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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第38回   モンキーハウス
モンキーハウス

 南国の太陽はやはり違う。汗をかいてもすぐTシャツなどは乾いてしまう。紺や黒のシャツだと汗をかいた後にそのままにしておくと体の塩分が白くシャツの表面に残ることもある。正樹とディーンの二人はヨシオが消えてしまったロビンソンデパートの入り口付近の露店やタバコ売り、各入り口の警備員ひとりひとりに聞いて歩いた。ヨシオを捜し出す何か手がかり、情報はないかと聞いてまわった。しかし何の手がかりもないまま、時間だけがどんどんと空しく過ぎ去っていった。
「ディーン、もう休憩にしようよ。もしヨシオの身に何かが起こったのならば、これだけ聞いて歩いたんだ。誰かが何かを知っているはずだよ。何も手がかりがないということはやはりヨシオは自分から何処かへ消えてしまったのに違いないよ。」
 昨日とは打って変わって粘りのない正樹であった。ディーンと映画を観ることばかりを考えている正樹であった。ディーンが語気を荒げて反論した。
「まだ諦めるのは早いわよ。そんな結論を出すのはまだ早過ぎるわ。」
「分かった、分かった。そんなにムキになって怒るなよ。分かりました。今日はヨシオのことだけを考えることにします。」
 正樹はディーンと映画を観ることはもう諦めて再びヨシオが消えてしまった入り口の警備員詰め所へ行ってみた。さっき答えてくれた警備員とは別の警備員がいたので昨日もここにいたかどうか聞いてみた。正樹にはサングラスをかけたガードは皆同じに見えた。そのガードは正樹が日本人であることに気づくと、途端に親切になった。話をしているうちに、どうやら昨日ここにいたのは別のガードであることがだんだんと分かっってきた。昨日の担当者と話がしたい正樹はさっと百ペソ紙幣をタイミングよくそのガードの手のひらに握らせた。彼はちらりと手の中を見てから、それをさっとポケットにしまい込んだ。急に愛想も良くなり、真剣に正樹の話を聞き始めた。
「ついて来な。事務所に案内するから、ついて来な。多分、昨日の担当者がまだ事務所にいるはずだよ。」
 正樹とディーンはその警備員の後についてデパートの裏口から中に入った。地下の一番奥まった場所に警備員たちの事務所はあった。ドアを開けてまず目に飛び込んできたのは万引きをして捕まったとおもわれる者たちだった。相当数いた。初犯で警備員から説教されている者もいれば、万引きの常習者らしく、警官に引き渡されている者もいた。奥の部屋から話を聞いて大柄の警備員が出て来た。
「何か、俺に用か?昨日は確かに俺の番だったけれど、何が聞きたい?」
 まったく無愛想な奴だなと正樹はおもったが、大切な情報提供者になるかもしれない相手だ。我慢して話をした。しかし警備員の語学不足からなのか、どうも正樹ではうまく用件が伝わらなかったので、ディーンが代わってタガログ語で説明を始めた。その恐ろしく強そうなガードは一通りディーンの説明を聞くと、正樹の方へその大きな体を向き直しながら言った。
「ああ、覚えているよ。あんたの連れのガキを中に入れなかったのはこの俺だよ。あいつは路上生活者だからな。俺は俺の仕事をちゃんとしただけだ。あのガキ、確かヨシオとか言う名前だったな。何度も万引きをして捕まっているから、結構、有名なガキだぜ。」
「それはそれでいいんだ。何もあんたを責めているわけじゃないんだ。私が一人で買い物をしている間にヨシオが消えてしまったんだ。そのことについて何か知らないかとおもって来たんだ。もし何か知っていたら教えてくれませんか?」
「知らんな、ヨシオとか言うへんてこりんな名前のガキのことは他には知らんな。」
 その時である、横槍が突然に入った。それも素晴らしい正に的を得た横槍が万引き常習者の一人から飛んできた。
