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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第45回   ヨシオの決断
ヨシオの決断

 炭酸飲料のスプライトでも7アップでもよい。日本ならば三ツ矢サイダーでもよいのだが、いわゆるソーダ系の飲料水に豚肉を角切りにしてしばらく漬けておく、そしてその豚肉を串に刺して炭火で焼くと焼き鳥ならぬ焼き豚串がまったく調味料なしに簡単に出来ることを正樹はネトイから教わった。暇があるとネトイは、実際はいつも暇なのだが、豪邸の中庭で毎日のように炭を熾して肉や魚を焼いている。そして彼のそばには決まってビールが置かれていた。食卓にバーベキューの一品が必要となれば、すぐに出来る状態にあり、リンダにとってはネトイは強い味方であった。正樹はネトイが豚肉を焼いている傍らで、こんなことを考えていた。フィリピンに来て、まず最初に感じたことはどこでもそうなのだが、庭先とか、地下室、空き地、家々が重なり合っているような所でも、ちょっとしたスペースがあると豚を飼う習慣があるということだ。都会の真ん中の家の中で平気で豚を飼っていることに正樹は驚いた。家庭の食卓で食べ残された残飯はまず豚に与えられ、次に犬たちにも分けられる。だから家庭からは生ゴミは一切出てこない。安く買える子豚のうちから育てて、豚が大きくなったら高く売ることもあるが、たいていの場合はその家のあるいは近所の者の誕生日のメイン料理になってしまう。日本とは違い、どこの家にも一人や二人は豚を殺す達人がいるのだ。吊るされた豚の喉を切って滴り落ちる血の一滴さえも残さず完璧に料理に使われてしまうのである。豚の断末魔の叫び声はいつ聞いても胸が痛む。スーパーでパック詰めにされた食肉を買って食べている日本人は死ぬ間際に豚たちが泣き叫ぶ声を決して知ることはないだろう。自分たちが家畜たちの犠牲の上に生存していることをすっかり忘れてしまっている。感謝することすら忘れていると正樹はこの国に来て初めて気がついた。
 豪邸の中庭ではラジカセを鳴らしながらネトイは今日もバーベキューを焼いていた。少し離れた所にある大理石でできた四人掛けのテーブルで正樹とヨシオはリンダが作ってくれたマンゴージュースを飲んでいた。ネトイが踊りながらバーベキューを焼いている姿が
そこからはよく見えた。時々、ネトイは焼きあがったものを高くかざして、ヨシオに食べに来いと誘っていた。正樹はヨシオに言った。
「ヨシオ、いいか、あのネトイの言うこともよく聞くんだぞ!お前のこれからの長い人生で彼の存在は大きなものになるような予感がするんだ。ネトイのことも大切にしろ!いいな。」
 大きな大理石の椅子に隠れるように座っているヨシオが答えた。
「また、兄貴はおいらをここに置いて、一人でどこかへ行くようなことを言うんだな。兄貴、いつ、マニラに帰るんだ?その時はおいらも一緒に帰るからね。」
「お前はこのボラカイ島に残って勉強しろ。茂木さんから日本語を教えてもらえ!」
「いやだ!おいらは兄貴と一緒に帰る。」
「この前、お前は俺の為に役に立ちたいと言ったのを覚えているか。それならば、しっかりと、ここで勉強して俺の役に立つ人間になれよ。俺はちょろちょろと金魚の糞みたいにくっついて来る奴は必要ないんだ。日本語がちゃんと出来て、一を言えば十まで分かるような頭の良い助手が俺は必要なんだ。分かるか。ヨシオ、しっかり勉強して、将来、俺の役に立つ人になってくれよ。」
「いやだ!勉強は嫌いだし、おいらは兄貴から絶対に離れないからね。兄貴と一緒にマニラに帰る。」
 ボラカイの海と空がまた赤くなり始めた。今日もゆっくりと太陽が水平線の下に隠れようとしていた。リンダが台所から出て来て、ネトイの所へ行った。出来上がったバーベキューがのった皿を受け取り、正樹とヨシオの前にやって来た。リンダは皿からそっとバーベキューを一串取り上げて、それをヨシオに渡した。リンダはその串を見ながら言った。
「あれ、変だわね。あたしはさっき一串に五個づつお肉を付けておいたのに、出来上がったものは全部四個づつしかついていないわね。あー、ネトイだわね。きっと。」
