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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第37回   ヨシオ
ヨシオ

 マニラの通りには至る所に穴が開いており、雨が降るとたちまちそこに水が溜まり交通が渋滞した。下水施設が完備されていない裏道などは洪水で歩けなくなることもしばしばで、台風のような大雨の時などは、皆、すべてをあきらめて、その日の活動を停止した。この自然には逆らわない姿勢がおおらかな、あまり時間にはこだわらない国民性をつくり上げたのかもしれない。正樹はボラカイ島から戻りマニラで大学入学の準備を進めていた。事件はその時に起こった。昼過ぎから教育省へ留学許可を正樹一人で申請に行った帰り道のことだった。昨夜より断続的に降り続いた雨でマニラの裏通りには大きな水溜りが幾つも出来ており、正樹はバス停へ行く為に近道を通ろうとした時だった。その裏道で一人の少年が二人連れの日本人によって水溜りに殴り倒されるのをたまたま目撃してしまったのだ。起き上がってくる少年の胸倉を掴み上げて、大男は少年をまた殴りつけた。再び降り始めた雨の中で少年はまったく抵抗する様子もなく軽々と宙に舞い上がり、茶色く濁った水溜りの中に殴り飛ばされた。何とも吐き気のする光景であった。それはまるで無抵抗の者を武装した兵士がいたぶるかのようでもあった。正樹の正義感に火が点いたのは三度目の時だった。大男がまた少年をつかみ起こそうとしたその時、正樹はありったけの大声で叫んだ。
「おい、おまえら、何をしているんだ!大の大人が二人して子供を殴ったりして、いい加減にしろ!もう、止めないか。」
 渡辺社長が正樹を睨み付けた。正樹は再び吠えた。二対一では勝てる自信はなかったが、言葉だけでも何とか優勢になろうと眉を寄せながら、凄みまで利かせて、ありったけの声で吠えた。
「おまえら、弱い子供を二人がかりでいたぶったりして、どんな理由があるのか知らないが、いい加減にしろ!恥ずかしくはないのかよ。もう止めろ!」
 渡辺社長がそれに答えた。
「こいつは盗人だよ。俺の財布やパスポート、航空券も盗みやがったんだ。睡眠薬強盗の手引きをしやがったんだ。その悪ガキを懲らしめて、何が悪い。」
 それを聞いて少し怯んでしまった正樹だったが、尚も威圧的に言葉を吐き捨てた。
「だからと言って、無抵抗な子供を殴っていいことにはならんだろうが。おまえらのしていることは立派な犯罪だぞ。大勢の警官が寄ってたかって無抵抗な黒人に乱暴を加えているのとちっとも変わらないじゃないか。さっきからな、おまえらのやっていたことはちゃんとビデオに撮っておいたからな。いいか、この映像を流したら、世間はおまえらのことを黙ってはいないからな。覚悟して置けよ。」
 正樹ははったりまでかましてしまった。しばらくの間、沈黙が流れた。ここまでくると渡辺社長も正樹も双方がどう収拾をつけたら良いのか迷ってしまった。ヨシオは倒れたままで、じっと正樹のことを見つめていた。ヨシオには日本語のやりとりが理解出来るわけがなかった。しかし日本語は自分の母国語なのだ。父の国の言葉を理解出来ない自分が何とも歯がゆかった。そして今もし、警察に連れていかれれば、今度こそ刑務所行きだと、ヨシオはおもっていた。何故なら、この前捕まった時に警察署長がそう言っていたからだ。署長はマルコスとかいう大統領が外国人に悪さをした人間には重罰を与えると決めたと言っていた。町をうろついているポリスからも何度も同じ事を聞かされていた。だから今度こそ刑務所行きは間違いないとヨシオは覚悟をしていた。いや、ひょっとすると電気椅子に送られるかもしれないと子供心に心配していた。ヨシオは倒れたままで事態の成り行きを見守っていた。すると今までただじっとしていた、もう一人の痩せた色黒の男が自分のことを殴った大男に何かを言い始めた。
「社長、もう、十分ですよ。パスポートのことは芳子さんと何とかしますから、もう止めましょう。帰りましょう。」
