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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第63回   早苗
早苗

「ボンボン、茂木さんのお母様を日本に送ってから、また、あたし、この島に来てもいいかな?」
「もちろん、大歓迎さ! でも、戸隠のお父さんが何と言うかな。きっと反対するとおもうよ。」
「いいの、お父さんのことは。あたし、外交省を辞めてから、ずっと戸隠にいたけれど、まるで抜け殻みたいだったでしょう、だから、お父さんもきっと分かってくれるとおもうわ。あたし、ボラカイ島にいるとほっとするのよ、気持ちがとても楽なの。ごめんなさい、生意気なことを言って。」
「あまり自分のことを責めちゃいけないよ! 茂木さんと真田さんのことは、そう、彼らの運命は君が外交省に入る前から決まっていたのだからね。たまたま君がその場所に居合わせただけなんだ。もし、償いのつもりでこの島に来たいと言うのなら、それはやめた方がいい!一時の感情で決めては駄目だよ。」
「いえ、違うの。この島が本当のあたしの居場所のようにおもえてきたのよ。東京にいても、長野の実家に帰っても駄目だったわ。生意気なようだけれど、この島の子供たちを見ていると、あたし、彼らに何かをしてあげたくなるの。いえ、それは違うわね。きっと彼らから私が学ぶことの方が多いかもしれない。うまく言葉では表現出来ないけれど、あたしの生きる希望とか、喜びがこのボラカイ島にはあるような気がするの。」
「僕としては君がこの島に来てくれると嬉しいよ。」
「でも、菊さんが・・・・・・。」
「菊ちゃんには僕の方から説明するから心配はいらないよ。菊ちゃんは強くなったよ。もう、以前のような菊ちゃんではないから、あまり心配しなくても大丈夫。菊ちゃんはあんなに嫌いだった正樹君とも最近ではとても仲が良い。ボラカイ島の魔法が菊ちゃんを変えてしまったようだよ。」
「ボンボン。それに、あたしね、この国の言葉をもっと深く勉強してみようとおもっているのよ。」
「それはいいことだよ。君の専門は語学だからね。もっと君が学んできたタガログ語を極めてみることは意味のあることだと僕もおもう。」

 岬の豪邸には、なにしろ大勢の子供たちが生活している。だから、毎日、何人かは風邪などで寝込んでいる。ここの子供たちの健康管理は医者の正樹の仕事である。彼の診療所は市場の近くにあるのだが、午後の休憩時間を利用して正樹は岬の豪邸に病人がいない時でも往診にやって来る。嵐の時も休んだことは一度もなかった。一日一回は必ず子供たちの前に顔を出すようにしている。今日も正樹はいつものように子供たちを診てから、自分の診療所に帰ろうとしていた。早苗が正樹のことを呼び止めた。
「正樹さん、お久しぶりです。」
「あれ、早苗さん。来ていたのですか。」
「ええ、午前中のヘリで来ました。茂木さんのお母様をお連れしたんですよ。」
「そうですか。それはご苦労様です。」
「子供たちの診療は終わったのですか?」
「ええ、終わりました。今、診療所に帰ろうかとおもっていたところです。」
「あの、途中までご一緒してよろしいですか。」
「どうぞ。」
 早苗と正樹は話しながら浜へ出た。
「正樹さんはいつも浜を歩いて戻るのですか?」
「そうですよ。近道ですからね。それに波の音を聞きながら歩いていると、とても気分が良いものですから、毎日、こうしてゆっくり歩いて帰ります。」
「茂木さんのお母様のお蔭で、あたし、やっと島に来ることが出来ましたの。なかなか勇気が出ませんでした。」
「早苗さん、ボラカイ島はまた一つ奇跡を起こしたようですね。本人を目の前にして言うのも何だが、絶望と後悔の中をさ迷い歩いていた君をこの島は呼び寄せたのですよ。違いますか?」
「ええ、その通りだわ。」