 リンダはぶつぶつと独り言を繰り返しながら、台所の中へ入って行った。
「分かったよ。ヨシオ、おまえの好きなようにしろ。ただし、お前が勉強したくなったら、いつでもこのボラカイ島に戻って来い。いいな、それは自分で決めろ!」
 ヨシオは返事をしない。ただ黙って夕日を見つめていた。また独りになるのが耐えられないのかもしれないと正樹はおもった。
次の週、正樹とヨシオはマニラに戻った。結局、正樹はヨシオ一人を島に残してマニラに帰ることは出来なかった。ヨシオが異常なまでに正樹のことを慕っていたからだ。別に急ぐことはなかった。今度またボラカイ島へ行った時にヨシオがその気になればそれで良いのだと正樹は考えていた。ケソン市のアパートに戻ってみると、二人の姿を見てみんなはあきれてしまった。正樹がヨシオを連れて帰って来たのを見て誰もがあっけにとられていたが、ウエンさんだけは違った。あたたかくヨシオを抱擁して歓迎してくれた。ディーンは少し怒った表情で、何をする為にわざわざボラカイ島にまで行って来たのかと正樹を問い詰めた。ヨシオ本人の意思が大切だと正樹は説明したが、なかなか理解してもらえなかった。
マニラに戻ってからの正樹は多忙を極めた。非常に忙しく、大学の入学の為の国家試験の申し込みやら留学許可の手続きでほとんど毎日のように市内中を歩き回っていた。どこの国でも同じだろうが、一回では済まないのがお役所の仕事だ。何度もあちこちのお役所に足を運ぶことになってしまった。正樹は本気で自分がボラカイ島で勉強が出来れば良いのにとおもったくらいである。子分のヨシオはと言えば、どこへ行くにも正樹の後について来た。彼は彼なりに正樹親分のことを守っていたのだった。正樹は留学生の試験場となったマニラ・ハイスクールでNCEE(ナショナル・カレッジ・エントランス・エグザミネイション)を受けた。一般学生に混じって留学生は四階の教室に集められ試験が行なわれた。試験の形式は半分以上が四択問題であった。四つの中から正解を選べばよいものであった。だから問題の英語の意図がつかめなくても、どれかに一つに丸をつけておけば正解になる可能性があった。正樹は空白だけは避けて、すべてに解答した。数学に関してはまったく問題はなかった。当時の日本の数学のレベルがいかに世界的に見て高かったかを実感することが出来た。教室の窓からはイントラムロスの城壁がすぐ横に見えた。その景色は試験場となったマニラ・ハイスクールがマニラの最高の場所に建てられ、とても歴史のある学校であることを物語っていた。試験の合間に教室の中を見回して見ると、日本人はもちろん正樹一人だけであった。あとは随分と老けたイラニアンたちがほとんどの席に陣取っていた。中東からの留学生は当時のマニラでは珍しくはなく、石油成金の子息たちがマニラにはうじゃうじゃといた。しかしその体臭の物凄さは半端ではなかった。きっと食べ物が違うのだろうと正樹は考えている。その日の教室内も想像を絶する凄まじい臭いでむせかえっていた。鼻が慣れるまで、随分と長い間、口で息を吸っていた。試験が終わってからも彼らの体臭で頭がくらくらしていた。試験を終え、マニラ・ハイスクールの門を出ると、ヨシオがすぐ正樹のところに駆け寄って来た。
「兄貴、試験はどうだった?」
「ああ、分からんな。でも十分に手応えはあったよ。後は天に任せるしかないな。ヨシオ、腹が空いただろう。すぐそこのカーサ・マニラのレストランで何か食べていこうや。俺も腹がペコペコだよ。」
 カーサ・マニラは城壁都市イントラムロスの中にあるスペイン植民地時代の住宅を保存した資料館で当時の雰囲気をそのままに残したものだ。レストランが横についており、正樹にとってもヨシオにとってもちょっと贅沢な食事だった。高いレストランで飲むビールはよく冷えたグラスのせいなのだろうか、どうして同じビールなのに、こんなにも味が違うのだろうかと正樹はいつもおもっている。まあ、気にかかっていた試験が終わった後だったからかもしれないが、それにしても他の高いホテルで飲むビールの味も確かに違っているので、やはり、何か製造工程に秘密があるようにおもえて仕方がなかった。