 高瀬はこの件がもし警察沙汰にでもなれば、自分たちが不利になると素早く計算をして、そう言ったのだった。自分の将来にとってもマイナスになると読んだのである。高瀬は社長の腕を引きながらも一度言った。
「もう、行きましょう。」
 この時、高瀬は正樹には一言も声をかけなかったが、この二人の出会いも運命だけが成しえる業で、後に高瀬と正樹は深い信頼関係で結ばれることになるのだ。人生とは不思議で、そして何と素晴らしいものなのだろうか。やはり神様は存在していて、人と人をうまく引き会わせているのだろうか。
 雨がまた強く降り始めた。それを待っていたかのように渡辺社長と高瀬は足早に去って行った。そして正樹とヨシオだけがその場に残された。正樹が誰の物とも判らない帽子を拾ってヨシオの頭に被せた。正樹はもしヨシオが重症ならば、即、病院へ運ぶつもりだったが、見た感じでは大丈夫そうであった。
「大丈夫か?」
 英語でヨシオに声をかけてみたが返事はやはりなかった。ヨシオはただじっと正樹のことを見上げていた。大粒の雨がヨシオの顔を叩きつけていた。正樹はそのヨシオの目の輝きでもって判断を誤ってしまった。医者には連れて行く必要はないなとおもってしまったのだ。正樹はヨシオをその場所に残してバス停に向かうことにした。歩き出してから、後ろを振り返りざまに言った。
「ぼうず、じゃあな、またな。早く家に帰りな。殴られたところは氷で冷やすといいよ。」
 正樹はそういい残して道を急いだ。しかしヨシオには帰る家などはどこにもなかったのだ。自分を捨てた父と同じ日本人たちを騙すことだけに生き甲斐を感じて生きてきたヨシオは正に刑務所に入れられる寸前のところで、選りに選って自分が最も嫌う日本人によって助けられたのだ。ヨシオは深い衝撃を子供ながらに受けていた。初めてヨシオが誰かの為に何かをしたいと感じたのもこの時が初めてだった。ヨシオは夢中で正樹の後を追った。
正樹はヨシオが自分の後からついて来ていることに気がついていた。正樹は角を右に曲がった所で全力で走り、次の角を曲がって物陰に身を隠した。案の定、ヨシオは必死になって走って来た。ビーチサンダルの片方が脱げてなくなっていた。正樹はヨシオの後ろに素早く回りこみヨシオの背中に向かって言った。
「おい、何で俺をつけてくるんだよ?」
 ヨシオからは返事はない。ヨシオは振り返り、ただ黙って正樹の顔をじっと見上げていた。ヨシオがにやりと笑ったのは次の瞬間だった。半分かけた前歯がにょきっと現われた。正樹はおもわず吹き出してしまった。その表情は痛々しいというよりはむしろ滑稽だったからだ。よく見てみるとヨシオの顔はさっきよりもかなり腫れ上がってきており、普通のこの年代の子供ならば、これだけのダメージを受ければ、泣き叫んで七転八倒するところだろう。しかしヨシオはけろりとしているではないか。何と強い子供なのだろうと正樹は思った。正樹はこの時点ではヨシオが日比混血児であることにはまだ気づいてはいなかった。
「おまえ、名前は何というのだ?」
 返事を期待せずに正樹は言ってみた。
「ヨシオだよ。」
 何と言うことだ。目の前の少年は自分と同じ日本人の名前を確かに言った。正樹はもう一度聞いてみた。
「おまえのフルネームだ。ちゃんとした名前だよ。何と言うんだい?」
「ヨシオ・バスケス・原田だよ。」
「そうか、オヤジさんの名前は原田と言うのか、バスケスは母親の名前だな?」
「そうだよ。」
 ヨシオは簡単な英語は理解出来るようであった。きっと観光客を相手に商売をしながら覚えたのだろう。正樹は続けざまに質問をしてみた。
「おまえの父さんと母さんは元気なのか?今、どこにいる?」
「もう、死んじまったよ。」
「二人ともか?」
「母さんは死んだよ。」
「じゃあ、オヤジさんは?」
「父さんのことは知らない。会ったことも見たこともないからな。」
「悪いことを聞いてしまったな。すまん。おまえの家はここから近いのか?」
