20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第35回   ハイアライ
ハイアライ

「高瀬さん、こんなに親切にしてもらって、こんなことを言うのは心苦しいのだが、お金が届くまでの間でいいのだがね、四十万円ほど都合してもらえないだろうか。」
 渡辺社長は何の遠慮もなく高瀬青年にさらりと言った。渡辺社長にとっての四十万円という額は一晩でなんなく使いきることが出来る端金だが、不況の為に無理やり会社を休まされている高瀬青年にとって、それは一年分の大切な生活費であった。そして四十万円という額は高瀬の現時点での全財産でもあった。渡辺社長はビールを口に含み、それで口を濯いだ後、ごくりとそのまま飲み込んだ。それが女の子たちから一番嫌われる行為であることを知らないらしい。渡辺社長はもう一度、同じ様にビールで口を濯いでから、平気な顔をして話を続けた。
「送金があり次第お返しする。もちろんお礼はちゃんとするつもりだよ。どうか助けてくれないだろうか。」
 渡辺社長はさっき芳子さんの事務所から確かに自分の会社に電話で百万円の送金を依頼していた。確かに自分もそれを聞いていた。高瀬は四日間ぐらいなら、特に問題はあるまいとおもった。社長の話ぶりや態度から高瀬は社長を安易に信用してしまった。
「ええ、いいでしょう。ご用立ていたしましょう。」
「そうですか。それは有り難い。助かりました。」
高瀬はあたりを見回しながら、財布を取り出して、札を二度数えて渡辺社長に四十万円を渡した。社長はそのお金を数え直すこともせずにさっとポケットにしまい込んだ。
「高瀬さん、今夜は付き合ってくださいよ。あなたからお借りしたばかりのお金で誘うのもなんだが、今夜はパアッと行きましょう。嫌な事ばかり続いたものだから、気分を変えないとね。せっかくマニラくんだりまでやって来たんだ、少しは楽しまなくてはもったいない。時は金なりだよ。危うく大切な時間を四日間も無駄にするところだった。高瀬さんがいてくれて良かったよ。本当に助かりました。」
 店の壁にかかっている時計を見ながら、社長が続けた。
「おっと、もうこんな時間だ。芳子さんのところに行って、日本からの送金の連絡が入っているかどうか確かめなくてはいけませんね。そろそろ上へ行きますか。ここの払いは私がしますから、どうぞ、ご心配なく。」
 渡辺社長はテーブルの上に残った料理をがばがば平らげ、ついでに高瀬が飲み残していたビールまでも、そのでかい胃袋に一気に流し込んでからウエイターを呼んだ。高瀬はその姿を見ていて、何か胸苦しさを感じた。
 二人が芳子のデスクに戻った時、彼女はすでに帰宅してしまった後だった。机の上にはメモが置いてあり、送金の連絡はまだ届いていないので、明日、また来るようにと書かれてあった。高瀬は一抹の不安を感じたが、時は既に遅しである。高瀬の全財産はすでに渡辺社長のポケットの中にあった。
「なあ、高瀬さん、この国のカジノへ行ったことがありますか。どこでやっているのかご存知かな?土産話に雰囲気だけでも味わってみたいのですが。」
「ここのカジノは一日中やっていますよ。でもあまり人がいない時間帯に行ってもおもしろいものではありませんよ。カジノはやはり夜の九時を過ぎないと活気がありません。まだこの時間ですとハイアライの方がお勧めですね。それが終わってからカジノへ行った方が良いでしょう。社長はハイアライをご存知ですか?」
「何です、そのハイアライというのは、ガイドブックの片隅に写真が載っていたやつかな?よく読まなかったな、何なんですか。」
「ハイアライはこの国の庶民にとっては本当にささやかな楽しみであり、また国民意的なギャンブルでもあります。だからルネタ公園の海とは反対側の一等地に競技場があるのですよ。まあ、話だけでは説明が出来ませんから、兎に角、そこへ行ってみましょうか。着いてから説明したほうが分かり易いですからね。」