「何度も言うようだけれども、ボラカイ島は本当に不思議な島だよ。でも、僕はとても嬉しいですよ。君がまた島に来てくれて、大いに歓迎しますよ。」
「正樹さん、今朝、茂木さんのお墓に行ってまいりました。丘の上にあるきれいな墓地ですね。やさしい風が吹いていて、とても気持ちが良かったです。実は、彼のお父様、真田さんの遺骨も一緒に茂木さんのお墓に入れてあげたくて日本からもってきたのです。勝手に中に入れるわけにはいきませんから、今、納骨の許可をお願いしているところなんですのよ。マニラ東警察の署長様がお手紙を書いて下さいましてね、島の警察の人たちもそれを見て、問題なく許可は下りると言ってくれました。」
「そう、署長がね。それは良かった。」
「茂木さんの隣のお墓はディーンさんのですね。お墓の上にサンパギータのお花がありましたが、あれは正樹さんですね。」
「ええ、あの花は僕たちの記念の花です。彼女は僕のことを考えながら死んでいきました。それなのに、この僕は彼女のことを恨み続けた。最後まで冷たい仕打ちばかりをしてしまいました。ねえ、早苗さん、よく人間は悲しいことは時間とともに忘れてしまう生き物だと言いますが、僕の場合は違うようです。日増しに悲しみは大きくなってきています。ディーンは病気によって命を失ってしまいました。どんなに悔しかったことか、彼女の気持ちを察すると胸が熱くなります。彼女は突然に僕から離れた。彼女の望みは僕が医者になることだったのですよ。もし僕が彼女の病気のことを知っていたなら、勉強どころではなかったでしょう。彼女は何も言わずにホセ・チャンとアメリカへ行ってしまいました。それで僕は彼女を憎んだ。ホセとディーンとの間でどんな契約が交わされたのかは分かりませんが、そんなことは次元の低い問題でした。彼女は自分の死期が迫ってきて、僕に謝りたいと何度も署長を通して言ってきました。でも僕は行かなかった。最後までディーンのことを憎み通してしまった。ディーンは獄中で僕が医者になったことを聞いて看守と二人でお祝いをしたそうです。・・・・・・・・・・。」
 正樹は悲しみが込み上げてきてしまって、黙り込んでしまった。二人は歩くのをやめた。早苗が正樹に言った。
「ちょっと砂浜に座りませんか。」
 波が静かに打ち寄せるハワイトサンド・ビーチに二人は腰を下ろした。
「早苗さん、もし人間に死というものがなかったらどうでしょうね。病気にかかっても死なないし、食事をしなくても死ぬことはない。悪人はどんなに悪いことをしても処刑されないから、また悪事をはたらく。人間はただ好き勝手なことばかりをするようになるだろうね。あくせくと働く必要もなくなってしまう。ところが現実は、誰だって死ぬのが嫌だから、頑張って生きているのだよ。死にたくないから一生懸命に生きている。」
「そう考えてみると、死はとっても大切なものなのですね。みんな一人で生まれてきて、そして、いつか一人で死んでいくのが分かっているから、死ぬ前に何かをしなければならないとおもう。そこに人生の意味が生まれてくるわけですね。」
「色々な事情で生きることが困難になることがある。精神的に病んでしまって発作的に自殺をしてしまう者をよく見かける。他にも生活苦から、あるいはお金が絡む場合もあるだろう。いずれにせよ僕はね、医者だから、どんな理由があるにせよ自殺は絶対に反対だよ。どんなに苦しくとも頑張って生き続けることが、人間に与えられた課題だとおもっているからね。自殺は神への冒涜だとさえおもっている。」
 早苗が複雑な暗い表情を見せた。茂木のことを考えていたのだ。正樹はそんな早苗の心の中を読んでいた。
「これは僕の勝手な推理でしかないのだがね。茂木さんは父親の真田さんからお金を預かった。ところが、そのお金は真田さんの上司の菊田さんが外交省で横領したお金だった。謀らずもだ、茂木さんはそのお金で子供たちの為にあの岬の豪邸を購入してしまった。そして偶然にも外交省の調査室の役人だった君はその事実を知ってしまった。詳しいことは分からないけれど、それで茂木さんも真田さんも責任をとって自殺した。違いますか?」
