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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第66回   葬儀
葬儀

 岬の豪邸の広い庭には幾つも大きなテントが張られ、建物に収容出来ない子供たちを南国の強い日差しから守っていた。子供たちと言っても、もう立派に成長して、この家を巣立っていった者たちである。ボンボンの訃報をどこからか聞きつけて世界中から集まって来ていた。その数は既に大きく千人を上回っていた。そしてまだ、ボンボンの葬儀に参列しようと、全国から集まり続けていた。ボンボンの棺には5時間ごとにドライアイスが入れられてはいるが、もう遺体の腐敗が始まってきていた。ネトイが医者の正樹に聞いた。
「もう、兄さんは限界ですかね。それに集まってきている者たちも少し苛立ってきているようです。そろそろ葬儀を始めないと暴動にでもなりそうだ。」
「まだ、ボンボンは大丈夫だよ。しかし、これだけ人が集まれば、何か起こっても、ちっとも不思議ではないな。どうだろう、葬儀はあさってにしては、やるやらないは別にして、そう皆に伝えておいた方が無難だろう。まだやって来る人の勢いが止まらないから驚くな。凄い数だよ。まあ、それだけ子供たちがこの家を巣立っていったということなのだから、嬉しいことじゃないか。家族を一緒に連れて来ている者もいるな。ネトイ、お前がボスなんだから、お前が決めろよ。皆もそれぞれ生活もあることだし、これ以上経つと、何だかんだと問題は起きてくるぞ。」
「もうすでに、小さないざこざは起きてしまっているんだ。では、あさってにしましょう。葬儀はあさってということで準備させます。」
「そうだね、それがいいかもしれない。」

 二日後、ボンボンの葬儀は朝の涼しいうちに行なわれた。式の後、ボンボンの棺を先頭に教会への長い人の列ができた。そして教会での神父様のお祈りが終わり、今度は丘の上の墓地まで、ボラカイ島の住人も加わり、長い行列ができた。埋葬が済み、警察隊が整列して一斉に空に向かって発砲した。ボンボンの葬儀はその銃声ですべてが終わった。敬礼をしたままの署長にネトイは近づき、丁寧にお礼を言った。
「有り難うございました。素晴らしい葬儀になりました。きっと死んだ兄も喜んでいることとおもいます。」
 敬礼していた手をゆっくりと下ろしながら、署長は新しい岬の家の代表者であるネトイに向かって言った。
「お兄様はご立派でした。自分の命を張って、岬の家を守ったのですからな。この集まってきた者たちの顔を見てください。皆、立派になって、マニラの裏道でゴミを拾って生きてきた子供たちですよ。茂木さんやボンボンさんがいなければ、皆、通りで野たれ死んでいたかもしれない。私は彼らと出会えたことを神に感謝していますよ。ネトイさん、今度はあなたが皆を引っ張っていく番だ。いいですか、何かお困りの時は遠慮なく言ってくださいよ。一人で悩まないで、相談してください。それから、あなたの命は、どうか大切にしてくださいよ。」
「有り難うございます。」
「それでは我々は、これでマニラに帰ります。ヘリを呼びましたので、岬の家には寄りません。ではこれで失礼します。さっき言ったことを忘れないでくださいよ。独りで悩まずに何でも相談してください。いいですね!」
「分かりました。いろいろ有り難うございました。」

 大きなプロペラ音が幾つも聞こえてきた。ボラカイ島の共同墓地の外の空き地にヘリコプターが5機到着して、警察隊は素早くその中に乗り込み、署長を乗せたヘリから順番に島を離れて行った。それを見ると、集まっていた人々は思い思いに丘の上の墓地から下りて行った。二人の鋭い顔つきの青年だけは帰る気配はなかった。ネトイと早苗、そして正樹の三人だけは最後まで墓地に残った。早苗が二人の鋭い視線に気がついた。
「あの子たちは岬の家の出身者ですか?」
 ネトイと正樹が同時に答えた。
「ああ、そうですよ。」
 ネトイが早苗に言った。
「あの二人はよく覚えていますよ。いろいろ問題を起こしましたからね。性格も残酷なところがあった。」
 今度は正樹が言った。
「確か、ほら、右側のトニーは岬の家に来る前に人を何人か傷つけていると、署長が言っていたのを思い出した。左のダニーはいつもトニーと行動を共にしていたよ。」
 早苗が怯えながら言った。
「さっきから、ずっと、あたしたちのことを見ているわよ。目つきが凍っているわよ。気味が悪いわ。」
「でも、根は悪いわけではないんだ。岬の家のことは彼らも感謝しているはずだよ。現にこうして、ボンボンの葬儀にも参列していたしね。」 
 とうとう、墓地には5人だけが残った。トニーとダニーはあたりを何度も見回しながら、正樹たちのところに近寄って来た。トニーがネトイにボンボンのお悔やみを丁寧に言った。その後、正樹の前に来てこう言った。
「正樹先生、先生にお願いがあります。仲間が病気なんだ。具合があまり良くない。助けてやってはくれませんか。」
 正樹は医者だ。正樹は無条件ですぐに答えた。
「それは構わんが、その仲間は今どこにいるのだ?」
「あしらのアジトです。コレヒドール島にいます。」
「あのコレヒドール島か?第二次世界大戦の激戦地だったコレヒドール島か?」
「そうです。」
「何故だ。コレヒドールはマニラ湾の入り口にある島だろうが。島に近いマニラ首都圏には幾らでも医者はいるだろうが、何故、俺に頼むのだ。」
「先生にしか頼めないんだ。」
 早苗はその場の雰囲気が異常であることを真っ先に感じていた。トニーとダニーの身体からは正樹に有無を言わさぬ、一種脅迫めいた殺気がみなぎっていた。
 ボンボンの葬儀は完全に終わり、共同墓地には墓守以外は誰もいなくなってしまった。しばらく墓の前でトニーたちの話を聞いていたが、早苗が次第に怯えてきてしまったので、
正樹はネトイに早苗のことを頼み、先に帰した。この島で最も安全な場所である岬の家にしばらく彼女を預かってもらうことにした。正樹はトニーとダニーと話をしながら、さっきボンボンの棺が運ばれてきた道を今度は逆に自分の診療所に向かって歩き出した。彼らがどんなグループに加わっているのかは分からなかったが、トニーとダニーがゲリラであることは明白だった。


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