 二人は芳子の事務所を出て、ホテルの一階で円をペソに両替した後、表通りからタクシーでハイアライの競技場へ向かった。
「なあ、高瀬さん、こちらのタクシーはみんなドアを手で開けるんだな。」
「そうですね、日本ではタクシーはすべて自動ドアで、僕らはドアを開けたり閉めたりしたことはありませんよね。でも、どうでしょう、世界中でタクシーのドアが自動ドアなのは日本くらいなものかもしれませんよ。僕はあれはちょっとやり過ぎで、過剰なサービスのような気もしますね。」
「それとな、高瀬さん、さっきから窓の外を見ていて感じたんだがね、この国は歩行者優先ではなくて完全に車優先の社会のようだね。信号も少ないし、あれじゃあ、お年寄りはとても大通りなどは横断出来る状態ではないな。運転も荒っぽいし、車線の変更も争うようにやっている。この国には交通ルールは果たしてあるのだろうかね。まあ、日本と比べると通りは比較的広いので、ぶつからずに済んではいるのだろうがね。わしはこの国ではとても恐くて運転はする気にならんな。」
「同感ですね。みんなよくぶつからずに運転していますよね。本当に感心しますよ。それぞれが皆、我先に行くことばかりを考えているみたいで、ちっとも譲り合いの精神は感じられませんね。それと車がお金持ちの象徴でもあるかのように、どの車も歩行者を見下して走っていますよね。まったく人は車に乗ると人間が変わってしまうものなんですね。」
「しかし凄いね、黒い煙を吐き出しながら走っている車が多いこと多いこと。この国には規制はないのだろうかね。排気ガスの規制がさ。こんな車が公道を走ってもいいのかなとおもうのまで走っている。どの車もおんぼろじゃないか。それにあまり新車にはお目にかからないね。」
「そう言われると、そうですね。ほとんどが日本の中古車の中古車って感じですよね。何年も前に日本で走っていた過去の車ばかりだ。」
 二人は夕方の渋滞に完全に巻き込まれてしまったようだった。大通りには混雑の為にバスに乗ることが出来ないでいる女子学生やOLたちが何台もバスを見送っていた。高瀬はその姿がとても哀れに感じられた。交通渋滞とあまりの混雑でバスに乗れずに立ちつくしている女性たちが気の毒に思えてならなかった。二人を乗せたタクシーも二時間もかかってやっとハイアライの競技場の前にたどり着いた。もし、二人がタクシーを使わずに歩いていたとしたら、30分もあれば楽に来れた距離だった。
「ああ、やっと着きましたよ、社長。この緑の建物がハイアライの競技場ですよ。」
 建物の外にはたくさんの露店が並び、行き交う人々は活気に満ち溢れていた。渡辺社長は高瀬青年の後からぴったりとついて来た。高瀬青年の背中に向かって言った。
「それにしても、随分たくさん、人が集まって来ているんだね。」
「社長、さっきも言いましたが、ハイアライは国民的ギャンブルですよ。みんながここの試合の結果をそれぞれの場所で息を殺して待っているのです。下町には場外発券場が幾つもあります。正規の発券場の他にもノミ屋が取り仕切っている不法なチケットもたくさんあって、芳子さんの話ではどちらかと言うと、そっちの方が多いらしいですよ。この前も芳子さんの事務所に遊びに行った時に、昼間の早いうちからノミ屋の券を売りに何人も子供たちが来ていましたからね。この国の子供たちは違法なノミ屋の手伝いまでやらされているんです。だけど、皆、その券を買って、自分の選んだナンバーが当たるのを信じて毎日毎日生きているんですよ。本当にハイアライはささやかな庶民の楽しみなんですね。2ペソで買ったチケットが何十倍、何百倍になるのを祈りながら、毎日を暮らしているのですよ。」