 ケソン市のアパートに帰るとポリスと書かれたジープがアパートに横付けされていた。ロハス地区担当の警察官が正樹の帰りを待っていた。正樹が入り口の網戸を開けて中に入ると、その警官はさっと立ち上がり敬礼をした。
「ミスターマサキ、マニラ東警察署の署長があなたにとても会いたがっています。あなたの都合の良い時間を聞いてくるようにと指示がありまして、自分が聞きに参りました。署長はいつでもいいと言っておりまして、あなたの空いた時間に自分があなたをお連れするようにと命令されています。」
「それはご苦労様。まあ、どうぞ、そこにおかけください。署長が、そうですか、分かりました。ただ今日は少し疲れましたので、明日の午後ではいかがでしょうか。そう署長にお伝え下さい。」
「ありがとうございます。それでは明日の午後一番でお迎えに参ります。よろしくお願いします。では自分はこれで失礼します。」
 用件だけ済ますとその警官はすぐに立ち上がり、また敬礼をして外のジープで走り去っていった。後ろで聞いていたディーンが正樹に言った。
「何かしらね、あの警官の様子だとあまり悪い話ではなさそうだけれど、あたしはどうも警察は苦手だわ。ところで、正樹。試験はどうだったの?」
「うん、ごめんね。駄目だったかもしれない。難しくてぜんぜん解けなかったよ。今回は無理かもしれないな。」
 しばらくディーンは正樹の目をじっと見ていた。たった今、正樹が言った言葉と正樹の目が語っていることが明らかに違っていたのをディーンはすぐに読み取ってから、もう一度正樹を見据えるようにして言った。
「正樹、本当はどうだったのよ。」
「駄目だったよ。」
「バカ!もういいわよ。おめでとう。」
「ああ、分かった、分かった。何とかなりそうな気がするよ。でもこればっかりは結果が出ないことには何とも言えないからね。」
「そう、よかった。本当によかったわ。」
 正樹は外で遊んでいるヨシオを呼んで、百ペソ札を渡しながら頼んだ。
「悪いけれど、そこのサリサリストアーでビールを買って来てくれないか。」
「ああ、いいよ。何本買うんだい?」
「そうだな、ディーンと二人だけだから、十本もあれば十分だろう。ヨシオ、何か食べたいものがあったら、それで買ってもいいぞ。今日はお祝いだからな。頼んだぞ。買ったら冷蔵庫に入れておいてくれ。」
「いいよ、兄貴、分かった。買って来るよ。」
 ディーンはビールを飲まないのだが、以前から正樹は彼女と話しながら飲むビールも実にうまいと感じていた。しかし高級レストランで飲むあのビールの味にはとても及ばなかった。やはり、同じボトルでありながら工場から出荷する際に何か隠された秘密があるようにおもえてならなかった。
 翌日、正樹は迎えに来た警察のジープでマニラ東警察署へ行った。今回だけはヨシオは珍しく一緒にはついて来なかった。それは当たり前のことだ。ヨシオにとって警察は嫌な思い出が多すぎる場所だ。どうしても足が向かなかったのかもしれない。
 正樹が署長室に入ると、机に座っていた署長は笑顔で立ち上がり、握手を求めてきた。
「ミスターマサキ、久しぶりです。今日はわざわざおいでいただいて恐縮です。病院で会って以来でしたな。お元気でしたか?ヨシオが回復して本当に良かった。あなたの願いが神様に届いたんですな、きっと。本当に良かった。」
 正樹は署長に一方的に喋りまくられて、挨拶のタイミングを逃がしてしまった。
「実は、正樹君。わしの知り合いのジャーナリストのマイクから聞いたのだが、ボラカイ島に日比混血児たちの施設を造っているそうじゃないですか。実にすばらしいことだよ。あなたたちみたいな日本人ばかりだと、わしの仕事も助かるのだがね。どうもマニラに居る日本人たちはいかん!全部とは言わんが、日本へこの国の少女たちを送り込むことばかりを考えている奴らが多くて困っておる。マークの話だと、あなたたちのボラカイ島の家は相当な規模だそうですね。それにとてもすばらしい環境にあると彼は言っていましたよ。混血児たちの施設にしてはもったいないくらいだと、マークは言っていました。」
「マークですか。思い出しました。ヨシオが病院に居る時に取材をさせてくれと申し込んできた人ですね。」