「違います!私たちの調査は茂木さんと真田さんにまでは及んではいませんでした。あの双子の菊千代さんと千代菊さんが菊田さんの娘さんたちでしたので、茂木さんに事情を聞くつもりでした。ところが何を勘違いしたのか、こちらの警察は茂木さんを誤って逮捕してしまいました。それからは正樹さんもご存知の通り、茂木さんは自ら命を絶ってしまいました。菊田さんの部下であった真田さんにも私たちの調査を手伝ってもらおうとしたら、彼は茂木さんの死を知るとすぐに屋上から飛び降りてしまいました。結局、外交省の特別調査室ではこのボラカイ島の家に関しては何も分かりませんでした。二人の死でもって、この件に関しての調査は完全に暗礁に乗り上げてしまいました。」
「そうですか。それを聞いて安心しました。すると、あの子供たちの家は誰からも取り上げられることはないのですね。」
「ええ。わたしもそう願っています。」
 正樹は砂浜に仰向けになり両手を伸ばした。早苗は水平線をじっと見つめていた。
「ねえ、早苗さん。日本に居る時にラジオを聴いていると、時折、人身事故で何々線が止まっていると交通情報が聞こえてきますよ。あれはほとんどが自殺なんですよ。景気が悪くなると、毎日のように人身事故のニュースが流れます。どうすることも出来なくなって、発作的に列車に飛び込んでしまうのでしょうね。大変に迷惑な死に方ですよね。死んでからも多くの人々に迷惑をかけますからね。」
「残された家族は大変でしょうね。誤って足を滑らせて転落したのならば、生命保険も下りるでしょうが、自殺だと分かれば、逆に高額な賠償金が請求されるのでしょう?」
「早苗さんも駅のホームにカメラが設置されているのを知っているでしょう。あれはきっと自殺なのか事故なのかを判断するために設けられたと僕はおもいますね。もしかすると保険会社がそのカメラ設置の費用を出しているのかもしれない。そんなことも知らずに、事故を装って線路の飛び込む人たちは悲しいですね。」
「そうそう、駅のホームで、あたし、思い出しましたわ。線路に転落してしまった日本人を韓国の青年が助けようとして、電車に引かれてしまった話を正樹さんは知っていますか?」
「ああ、新聞で読みました。新大久保駅でしたよね。」
「そうです。戦争が終わっても、韓国と日本の国民感情はどこかギクシャクしたところがありますでしょう。極端な言い方をすれば、嫌いな国の人を救おうとした訳ですよね。その命を落としてしまった韓国の青年は、その時は人間として人間を助けようとしたのでしょうね。あたし、その話を聞いてとても感動してしまいましたの。日本の国民も韓国の国民もすべての人々が彼の勇気ある行為を学ばなければなりませんよね!」
「まったくその通りですよ!鉄道の話といえば、昔読んだ本にこんな話がありましたよ。今、早苗ちゃんが言った話に近いものがありますがね、実際に起こった話なのか、フィクションなのかは記憶があいまいで思い出せません。北海道のとある峠にさしかかかった列車の話です。機関車から後ろの客車だけが外れてしまうのですよ。峠ですからね、客車は当然、暴走してしまうことになります。坂をどんどんスピードをあげて下っていきます。途中に大きなカーブがあれば、曲がりきれずに客車は転覆して大惨事になってしまう。あるいは崖から転落してしまう可能性もあるわけです。たまたま、その客車に乗り合わせた鉄道員がブレーキを必死になって回すのですが、客車はいっこうに止まらなかった。彼は結婚を控えた青年だったのですがね、もしその時、何も無ければ花嫁の待つ教会へ行けたはずだった。早苗ちゃん、その青年はどうしたとおもいますか?」
「さあ、分かりません。結婚式へ向かう途中だったのですね。」