 高瀬は渡辺社長を観光客の為に設けられた有料の特別席に案内した。特別席といってもただロープで仕切られただけの五十席ほどのものだ。最上階にはエアコンがよく効いたレストランもあり、食事をしながら試合も観戦出来るようになっていた。日本から来た団体客の大半はこのレストランを利用していた。ウエイターに頼めば試合のチケットも購入出来るシステムになっており、ただ当たると、多額のチップを要求されるので、高瀬は下の特別席に座ることにしたのだった。そっちの方が肌で場内の雰囲気を感じとることが出来ると思った。しかし、それが大きな間違いだった。
 場内の様子は半分が観客席で、あとの半分が大きな金網で仕切られた、横に細長いコートである。観客席から見ると正面と両サイドに巨大な壁があり、コートの床には幾つものラインが引かれてある。その試合をするコートはライトで明るく照らし出されていて、二人が席に着いた時には何人かのプレーヤーが大きなカゴを持ちながら練習をしていた。
「高瀬さん、一体何のゲームなんだね、ハイアライは?バスケットでもテニスでもなさそうだし、ただ壁があるだけじゃないかね。それに、あの選手が持っている大きなカゴは何なんだね?」
「社長、ハイアライはボールを壁にぶつけ合うゲームです。選手はあの大きな細長いカゴで壁から跳ね返ってきたボールを器用にキャッチして、また相手の立っている位置やボールの跳ね返る角度などを計算に入れながら、再び、壁にボールを投げ返します。それは時には力一杯ぶつけたり、相手が壁から遠い位置にいる時にはそっと壁にボールを投げたりもします。後ろの壁も横の壁も使います。兎に角、ボールが二度床にバウンドしてしまうと負けになります。スピードと頭脳のゲームなんですよ。そばで観ていると、結構、興奮してきますよ。」
「ルールはどうなっているんだい?どうなったら勝ちなんだね。」
「通常は六人位の勝ち抜き戦です。誰かが決められた勝ち点を取ったら試合終了となります。賭け方はいろいろあるようですが、基本的には勝ち点が多い上位二人の番号が当たれば勝ちとなります。最後の試合だけはプレーヤーが多いので上位三人の番号を当てることになります。三つの番号を当てるわけですから、当然、配当も二つの番号を当てるよりも高くなります。この最後の試合で一攫千金を狙うわけです。全国の人々はこの結果を楽しみに待っているわけなんですよ。」
「勝ち抜き戦で、一回勝つと勝ち点は一だな。順番に当たって行って、誰かが五点取った時点で試合終了だね。それで勝ち点が多い二人、例えば五番のプレーヤーが五点取ったとしよう。二番のプレーヤーが三点取っていて二着だったら、2−5、5−2、どちらでもいいのだね。」
「その通りです。私、ちょっと、今日のプログラムを買ってきますから、ここで待っていて下さいね。」
 高瀬はロープを手で持ち上げて通路に出て、素早く階段を駆け上がって行った。色黒の高瀬が渡辺社長から離れるのを見て、ここぞとばかりに胸に何かそれらしきIDを付けた場内案内係のおっさんが渡辺社長に近寄って来た。
「ハーイ、日本人ね。二つ番号当たれば勝ちね。チケット、私、買うね。二つ選んで下さい。もうすぐ始まります。社長さん、私、チケット係りね。」
 そのおっさんは自分の胸に付けた身分証明書をさかんに社長に見せている。おっさんの話は単語の羅列にすぎなかったが、それでもさっきの高瀬青年の説明があったので十分に理解することが出来た。社長はその得体の知れないおっさんに第一試合の(2−5)を百ペソ分買って来るように頼み、何ら疑うこともなくお金を渡した。社長のように日本人はすぐ人を信用してしまって失敗してしまう。この国ではあまり日本人の常識は通用しない。騙される方が悪いのである。現地の人々の感覚では百ペソは当時の日本の一万円に相当する額であった。高瀬は第一試合開始の直前に席に戻って来た。
「はい、これ、コーラです。それと今日のプログラムです。」
 渡辺社長はコーラより本当はビールが飲みたかったのだが、せっかくだからコーラを我慢して頂戴することにした。
