の為に多くの人たちが死んでしまったことに大きなショックを受けた。
 ジャネットは署長の配慮でマニラ市内の病院に移された。正樹は助けられたものの、軍や署長のやり方に反感をおぼえて、無言のまま、ボラカイ島にさっさと帰ってしまった。
 真田徳馬の娘が発見されたという知らせはすぐに大使館にも伝えられた。現地採用の大使館員や大使館を辞めて日本人学校に移った徳馬の友人たちの間で一斉に驚きの声が上がったが、両国政府はそれぞれの思惑でもって、マスコミには真田徳馬の娘の発見を知らせないという協定を結んでしまった。
「あの子が生きていたとはね、あの時のあの赤ん坊が・・・・・・。よく生きていたよ。徳さん、残念だったね。もう少し早かったら会えたものを、無念だろうね。もし、徳さんが生きていたら、きっと二人で祝杯をあげていたよ。」
 そう呟いたのは日本人学校で用務員をしている石原万作だった。石原は日本から派遣されてくる先生たちとは違って、安い給料で雇われた現地採用組だ。以前は大使館でも頼み込んで雑用をしていた。真田徳馬とはその頃からの友人だった。仕事にありつけなかった時には徳馬のドライバーもしたことがある。だから石原万作は茂木の父親である真田徳馬のことをこのマニラでは一番よく知っている人物であった。その石原がジャネットの病室を訪ねたのは彼女が発見されてから三日目のことだった。妻と娘を捜し続けた真田徳馬の記録帳や日記、そしてわずかではあったが彼らが写っている写真を持って病院にやって来た。
 ジャネットは病院に移されてから、最初のうちは仲間を皆殺しにした軍への報復をどうしようか、そのことばかりを考えていた。ところが次第に正樹から言われた自分の過去や父親のこと、わずかなぬくもりが残る母親のことや、さらにはボラカイ島にいる自分と血のつながっているという男の子のことをもっと知りたいとおもうようになっていた。
看護婦がジャネットの病室に入って来て言った。
「あなたに面会ですよ。日本人学校に勤めている石原万作という人です。真田徳馬さんの友人だとか言っていますが、どうしますか?」
 正樹の話だと真田とか言う人物が自分の父親だそうだ。ジャネットは会ってみることにした。何が真実なのか分からない以上、別に会うことを拒む理由もなかった。
「どうぞ、部屋に通して下さい。」
 石原万作は穏やかな人物だ。初対面で彼を嫌う者はまずいない。皆、万作の優しさを肌で感じることが出来る。先に万作から言葉が出た。
「あー、お母様そっくりだ。間違いない。あなたは真田さんのお嬢様ですよ。」
 そう言ってから万作は自分が持ってきた写真をジャネットに見せた。
「これは数少ない、真田さん夫婦の写真ですよ。どうぞご覧になって下さい。」
 ジャネットはその写真に釘付けになってしまった。万作が続ける。
「この方があなたのお母様です。あなたはお母様にそっくりでしょう。よく似ていらっしゃる。そして、こちらお父様の真田さんです。」
 ジャネットは写真の二人の顔をしっかりと見た。正樹の言っていたことは本当だった。ジャネットは枕もとにある桐の小箱を万作に見せた。万作はそれを一目見ただけで大きく何度も頷いた。
「良かった。良かった。間違いないですよ。あなたは徳さんの娘さんだ。徳さんに会わせてあげたかったですよ。徳さんはね、死ぬまであなたたちのことを捜していたのですよ。ところで、あなたのお母様はどうなされましたか?」
「私は両親のことは何も知りませんの。捨て子だったと言い聞かされて育てられましたから、・・・・・・。石原さんでしたよね、私と母は本当にゲリラに誘拐されたのでしょうか。」
「本当ですよ。ゲリラたちはダムの建設を阻止しようとあなたたちを誘拐したけれど、日本政府は一切ゲリラたちとは交渉をしませんでした。地元の警察はしばらく捜査をしていましたが、結局、手がかりは何もつかめませんでした。真田さんは一人になってからも、奥様とあなたが生きていると信じて、国中を歩き回り、あなたたちを捜し続けたのですよ。ところが、少し前に、徳さんは外交省の屋上から飛び降り自殺をしてしまいました。無念だったでしょうね。心中を察すると胸が痛みますよ。」
「自殺ですか。」
「ええ、そう聞いております。」
「何で自殺なんかしたのでしょうか?」
「それが、よく分からないのですよ。ボラカイ島で日本の外交官が殺された直後のことでした。いや、もうちょっと前のことだったかな? その事件と関係があるのかどうかも、私にはよく分かりません。なにしろ、かなり厳しい報道管制が布かれていましたからね。ただ、あのボラカイ島と真田さんが、私には何か関係があるような気がしてなりませんね。」
 ジャネットは病室の外で私服の警官が見張っていることを知っていた。だからこの病院に移されてからはゲリラの仲間とは連絡をとりあっていなかった。別に急ぐことはなかった。今は早く病を治すことだけに専念すれば良いのだから。この日本人学校で働いている石原万作の突然の訪問は自分がゲリラであることをカモフラージュするためには実に好都合だった。当然、警察は石原万作のことも調べるだろう。ジャネットが石原万作に質問した。
「もしも、私があなたの言うように真田さんの娘ならば、私の国籍は日本ということになりますよね。大使館の方には、私の出生届は出されているはずだ。ただ、長い間、行方不明だったから、もう死亡扱いになってしまっているかもしれませんがね。」
「大使館には知り合いがたくさんいますから、それは調べてみましょう。」
「もし、わたしの国籍が日本ならば、当然、パスポートも発給されるわけですよね。」
「もちろん、その通りですよ。パスポートが無理でも、何かそれに代わる証明書は発行されるとおもいますよ。」
「そうですか。石原さん、初めて会ったのに、こんなことを言っていいのか、大変申し訳ありませんが、どうか、私の力になって下さい。」
「もちろんですとも、お嬢さんの為なら、この万作、何でもいたしますぜ。」
「ありがとう。」
「しかし、不思議ですね。こうしてお嬢さんが発見されたというのに、まったくニュースにはなりませんね。これだけ大きな話題性のあるニュースなのに、毎日、テレビや新聞を見ているのですが、ちっとも報道されませんよ。また、何か大きな力が働いて、報道機関に圧力がかかっているとしかおもえませんね。」
「そうだとおもいますよ。日本政府もこの国の政府も私の存在はおもしろくないはずですよ。ところで、万作さん、あなたは正樹という医者をご存知ですか?」
「ええ、知っていますよ。ボラカイ島にいる日本人の医者でしょう。結構、有名ですよ。」
「彼がね、私と血のつながった男の子がボラカイ島にいると言っていましたよ。」
「それじゃあ、徳さんの子供が・・・・・・。」
「いや、私の腹違いの弟の子供だそうです。」
「そうですか。」
「石原さん、お願いがあります。私と一緒にボラカイ島へ行ってくれませんか。御礼はいたしますから。」
「お礼なんていりませんよ。徳さんの娘さんの頼みだ。喜んでお供いたしますよ。」
 ジャネットは今は独りで動くよりも、この素朴で人の良い万作を傍に置いた方が、当局の調べをかわすことが出来ると考えた。警察の尾行が外れるまで、哀れな真田徳馬の娘に徹することにしたのだった。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 7386