「仕事柄、彼とはよく会うことがあるのでね、先日も、君の話が出たものだから、マークと色々と話をしました。日比混血児の問題はわしらも頭を痛めているところでな、実はね、正樹君、ここの現状はあまり良くないのだよ。まあ、ぶっちゃけた話、毎月、わしの所にはヨシオのような子供たちがどう少なく見積もっても三十人位はしょっぴかれて来るんだよ。困ったことにはその子供たちを収容する施設がまだ十分ではないのだよ。そこで相談なんだがね、その子供たち全部とは言わん、性質の良い子供だけでも結構なのだが、君らのボラカイ島の家で預かってはもらえないだろうか?」
「署長さん、話の筋は大体分かりました。性質の良い子も悪い子もありませんよ!子供たちはみんな同じです。私たちは全ての日比混血児たちに門を開くつもりです。それに収容所ではありませんから、子供たちの意思がとても大切です。子供たちが自分から望めば引き受けますが、そうではなく無理やりはお断りいたします。自分からどうしてもボラカイ島で勉強がしたいと望んだ子供たちだけと私たちは共同生活をしていきます。あのヨシオはまだ勉強をする気がないらしく、今は自分の後ばかりついて来ていますが、いつかきっと、彼もボラカイ島で勉強がしたいと言ってくれると私は信じています。ボラカイ島の美しさと島が持っている魔力は必ずやヨシオや他の世の中から見捨てられた日比混血児たちの心を開いてくれると私たちは信じています。」
「御尤もな話だ。あなたが言う通りかもしれないですね。そうですか。そこまであなたたちは考えていらしたのですか。最初、わしが考えていた施設とは若干違うようだが、兎も角、あなたに相談することは出来るわけですね?」
「まあ、そんなに大げさなものではありませんよ。子供たちが幸せになる手伝いをしてみようという試みなんです。いつでも私の方から島へは連絡は出来ます。もし自分に時間がある時は、島まで子供たちと一緒に行って、そこがどんな所なのかをまず見せてあげます。ボラカイ島の美しさに触れさせてから、そこで日本語などが学べることを伝えます。その勉強が、将来、子供たちにどんなに役に立つのかも説明してやります。その上で、一週間や二週間ぐらいは島に自由に滞在してもらって、それから子供たちに島に残るかどうかを自分自身で判断させようと考えています。ただ、どうしてもボラカイ島が嫌いだという子供たちは署長にお返ししなくてはなりません。さっきも言いましたが、私たちの家は刑務所でも孤児院でもありませんから、自分の意思で残りたいと言った者しか受け入れません。」
 署長はしばらく黙り込んだ後、更に話を核心に近づけてきた。
「すばらしい試みだとわしもおもいますよ。あなたの話を聞いていて、実に感心しましたな。なかなか出来ないことですよ。しかし、その大きな施設を維持していく費用だって大変なことでしょう。」
「その点に関しては私の担当ではありません。私は子供たちと島の家の橋渡しをするだけで、維持費に関してはどうこう言える立場にはありません。だから、ここの警察に連れて来られた子供たちに、まず、ボラカイ島の家を見せることが大切だと私はおもいますよ。正直言って、あの島の環境と私たちの家を嫌いだと言う子供はまずいないとおもいますよ。一つだけ問題なのは島までの交通手段ですよ。他の観光地と違って、ボラカイ島は簡単に行ける場所ではありませんからね。話の内容ではこれから何度も島を往復することになるとおもいますので、その交通費は結構ばかにはなりませんよ。何か署長に名案はおありでしょうか?」
「正樹君、それは簡単だよ。我々のヘリを使えばいい。毎日でも島へ定期便を出すことだって可能ですぞ。」
「署長、それは凄い!しかし毎日飛ばす必要はないとおもいますよ。週一回で十分だとおもいますよ。あと、子供たちが病気になったり、怪我した時もお願い出来れば最高ですね。もし警察のヘリコプターが使えるのであれば、全ての問題は解決します。そうだ、あの家は以前は俳優のホセ・チャンのものだったのですよ。だから庭には立派なヘリポートもあります。」