「家? 家なんてないよ。でも大体、寝る場所は決まっているよ。商店が閉まってから歩道で寝るんだよ。空き缶を傍に置いておくと、朝までに小銭がいっぱいになっていることもあるんだぜ。そんな時はね、教会へ行って半分だけ献金してくるんだ。俺は半分だけで十分だからね。そうすると、また同じ額だけ戻ってくるって死んだ母さんが言っていた。」
「そうか、ヨシオは教会が好きか。」
「いや、別に好きなわけではないよ。ただ死んだ母さんがいつも教会で祈っていたからね、何となくさ、教会にはまだ母さんがいるみたいでさ、俺にはよく分かんないや。でも教会で座っているとほっとするんだよ。」
「ヨシオ、おまえ、最後に飯を食ったのはいつだ?」
「三日前に食べた。あれはついていたな。レストランの裏口で余り物をいただいたよ。犬が来る前にお頂戴した。あれは早い者勝ちだからな。滅多にないことさ。ついていたよ。」
 この国ではレストランからゴミや残飯は日本のようには出てこない。客は食べきれずに残したものは家に持ち帰る習慣があるからだ。それはどんなに金持ちでも同じで、食べ残したものはウエイターを呼んで包んでもらうのだ。その為の紙袋や折箱がレストランには用意されていて、誰も恥ずかしがらずに持ち帰る習慣が定着している。それは素晴らしい習慣であって、是非、日本人も見習ってほしいものである。食べ物を大切にする心はとても良い習慣である。日本人が学ばなければならないことがこの国にはたくさんあるが、その食べ残しを持ち帰る習慣もその一つだろう。日本の環境問題、特にゴミ問題の観点からも言えることで、日本人の誰もが食べ物を大切にすれば、ゴミの量は桁違い少なくなってくるはずだ。ただヨシオのような路上生活者にとってはレストランの残飯が減ってしまうので、逆に死活問題なので、あまり有り難くはない習慣なのかもしれない。
「ヨシオ、これから飯を食いに行こうか。俺は日本食が急に食べたくなった。案内してはくれんか?」
「ああ、いいよ。付き合ってやるよ。」
「俺はまだマニラに来たばかりでどこに日本料理のレストランがあるのか知らないんだ。おまえ、知っているか?」
「ああ、知っているよ。レストランのことならよく知っているよ。案内してやるよ。」
「頼むよ。でもおまえのその格好じゃあ、レストランには入れないな。Tシャツと靴を俺が買ってやるから、まず近くのデパートへ連れて行ってくれるか。」
「分かった。俺について来な。」
 デパートの入り口でヨシオはガードによって当然のごとく店に入ることを拒否されてしまった。ガードは一見してヨシオが路上生活であることを見破ってしまった。仕方なく正樹一人で中に入ることにした。ヨシオにはすぐに戻るから外で待っているようにと何度も何度も言い聞かせてからデパートの中へ入った。正樹は育ち盛りのヨシオの為に少し大きめのTシャツと長く使えるように大きめのサイズの靴を選んだ。正樹はあまり時間をかけずに買い物を済ませた。しかし外に出てヨシオを捜したが彼の姿はもうどこにも見あたらなかった。正樹はそこに立ってヨシオが現われるのをじっと待つしか方法はなかった。気が遠くなるような長い時間が過ぎてしまった。それでも正樹はヨシオのことをただ待ち続けた。入り口にいれば必ずヨシオが自分のことを見つけてくれるものと信じていたからだ。正樹は自問自答を繰り返していた。さっきここでヨシオに待つように言った時、彼は確かにうなずいて見せた。俺の言ったことはちゃんと伝わっていたはずだ。とするとだ、誰かに無理やり連れて行かれた可能性が極めて高いのでは?あるいは人を信じないで生きてきたヨシオのことだ、ヨシオは俺の言ったことをいつもの通りすがりの観光客の気まぐれとおもったのだろうか。いずれにせよ、俺はもう五時間もここで彼を待っている。もう十分だろう。何でそんなにヨシオにこだわるのだ。ただのホームレスの子供ではないか、もうアパートに帰ってディーンと楽しい時間を過ごした方がどれだけ良いのか、もうヨシオは来ないよ。ヨシオはまた日本人のカモでも見つけたのだろう。正樹は同じ事を何度も繰り返し考え続けていた。通りはすでに夕方の交通渋滞が始まっており、空しく車のライトだけが動いていた。正樹はその車の混雑が峠を越した頃、やっと帰ることにした。ヨシオを待ち続けてもう八時間という長い時間が過ぎてしまっていた。何がいったい正樹をそうさせたのか正樹自身にもよく分からなかった。普段の正樹ならとっくの前に怒ってその場を立ち去っていたのに違いなかった。