「第一試合はもう締め切りましたので買えませんが、第二試合は私が券を買ってきますから、よく選んでおいて下さい。まず、第一試合でゲームの説明をしたいとおもいます。」
 その時、さっきの得体の知れないおっさんが社長のところに戻って来て、社長がさっき頼んだ第一試合の(2−5)のチケットを手渡した。
「何だ、社長。もう買っていたんですか、抜け目がありませんね。でも、よく戻ってきましたね。でも次のチケットは私が買いにいきますからね。ナンバーを決めておいてくださいよ。」
高瀬は得体の知れないおっさんが離れるのを待ってから、再び言った。
「あぶないですよ、社長、お金を簡単に渡しては駄目ですよ。しかし、よく戻ってきましたね。驚きました。」
「なあーに、高瀬さん、わしは人を見る目はあるんだよ。ちゃんとこうして戻ってきただろう。眼力だよ。眼力。」
 高瀬は心の中で大声で笑った。さんざん騙されておいて、何が眼力だよ。自分をどこの何様だとおもっているのだろうか。高瀬はあきれてしまった。
 大歓声と共に第一試合が始まった。第一試合の半分のプレーヤーはスペインから来た選手で体格もフィリピン人の選手よりもひとまわりも大きかった。試合前の選手紹介の時、その挨拶の仕方がとても滑稽で場内アナウンスに合わせてプレーヤーが手に持ったカゴをまるでサルかゴリラのように高々と挙げる様子が愉快だった。
「社長、ハイアライはスペインから入ってきたゲームなんです。だからスペイン人選手が人気を独占しているようですね。確かに彼らは強いですよ。私もこの一週間、毎日ここに来て観戦していましたけれど、ほとんどのゲームはスペイン人選手が勝っていましたね。ただ、配当はそれなりに安いですよ。ところで、社長は何番を買われたのですか?」
「2−5だよ。」
「2−5ですか。当たるといいですね。ビギナーズ・ラックというやつもありますからね。その2−5を社長はいくら買ったのですか?」
「百ペソだよ。」
「百ペソとは随分とたくさん買いましたね。当たるとでかいですよ。2−5はどちらもフィリピン人の選手ですからね。予想配当も高いですよ。」
「もし、当たったら、彼に、ほら、この券を買ってきてくれた、あのおっさんにお礼をしなくてはならないのかね?」
「社長、それは当然でしょう。だから彼はああしてまだ社長の近くにいるではないですか。ほら、またこっちを見ていますよ。彼らはそれで食っているのですからね。しかし、賭け金の百ペソのチケットが戻ってきただけでも良かったじゃないですか。正直なところ、それだけでも社長はついていたと、そうおもいますよ。もし当たったら、一割は覚悟しておいた方が良いかもしれませんね。」
「一割かね、あのおっさんに上げるのが一割か。まあ、当たった時の話だけれどな。」
 観客席が暗くなり、コートだけが照明の明かりでくっきりと浮かび上がった。審判の笛の合図で第一試合が始まった。第一試合は六人で争うゲームだった。一番の選手と二番の選手がまずコートに立った。サーブは必ず決められた場所に落とさなくてはならない。二番の選手フェルナンドが一番の選手が壁に当てたボールをワンバウンドでしっかりとキャッチした。そしておもいっきり壁にボールを叩きつけた。跳ね返ったボールは一番の選手の頭を超えてワンバウンドして後ろの壁に当たった。必死で追いかけて来た一番の選手はなんとか落ちてきたボールをワンバウンドで捕球して投げ返した。しかし投げ返した位置が悪かった。二番のフェルナンドは今度は一転して前に走り、ボールをキャッチするとそっと前の壁にボールをふわっと投げた。ボールは一番の選手が慌てて戻って来るのを尻目にポトリと壁のすぐ下に力なく落ちて転がってしまった。二番のフェルナンドは勝ち点一をあげた。続いてフェルナンドは三番、四番の選手にも勝ち、勝ち点を三としたが、五番のドミンゴに敗れた。五番のドミンゴは六番の選手と一番の選手にも勝ち、勝ち点の三を上げたが、三番の選手に敗れた。