「ええ、そうです。彼は迷うことなく、自分の身体を線路の上に投げ出して客車を止めたのですよ。その鉄道員のことを自殺とは決して誰も言わないでしょう。自らの命を捨てて他人を助けたのですからね。さっきの新大久保駅の韓国青年も自分の命を捨ててまで他人を助けようとした。僕はわがまま勝手な不完全な人間が完全な人間になれる唯一の方法はそれしかないと考えていますよ。自らの命を捨てて他人を助ける行為こそが最も崇高な死に方だとおもいます。それが自分を嫌っている者の為ならば、より神に近づくとおもいます。生意気な言い方になってしまうかもしれないけれど、死ぬということは人間に与えられた人生たった一度のチャンスなのですからね。」
「神に近づくチャンスですか。」
「そうだよ。」
 水平線に沿って大きな客船が沸き立つ雲をバックにゆっくりと動いていた。セブへ向かう船らしかった。正樹は起き上がり、診療所に向かってまた歩き出した。早苗も岬の家には帰ろうとはせずに、正樹と一緒に歩き始めた。
「早苗さん、人は病にかかるとね、心の底から病気では死にたくないとおもうようになる。自分の意思とは関係なく死ななければならないのですからね、その悔しさは計り知れませんよ。特に不治の病で死に直面している患者さんたちなどは朝起きるとね、まだ生きていることで、そのことだけで感謝するようになります。病気と向き合っている人たちを見ているとね、何も偉いことをする必要なんかない、ただ生き続けることが大切なんだと教えられます。どんなに苦しくとも生き続けることが大切なのですよ。生活に疲れたとか苦しいとか、悲しいとか、甘いことを言って自殺をしようとする者がいますよね、僕は医者だけれど、そういう連中には早く死ねよと言ってやりたくなりますね。人は命を守らなければいけない!定められた時がくるまで、自分に与えられた命を守り続けなければならないと僕はおもいますよ。だから自殺は絶対に反対です!」
 自殺と言われて、早苗は茂木と真田のことを思い出していた。
「僕は茂木さんの死を一概に自殺だとはおもっていませんよ。彼は岬の家の子供たちの為に自らの命を絶ったのですからね。それが彼の定めだったのかもしれません。僕はこうして天使面をして医者なんかしていますがね、いざとなったら、この自分の命を見ず知らずの人の為に使うことが出来るかどうか、疑問ですよ。茂木さんのようになれるのか、自信はありません。」
「茂木さんのお父様の真田さんも、あたしから岬の家のことや茂木さんが亡くなったことを聞かされて、一時間もしないうちに屋上から飛び降りてしまいました。」
「僕は真田さんの死も自殺とは言えないとおもいますよ。」
 そこでしばらく、二人の会話はとまった。観光客は別として、島の人びとはみな正樹に挨拶をしながらすれ違って行く。早苗は正樹がすでにこの島にとって、なくてはならない存在になっていると感じた。また、正樹が同じことをまるで確認をするように早苗に話し出した。
「さっきも言いましたが、真田さんの死も僕から言わせると自殺ではないとおもいますね。これはあくまでも推測ですがね。上司の菊田さんから預かったお金を誰にも分からないように、息子として認知されていない茂木さんに保管を頼んだ。そして悲劇的にそのお金が自分の息子を死に追いやってしまった。そして茂木さんが命をかけてまで守ろうとしたボラカイ島の日比混血児たちの家のことを早苗さんから聞かされて、真田さんも何とか外交省の調査をストップさせなくてはならないと考えた。まったく親子ですよね。結果的に真田さんも自分の命を絶つことで岬の家を守ろうとした。僕は常日頃、いつ如何なる時でも、行きずりの人の為に死ねるように心がけているのですがね。未だにその自信はありませんよ。だから、真田さん親子がとても羨ましい!」
 二人はもうホワイトサンド・ビーチの中程まで来ていた。早苗が言った。
「正樹さん。ちょっと正樹さんの診療所にお邪魔してもよろしいですか。もっとお話をお聞きしたいわ。」