「ヨシオなら昨日、警察で見かけたぞ。署長の部屋から出てくるのを見たよ。あのジャピーノのヨシオのことだろう。間違いないよ。あいつは何かをして捕まっていた。」
 やはりヨシオは拘束されていたのだ。自分から消えたのではなかった。ディーンが詳しく事情を聞く為に、その万引きに近寄り話を始めた。一方、正樹は警備員たちと今情報をくれた万引きを許してもらえないかどうか交渉を始めた。もちろんお金である。おおっぴらに事を運んでは裏目に出てしまうが、やり方によってはうまくいくこともある。安い給料で働かされているガードたちだ、時には万引きを取り逃がすことだってある。百ペソを二枚丸めて周囲の人々に気づかれないようにこっそり渡した。後は言葉は必要なかった。ガードは手でもって合図した。いいから、早くどこかへ消えろ。早くしろとその手は語っていた。正樹とディーンは万引きを連れてデパートの外へ出た。正樹は探偵というものは随分とお金がかかるものだなとおもいながらも、また財布の紐をほどいて大切な情報をくれた万引きに百ペソを渡した。ところがこの万引きは眉を寄せて、もっとよこせと要求してきた。それには正樹は腹を立てた。
「それで十分だろう。こうして外に出られたのは誰のお陰だとおもっているんだ。」
 正樹が渋っているのを見て取り、ディーンがもう五十ペソをさっと手渡してその万引きをおいやった。正樹はお金で事を運ぶのは良くないことだと知ってはいたが、今回はヨシオのことをまず優先して考えた。その後は簡単だった。二人は警察に行き、ヨシオが移民局の隣にあるモンキーハウスに留置されていることを警察署長の口から直に聞き出した。
「あいつには本当に手をやかされている。どうやっても直りそうにないのでな、今回はちょっときついお灸をすえてやった。ここの留置所がいっぱいだったものでな、しばらくモンキーハウスで預かってもらうことにしたんだ。ヨシオがここに連れて来られた時にな、わしの友人がおってな、彼はモンキーハウス担当官でな、ヨシオを一緒に連れて行ってもらった。」
 正樹が勇気を出して署長に言った。
「こんなことを聞いてよいのかどうか分かりませんが、どのくらいヨシオをそのモンキーハウスに入れておくつもりなのですか?」
「来週、わしの時間が空いた時にな、モンキーハウスに行ってみて、ヨシオが反省しているかどうか見てな、それから決めることにする。」
「そんなことがあなた一人の・・・・・・・」
 慌ててディーンが正樹を止めに入った。今、ここで署長を怒らせたら大変だとディーンはおもったからだ。正樹をさえぎるようにディーンは署長に訊ねた。
「あのう、あたしたちはヨシオに面会することは出来ますか?」
「あと三日間は駄目だ。独りで反省させたいからな、そうでないとせっかくモンキーハウスに入れた意味がなくなってしまうからな。」
「分かりました。それでは三日経ったらヨシオに会ってもいいのですね。」
「まあ、いいだろう。」
 署長は再び正樹に向かって不思議そうに話しかけてきた。
「ところで、あなたは日本人でしょう。何でそんなにヨシオのことに興味があるのですか。前にどこかでヨシオに何か盗まれでもしたのですかな。もしそうなら面会を許可するわけにはいきませんよ。ヨシオを守ることもわしの仕事なのですから。分かりますか?」
「ヨシオがジャピーノだからですよ。同じ血を引く日本人として責任をとても感じております。何とかヨシオに夢と希望を与えてやりたいと考えています。生意気な事を言うようですが、ヨシオには今、誰かの助けが必要だとおもいます。」
「ほーう、わしは日本人はみんな助平な連中ばかりだとおもっていましたが、おまえさんみたいなお人もいるんだ。感心、感心、もし良かったら、この街にはヨシオみたいなのが他にもたくさんゴロゴロしておるから、どうだね、そいつらをみんな引き取ってはくれんかね。まあ、それは冗談だが、正樹さんとやら、兎に角、今はわしはヨシオを私なりに教育しているところだ。分かるかね。決してヨシオをいじめているわけではなんですぞ。誤解してもらっては困りますぞ。」