三番の選手は四番の選手に敗れて、一進一退の展開となってきた。再び巡ってきた二番のフェルナンドが連勝して勝ち点を増やして勝利した。電光掲示板には高々と二番のフェルナンドの名前が浮かび上がった。そして次に勝ち点の多かった五番のドミンゴの名前が続いた。正にこれはビギナーズ・ラックだった。渡辺社長の買った(2−5)が当たってしまった。社長の周りにいる人々は配当の倍率が電工掲示板に表示されるのを静かに待った。しばらくして場内に大きなどよめきが起こり、百倍の数字が表示されていた。この百倍の数字は六人の試合では滅多に出ない配当であった。誰もが羨む数字であった。渡辺社長が10000ペソを獲得した瞬間だった。この額はこの国のサラリーマンの五ヶ月分の給料にあたり、日本人にとってはたいした金額ではなかったが、チケットを買って来たおっさんにとっては途方もなく大きな数字だった。おっさんはさっそく社長に握手を求めてきた。社長も満面の笑顔でそれに答えた。そのおっさんは社長に向かって手を差し出しながら言った。
「チェンジ、チェンジ。」
 どうやら当たり券をお金に交換してきてあげると言っているようだった。すぐに高瀬が間に入って社長に言った。
「社長、券は後で私と一緒に取替えに行きましょう。このおっさんには1000ペソだけ渡して、あとは断って下さい。」
「そうだな、全部持って行かれたら、バカらしいからな。そうすることにしよう。」
 社長は大勢の人達が見ている中で、ポケットから高瀬から借りた札束を全部出して、1000ペソだけ抜き取り、それをそのおっさんに渡した。おっさんは嬉しそうに両手でその1000ペソを受け取り、さっさとどこかへ消えてしまった。
 高瀬がそっと社長に注意した。
「社長、絶対に人前では札束を見せては駄目ですよ。どこで誰が見ているか分かりませんからね。危険です。ここは日本ではないのですから、注意して下さい。」
「そうだな、高瀬さんの言うとおりだ。ごもっとも、気をつけなくてはいかんな。失敗、失敗。」
 渡辺社長と高瀬青年は最終試合の二つ手前のゲームでハイアライを切り上げて、今度はカジノへ行くことにした。時計の針が9時を回ったあたりから、ハイアライの場内は熱気に完全に包まれだした。プレーヤーも観客も次第に興奮の絶頂に近づきつつあった。込み合う最終試合を待たずに早めにふたりは引き上げることにしたのだ。結局、この夜は一番最初の社長の(2−5)だけしか成果はあげられなかった。あとの試合は二人合わせると5000ペソの大負けであったが、しかし何と言っても(2−5)の10000ペソがあった。その5000ペソの負けとおっさんにあげた1000ペソを差し引いても、まだ3000ペソが残っている計算になる。二人は交換窓口がごった返す前に社長の当たり券を交換してカジノに向かうことになった。ところが、窓口でその当たり券を交換しようとした時、二人は唖然としてしまった。社長の(2−5)の当たり券が偽物だったからだ。窓口の女性に言われて、高瀬がその券を手に取って調べてみると、確かに日付のところが不自然に書き換えられていた。元金の100ペソとおっさんにあげたお礼の1000ペソ、そして後のゲームで負けた5000ペソはシャボン玉のようにパッっと消えてしまった。

 現在ではこのハイアライはフィリピンでは行なわれていないとおもう。一度はハリソンプラザの近くで復活したが、またいつのまにか廃止になってしまっていた。それはあまりにも国民が熱狂し過ぎた為なのか、それとも選手の間に八百長がはびこってしまったせいなのか、その理由も分からない。あるいはきちんと運営する組織がなかったせいかもしれない。まったくの謎である。ひょっとしたら、ハイアライは南国にふっと現われて消えていった幻のゲームだったのかもしれない。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 7224