「ええ、構いませんよ。どうぞ遠慮なく。ただ、あまり岬の豪邸のようにはきれいではありませんよ。小さな掘立小屋ですからね。それに掃除もしていないから、驚かないでくださいよ。まだ看護婦とか助手を雇う余裕はないもので、掃除は後回しになってしまっています。」
 早苗と正樹が診療所の中に入ってみると、待合室には午後の診察を待つ患者たちが数十人も待っていた。正樹は早苗を奥の自分の部屋に案内すると、すぐに診察室で診察を始めてしまった。早苗は正樹が島の人々の診察をしている間、彼の部屋の掃除をした。まだ正樹は結婚をしていないので、この言葉は正確には当てはまらないが、男やもめに蛆がわくとは、正にこのことだと早苗は掃除をしながらおもった。
 患者の数は時間が経つにつれて増えていった。早苗は部屋の隅に山積みになっていた洗濯物と今度は取り組むことにした。近くのサリサリ・ストアー(万屋)に行き、洗濯石鹸を買い、ついでに夕食の食材も買って診療所に戻った。その時には入り口の外にまで診察を待つ人の列が出来ていた。早苗は正樹の診療所が毎日この状態なのかどうか、後で聞いてみることにした。とても正樹一人では大変だなと感じたからだ。
 最後の患者の診察を終えたのは夜の9時を回っていた。正樹が奥の自分の部屋に戻ってきた。早苗が言った。
「お疲れ様でした。毎日、こんなにおそくまで診察を?」
「ええ、そうです。」
「お薬とか、お会計もお一人でやっていらっしゃるのですか?」
「いや、薬は処方箋を書くだけですから、後は薬局に行って自分たちで買うので問題はありませんよ。」
「ではお会計は?」
「会計?・・・・・。ほら、入り口のところに箱とノートが置いてあったでしょう。患者たちにお金が出来た時に、その箱の中に入れてもらって、名前を書いてもらっています。だから僕は何もやっていませんよ。緊急を要する患者が運ばれて来た時には、署長のヘリを飛ばしてもらっています。そして、以前、ヨシオが世話になったウエンさんが働いている病院が面倒をみてくれます。すべて無料ですよ。これも署長のおかげですよ。」
 すっかり冷めてしまった夕食を二人で楽しく話しながら食べた。正樹はこんなに楽しい食事は久しぶりだった。
「早苗さんは料理がお上手ですね。こんなにおいしいものを食べたのは何年ぶりかな。」
「あたしね、調理師免許をもっているのよ。戸隠の家、民宿をしているでしょう。だからお客様に喜んでもらおうと、基礎から料理の勉強はしているのよ。」
「どうりで、素人離れした感じだもの。」
「ありがとうございます。あの、さっきの話だけれど、死について語ってくれましたよね。あたし、なるほどなと感じましたの。正樹さんは神父さんとかお坊様になったらよかったのに。」
「僕なんか駄目ですよ。お祈りは下手だし、お経も読めない。それに僕ほど弱い人間はいないですからね。宗教はどの宗派も素晴らしい教義をもっていると僕はおもいますけれど、余計な部分が多すぎて、僕には無理です。ただ、茂木さんや真田さん、新大久保駅で日本人を助けようとして命を落としてしまった韓国の青年、線路に自分の身体を投げ出して客車を止めた鉄道員のような生き方をしたいですね。」
「正樹さん、お願いがあります。あたしをしばらく、この診療所においてくれませんか。ここのお手伝いをしながら、岬の子供たちに日本語を教えたいのですが、駄目でしょうか?」
「そりゃあ、ちっとも、僕は構いませんよ。どちらかと言うと僕の方は大歓迎ですよ。」
「ありがとう。あたし、茂木さんのお母様を日本に送ってから、また戻ってまいりますから、その時はどうぞよろしくお願いします。」
「ええ、いいですよ。それでは今夜は岬の家までお送りしましょうか。」
「はい。」
 今度はさっきとは反対に正樹が早苗を岬の家に送って行った。夜のボラカイの海から聞こえてくる漣の音は傷ついた二人の心を確実に癒し始めていた。



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