「よし、正樹君。それで話は決まりだ。今日はあなたと話が出来て本当に良かった。新聞記者のマークがあなたたちを追い続ける理由がわしにも分かったような気がするよ。でも気になったことがあります。余計なことかもしれませんが、ホセ・チャンはいかん!正樹君、ホセとはあまり係わりを持たん方がよろしい。彼にはいろいろと悪い噂がある。うちでずっと彼を追っている者もいるくらいだから、ホセには近寄らん方が正解ですぞ。君のような人間がつきあう相手ではないので注意した方がいいですよ。」
「はい、分かりました。ご忠告有り難うございます。」
「正樹君、今日は本当に有り難う。わざわざおいでいただいて恐縮でした。帰りは中庭からヘリを出しますから、どうぞ、それを使って下さい。」
「いいですよ。ヘリは今度で、ボラカイ島へ行く時で結構ですから。ケソン市のアパートまでですから、ジープで結構ですよ。いや、出来ればジープではなく窓のある車の方が助かりますね。もしジープの他に車がなければ、自分はバスで帰りますから。」
「了解しました。窓のあるエアコン車を用意させます。しばらくお待ち下さい。」
 正樹は帰りの車の中で、とうとうボラカイ島の家が動き始めたことを感じていた。いよいよ本当の物語がこれから始まるのかとおもうと、少し緊張した。どうぞ、全てがうまくいきますようにと、ただそれだけを祈りたい気持ちでいっぱいだった。そしてヨシオがボラカイ島で勉強がしたいと言い出してくれることを切に願う正樹であった。どんどん増えていくだろう子供たちのリーダーにヨシオならば、きっとなれると信じていた。

 毎月30人というのは署長の大袈裟な表現だったが、それでも毎週、二人から五人の日比混血児たちがマニラ東警察に保護された。警察のヘリコプターは署長と正樹、そして茂木との協議で毎週土曜日の朝、ボラカイ島へ飛ばすことになった。一週間はとにかく子供たちをボラカイ島においてみて、どうしても順応出来ない子供は次の週の土曜日にマニラへ送りかえすことになった。ボラカイ島に送られた子供たちは初めは戸惑いながらも、次第に美しいボラカイ島に魅せられ、岬の豪邸の楽しい生活に慣れていった。一週間経ってマニラに戻りたいと言い出す子供はまったくいなかった。やはりボラカイ島の海と空、そして彼らが今までに見たこともないような大きな豪邸は子供たちを島に引き留めてくれた。
 毎週とはいかなかったが、正樹とヨシオの二人もヘリに同乗して何度もボラカイ島へ渡った。こうしてボラカイ島の家が本格的に動き出し、二か月の月日が経った頃だった。いつものように正樹とヨシオは警察で保護された子供たちと一緒にボラカイ島へ渡り、そのまま一週間だけ島に滞在した。その時、島で楽しそうに遊ぶ子供たちを見ていたヨシオが迷いだした。それを見て取った正樹はタイミングを見計らってヨシオにこう言ってみた。
「いつか、ここのボラカイの子供たちの中から俺の仕事を手伝ってくれる秀才がきっと出てくるだろう。一生懸命に勉強をしているからな。俺の片腕になってくれる奴が現われるはずだ、日本語もペラペラでさ、日本とのビジネスも出来る凄い奴が必ず育ってくる。早く、俺の手伝いをしてくれる子が出てこないかと、俺は今から楽しみにしているんだ。」
 それを聞いて、ヨシオはボラカイ島で勉強を始めている子供たちに嫉妬心を感じたらしく、更に迷いだした。翌日、ヨシオは正樹にこう言った。
「兄貴、やっぱり、おいらもボラカイ島で勉強することに決めたよ。だから、兄貴、俺のことを忘れないでくれよ。いつも島に来てくれよ。」
「そうか、やっとその気になったか。お前がそれを言ってくれるのを、俺はずっと待っていたんだ。お前がそばにいなくなると寂しくなるがな、それは仕方がないことだ。俺も頑張って勉強するから、ヨシオも島で一生懸命頑張れ!」
 とうとう正樹はヨシオを島に残してマニラに帰ることになった。ヘリの定期便が到着して、また新しい三人の混血児が来島して来た。その子供たちと入れ代わるように正樹はへりの座席についた。ヘリが飛び立つ時、ヨシオはリンダと買い物へ行っていて留守だった。正樹は辛い別れにならずに済んだことを感謝した。ボラカイ島の空は限りなく澄んでいて、強くまぶしい太陽は正樹とヨシオのことも照らしていた。


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