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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第70回   不安
不安

 岬の豪邸の最上階、二つある大きな書斎の一方を渡辺コーポレーションの佐藤が、そしてもう一方をネトイが使っていた。かつて茂木とボンボンが使っていた部屋だ。
 医者になったヨシオと早苗、それにネトイの三人が二週間経っても戻ってこない正樹のことを心配していた。佐藤は本社で大切な会議があるとかで、日本に帰国していて留守だった。早苗が言った。
「どうしよう。署長に言った方がいいかな。」
 ネトイは慎重だった。
「ゲリラと聞くと、警察だけでなく軍も動くことになるよ。あのコレヒドール島がまた戦場になってしまうよ。この家を巣立ったダニーとトニーがいるから、きっと、彼らは正樹のことを守ってくれているとはおもうが・・・・・・。」
 ヨシオはすぐにでも正樹のことを助け出すことを願っていたから、発言は過激だった。
「このままにしておいてもいいのですか?兄貴は牢獄に閉じ込められているのかもしれない。まったく連絡がないのがその証拠でしょう。すぐにでも島に乗り込んで行って兄貴を助けないと!」
 ネトイが言った。
「でも下手にゲリラのことを刺激して、逆に、正樹のことを危険にさらすことにはならないだろうか。そこが心配だよ。」
「何を言っているのですか。もう二週間ですよ。僕はもう気が狂いそうですよ。」
 お手伝いのリンダがマンゴージュースを持って部屋に入って来た。正樹のことを死ぬほど心配していたのは、このリンダだったかもしれない。リンダはヨシオの顔を見ながらネトイに向かって言った。
「ネトイ、あたし、コレヒドール島へ行ってきます。」
 ヨシオもすぐに反応した。
「俺も一緒に行って来る。もし、それで埒があかないのならば、署長にお願いするしかないでしょう。」
 早苗も同感だった。
「あたしも一緒に行くわ!」
 ネトイは反対も賛成もしなかったが、冷静に判断しようとしていた。
「しかし、君らがコレヒドール島へ行ったとしても、多分、何もつかめないだろう。相手はゲリラだよ! そう簡単にはいかないよ。」
 ヨシオがネトイに食ってかかった。
「じゃあ、どうすればいいんだ!このまま黙っているのか?」
「分からんよ。どうしたらいいのか、自分にも分からん。やはり、署長に相談した方がいいのかもしれないな。ゲリラがプロなら、警察もプロだからね。」
 ネトイはボンボンの葬儀の時に、署長が言っていた言葉を思い出していた。
「困ったことがあったら、必ず相談して下さいよ!」

 ネトイはしばらく考えてから言った。
「僕、ちょっとマニラへ行ってくるよ。やはり、署長と話をしてくる。」

 土曜日のヘリコプターの定期便を待って、ネトイはマニラ東警察の署長に会いに行った。
「署長、兄貴の葬儀の時は本当にありがとうございました。」
「いよー、ネトイ君か。どうだね、岬の家は、うまくいっているかね。わしも時々は、仕事ではなくて、休養にボラカイ島に行こうかとおもっているんだ。その時は頼みますよ。」
「もちろんですとも。署長は岬の家の大切なスタッフの一人ですからね。いや、僕なんかがそんなことを言うのはおかしいですね。署長がいなければ、あの家はなかったのですからね。いつでも大歓迎ですよ。お待ちしていますよ。」
「そうだ、このところ、正樹君からちっとも連絡がこないが、彼は元気にやっているかね?」
「署長、実は、今日来たのは、その正樹のことでやって参りました。岬の家の出身者なんです。その仲間の治療に行ってくると言い残して、もう一ヶ月近くもボラカイ島に戻って来ていません。」
「仲間?」
「ええ、自分がおもうに、あの子たちは岬の家を出た後、ゲリラに加わったようにおもいます。」
「ゲリラ?」
「確信はありませんが、どうもそのような気がしてなりません。ゲリラのアジトに正樹は連れて行かれたのだとおもいます。」
「アジト?」

 署長は大きな机に両肘をついて、ネトイの話を聞いていたが、さっと立ち上がると、今度は部屋中を歩き出した。
「それで、そのアジトというのはどこかね?何か正樹君は言っていかなかったかね?」
「署長、正直に申し上げます。私は正樹のことを救い出したいだけです。それでここに来たわけです。もし正樹の身に危険があると分かれば、警察には何も言うことはありません。」
「あー、それは心配するな! 私も正樹君の友人だからな、彼のことを優先して考えるから、余計な心配はしなくてよろしい。それから言っておくが、ゲリラはアジトなどはつくらんよ。奴らはとても用心深くてな、あちらこちらを移動しながら活動するから、一箇所に留まっていることはない。それに第一に、君に奴らのアジトがどこにあるのかなんて明かすわけがないだろう。それほど、奴らは慎重に動いているんだ。」
「そうですか。そうすると彼が言っていたコレヒドールというのは嘘かもしれませんね。」
「コレヒドールとはあのコレヒドール島かね?」
「ええ、確かに、トニーはそう言いました。」
「コレヒドール島は海軍の管轄だよ。海軍の支配下にある島にゲリラのアジトがあるわけないだろう。違うかね!」
「そう言われると、そうですね。では、いったい正樹はどこへ連れて行かれてしまったのでしょうかね。」
 ネトイは頭を抱えてしまった。署長は急に口数が少なくなってしまった。机に座ると、積み上げられていた書類に目を通し始めた。その署長の表情を見て、ネトイは何か一抹の不安を感じた。署長は確かに岬の子供たちにはやさしい人だが、やはり警察の人間だ。法律を犯す者や国家権力に逆らう者に対しては非情かもしれない。ネトイはコレヒドール島のことを署長に言ってしまったことを後悔し始めていた。
「まあ、一応、コレヒドール島の責任者にはわしから連絡をしておくよ。でも、あまり期待はするな。あそこにはゲリラのアジトなんかありはしないよ。」
「それはありがとうございます。では、また何か分かりましたら、お力をお貸し下さい。」
「ああ、いつでも結構だから、知らせてくれ。正樹君は自分の息子のような気がしてならないのだよ。」
「署長、ご家族は?」
「わしか、わしは今は独り者だよ。家族はおったことはおったのだが、・・・・・・。まあ、こんな仕事をしていると、いろいろあってな、一人の方が仕事はしやすい。」
「すみません、余計なことをお聞きしました。許して下さい。お忙しそうなので、では、僕はこれで失礼します。」
「わしも心当たりをあたってみるよ。その子供たちはトニーと誰だ?」
「トニーとダニーです。」
「分かった。調べてみるよ。」
「では、これで、失礼します。」

 ネトイがいなくなると、署長は静かに受話器を取り上げた。電話の相手は知り合いの海軍将校だった。


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