 アパートに帰った正樹はヨシオの話をディーンにした。ディーンは正樹の為に夕食の支度をしながら正樹の話を楽しそうに聞いていた。お手伝いのリンダがボラカイ島に残ってしまったので、ケソン市のアパートの家事は三姉妹が手分けをしてやっていた。もう一人居たお手伝いは買い物の度におつりをごまかしていたことがボンボンの姉さんにばれて追い出されてしまっていた。だから今はリンダのやっていた仕事はウエンさんとノウミ、そしてディーンの三人で交代でやっていた。また新しいお手伝いさんを田舎のビコールから呼び寄せることが決まっていたが、なかなか信用が出来る人が見つからずにいた。
 正樹は食事が終わり、流しで食べた後の食器を洗いながらディーンと話をした。
「ねえ、正樹、明日さ、もう一度、その子がいなくなったデパートの前に行ってみない。何で、ヨシオとか言うその子が、突然に消えたのかが分かるかもしれないから。」
「いいよ、ディーンがそう言うのだったら、行ってみようか。でもそのデパートの中には映画館もあるから、もし良い映画をやっていたら、ついでに観ようね。その後に食事も、いや映画の前がいいかな。」
「ねえ、正樹、あたしはやっぱりその子、ヨシオは誰かに連れ去られたとおもうな。だってさ、正樹のことを待っていれば服や靴がもらえたんでしょう。それに高い日本料理も食べることが出来たわけなんだから、それを止めて行っちゃうなんて考えられないわ。何かがデパートの前で起こったのよ。正樹が買い物をしている間に、きっと何かがあったのよ。あたし、そういうのって、ちょっと興味があるな。明日、現場に行って調べてみましょう。」
「何だかディーンは探偵みたいだな。だけどさ、何で僕は何時間も見ず知らずのあんな奴を待っていたのだろうね。いつもの僕だったらあんな無駄な時間は使わなかったはずだ。何が僕をそうさせたのだろうか。」
「それは正樹が優しい人だからよ。それにヨシオは正樹と同じ日本人の血を引いているからじゃない。」
「今度、あいつに会ったら、ボラカイ島の話をしてみようかな。実はね、ディーン、昨日、食事をしながら茂木さんの家の話をヨシオにしようと思っていたんだ。」
「そうね、そのヨシオとかいう子、このままマニラにいても、どんどん悪い方に流れて行きそうだものね。あの子にとって、今、大切なことは教育だわ。ボラカイ島の茂木さんの所で勉強出来るのならば、そっちの方が良いに決まっているわよ。それにその子は両親がいないんでしょう。それなら尚のこと、誰かの助けが今は必要よ。」
「でもヨシオはボラカイ島へ行くだろうか?」
「そりゃあ、正樹が一緒に行けば行くわよ。でも最初は遊びに行くぐらいの乗りで誘うのよ、決して勉強の話はしちゃだめよ。ああいう子供たちは警戒心が人一倍強いものよ。初めから茂木さんの家で勉強するなんて言ったら、もう行きたくないと言い出すのが関の山だわ。」
「そうかもしれないね。でもあのボラカイ島のきれいな海と空はきっとヨシオの心を開いてくれるとおもうよ。この僕だってあんな所に住めるのなら、ずっと住んでみたいもの。」
「あら、あの家はボンボン兄さんの名義だけれど、茂木さんはみんなの家だと言っていたわ。だから正樹の家でもあるし、あたしの家でもあるのよ。」
「と言うことは僕たち二人の家だとも言えるわけだね。」
「そうよ、私たち二人の家でもあるのよ。それからね、もしヨシオとボラカイ島へ行くことになったら、約束して頂戴、すぐに帰って来るって、用が済んだら、さっさと戻って来ること、いいわね。」