「分かりました。では、三日経ったら、ヨシオに会いに行きますから、よろしいですね?」
「どうぞ、ご自由に、でも、あいつの処分は来週考えますから、そのおつもりで。」
 正樹とディーンは警察署長から言われた三日間という期間を完全に無視した。警察を出るとすぐにその足でモンキーハウスへ向かった。
 予想していた通りに容易にはヨシオと面会は出来なかった。不本意ではあったが、やはりここでも正樹は実弾にものを言わすことにした。正樹はほんの数分間の面会を千ペソの落し物で手に入れたのだった。誰も法に触れるような賄賂めいたお金は渡さなかった。ただ、うっかり千ペソを床に落としてしまって、偶然にも開いていた扉から中に入っただけのことだった。モンキーハウスの中にはギシギシゆがむ三段式のベッドがぎっしりと並べられていて、ヨシオを捜し出すのに、おもったよりも時間がかかってしまった。一番奥の部屋の隅っこでうずくまっているヨシオを見つけた正樹は小さな声で叫んだ。
「おい、ヨシオ、しっかりしろ。俺だ、分かるか。おい、目を開けろよ。」
 正樹は何度も声をかけたがヨシオからの返事はなかった。その小さな体を揺すってみたが同じで、まったく反応はなかった。正樹は素早くヨシオの腕を持ち上げて脈を確かめてみた。するとまだ脈はあった。振り返ってディーンの顔を見上げながら言った。
「弱いがまだ脈はある。ディーン、この子を病院に運びたい。ここのボスに話をしてくれないか。このままだと間違いなくヨシオは死んでしまうよ。もしお金で何とか出来るものなら、幾らかかってもいいから、交渉してみてくれないか。興奮している僕より君の方が話がうまく出来るだろうからね。頼むよ。」
「分かったわ、やってみる。ちょっと待っていて、責任者と話をしてくるから。」
 ヨシオが留置されている部屋には数名の不良外人が一緒に入れられていた。正樹の方をベッドの上からうつろな目でぼんやりと眺めていた。ヨシオがこんな状態になるまで知らんふりをして、ほったらかしにしておく連中だ。どうせ麻薬の常習者か何かに違いない。まともな人間ならば、ヨシオがこんなに衰弱する前に看守に報告していたはずだ。きっとヨシオの食事でも横取りしていたんだろうと正樹はおもった。まったく情けない奴らだ。そのろくでもない連中に向かって正樹は大声でどやしつけた。
「おい、おまえら、おまえらは人間のクズだよ。何を見てやがんだ!」
 日本語で怒鳴りつけたので、その意味は彼らには理解できなかっただろうが、正樹の気迫で不良外人たちはベッドの中に頭をさっと引っ込めてしまった。
 ディーンが小柄なモンキーハウスの責任者を連れて戻って来た。その背の低い主任看守はゆっくりと跪いてヨシオの様子をまじまじと見てから言った。
「これはいけないな。危ない、すぐに病院へ移そう。」
 その責任者は簡単に正樹に挨拶した後、正樹の顔を見ながら丁寧に言った。
「話は彼女から聞きました。後で何枚か書類を書いてもらいますが、兎に角、一刻も早く、ヨシオを病院に入れてやって下さい。警察署長には私から連絡しておきます。この子を病院に移すことを許可します。」
 おいおい、おまえらは何もしないつもりなのか?この子がこんなになったのはお前らにも責任があるのと違うのか。ふざけるなよ。正樹は心の中でそう呟いた。もういい、兎に角、時間がない、ヨシオを救うことを考えよう。正樹は両腕でしっかりとヨシオを抱き上げ、自分の胸にヨシオを抱え込んだ。正樹とディーンはモンキーハウスを出て、隣のイミグレーションの正門玄関で待機していたタクシーに乗った。迷うことなくウエンさんが働いている病院へ向かった。その病院の治療費は目の玉が飛び出るほど高いことは知っていたが、正樹はただヨシオを救うことだけを考えていた。病院に着くとすぐにヨシオは集中治療室に入れられた。しかし、この国の最高峰の最新鋭の医療をもってしても、ヨシオの意識は一向に戻ってくる気配はなかった。


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