「うん、分かった。あまり自信はないけれど努力してみるよ。じゃあ、明日はヨシオが消えてしまったロビンソンデパートへ行ってみようか。何かヨシオの手がかりがつかめるかもしれないからね。ディーン名探偵が一緒なら、きっと何かが分かるよ。期待している。」

 その頃、ヨシオは移民局のすぐ隣にあるモンキーハウスに留置されていた。モンキーハウスは外国人の犯罪者を一時的に留置しておく監獄である。一見、普通の民家のように見えるが、よく見ると窓という窓には鉄格子がはめられていて、その窓の中には見るからにだらしのない不良外人たちがいつもごろごろしていた。何故、モンキーハウスが移民局のすぐ隣にあるのか、それはビザの延長などで、手続きに来る外国人の目に付きやすい場所にわざと置き、犯罪の抑止をねらっているのだ。犯罪を犯すとこうなりますよと言っているようなものだ。モンキーハウスの中には三段もある粗末なベッドが幾つも並べられていて、おまけに風通しもあまり良くないので極端に暑苦しい。見るからにとても快適とは言えない留置所である。その奥の一室の片隅にヨシオはうずくまっていた。ヨシオはロビンソンデパートの前で正樹を待っていた時にちょうど運悪く、前に騙したことのある日本人に見つかってしまって警察に突き出されてしまったのだ。ところが困ったのは警察署長の方であった。警察の留置所はすでに満杯状態で悪質な犯罪者で溢れていた。この手の子供たちをいちいち留置していたら切りがなかった。それこそ留置所がいくらあっても足りないという事になってしまう。しかし署長は本当にヨシオには以前から手をやいていた。もう何回も連れて来られていたからだ。たまたま署長の部屋にいた移民局の友人に相談してみたところ、二週間ぐらいなら、モンキーハウスでヨシオの面倒をみてもいいということになった。モンキーハウスはお世辞にも居心地の良い留置所とは言えなかったが、ヨシオにお灸をすえるのにはもってこいの場所だと話が決まり、法律のことや裁判のことを知らないヨシオに警察署長はこう言った。
「おまえは混血児だからな、おまえを入れておく刑務所などはこの国にはない。だいたいおまえはこの国の国籍を持っているのかな?ない場合は国外退去処分にするが、おまえを受け入れてくれる国がない場合には困ったことになるな。兎に角、おまえを外国人の犯罪者を入れておくモンキーハウスに送ることにした。いいな。だいたいこの国の人間でもない者に大切な税金を使うのももったいない話だよ。おまえをどうするかしばらく考えることにする。いつまでもただ飯を食わせるわけにもいかんしな、どうしたらいいか大統領閣下様と相談してみるから。いいな、覚悟しておけよ!」
 ヨシオは警察署長の言ったことをヨシオなりに百パーセント理解した。外国人に悪さをした者は重罰に処すると命じた大統領はきっと自分のことを電気椅子に送るだろうとおもった。出生届など聞いたこともないヨシオは体中の力がすべて抜け落ちてしまった。おまけに渡辺社長に殴られた頭がひどく痛んできていた。何箇所か骨折もしているようだった。そして警察署長の大きな誤算だったのはヨシオがこの三日間何も食べていなかったことを知らなかったことだ。モンキーハウスで出される粗末な食事も同室の麻薬中毒のチンピラ外人に取り上げられてしまい、ヨシオの口には一欠けらも入らなかった。
 ついにヨシオは死んだ母さんの処へ行く決心をした。部屋の隅にうずくまって静かにその時が来るのを待っていた。父親に会う手がかりなんてまったくありはしないのだが、それでもヨシオは死ぬ前に一度だけでも自分の父親に会ってみたかった。そのことがけが心残りだった。

 意識が朦朧とする中で、ヨシオは考えていた。これまで何も楽しいことなどなかったじゃないか、死んだ母さん以外には誰も俺のことをやさしくしてはくれなかった。唯一、俺のことを救ってくれた日本人の兄貴との約束も簡単に破ってしまった。もう生きる意味なんて、まったくないさ。ヨシオは両手でひざを抱えながら天使が降りてくるのをただひたすら待っていた。


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