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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第29回   二人の大切な時間
二人の大切な時間

 翌日、それぞれ思い思いの休日を過ごすことになった。正樹は朝のボラカイの海へ出てみた。夕日のボラカイの海も素晴らしかったが、朝の明るい汚れのない海も文句無く感動した。感動という言葉以外に他の表現がみつからなかった。空の青と砂浜の白、そして幾重にも重なった海の色のコントラストが絶妙で、午前中の澄んだ光は海の色を青とエメラルドグリーンに分けて、とても神秘的だった。四キロメートルも続く、本当に真っ白な砂浜がこの世に存在していたことにも驚いたり、視界の九十パーセント以上が真っ青な空であることにもびっくりする。海は遠浅で潮が引くとあちらこちらに小さな砂の島が顔を出す。三日月の形をした砂山はとくに美しく、そこに寝転がって潮が満ちてくるのを待ちたくなる。そのままそこで溺れてもいいとさえおもってしまう。レストランの前の浜には大きな蓑傘のお化けがたくさん並んでいる。日よけの為の南国風パラソルである。その下には横になるための木製の長椅子が置かれてあって、ビーチ気分を盛り上げていた。正樹は無断でその長椅子に寝転がってみた。空を見上げると、大空の中で楽しそうに椰子の葉が揺れていた。正樹はボラカイ島に来て本当に良かったと素直におもった。絵を描くことがどんなに苦手な人でも、この風景なら一枚や二枚は描いてみたくなる。ボラカイはそんな気分にさせられる極上の島である。
 正樹はバンカーボートを半日だけ利用することにした。チャーターしたボートでディーンとボラカイ島を一周するつもりだった。バンカーボートは両サイドにやじろべえの手のように棒がわたされており、さらに船のバランスをとるために船体と平行して横棒も取り付けてある。高波がきても転覆しないようにうまく設計されている。正樹がボートの前で待っていると、ディーンが手を振りながら走って来た。大きな麦わら帽子をかぶり、サングラスをかけていた。それはまるで映画のワンシーンのようでもあった。彼女はどんな有名な女優よりも美しかった。ボラカイ島に降り注ぐ日差しよりもディーンの姿は眩しかった。彼女は神が創った最高の創造物であり、正樹は彼女と一緒にいることだけで幸せだった。これ以上の幸せがないことが逆に恐ろしかった。
 正樹たちは隣町のカリボの町にある飛行場に降りたので、上空からのボラカイ島の全景を見ていない。だからボートで回ってみて、初めて、ボラカイ島にはホワイトサンドビーチ以外にも幾つも砂浜があることを知った。小さな美しい砂浜がボートの前に現われる度にディーンははしゃいでいた。
「あたしたちのビーチを所有してね、その近くに家を建てるの、そしてね、子供たちがその浜で楽しそうに遊んでいるのよ。何だかそんなことを考えていると幸せな気分になるわね。でも、すぐに飽きちゃうかな、退屈でさ、すぐに都会へ戻りたくなっちゃうかもしれないわね、そうでしょう、正樹。」
「だけど、もしこの島で仕事があってさ、働くことが出来たら退屈はしないとおもうな。都会の雑踏で我慢して働くよりもこのきれいな島で収入が得られるのなら、そっちの方が誰だって良いに決まっているよ。」
「でも、きっと病気になった時とか、お産の時は大変だわよ。」
「しかし、多くの人々が現にこの島で生活しているのだから、そんな時でも何とかなるのだよ。もし、ディーンがその気になれば、外国へ行くことを止めてさ、この島で診療所を開いたらどうだい。島の人達はきっと喜ぶとおもうよ。病気になった時の心配が少し減るからね。」
「そうかもしれないけれど・・・・・。」
「昨日の夜、あれから茂木さんと話をしたでしょう。茂木さんはこの島に恵まれない子供たちの施設を造るらしいよ。それもフィリピン人と日本人の間にできた子供たちの為の家を造るらしい。両親から捨てられ、社会からも忘れられた子供たちの面倒をみるそうだよ。凄いよね。それって、まるで天使様のようだね。」
「正樹はそんな天使様を昨日は殴っちゃったんだ。きっと神様は正樹のことを今頃は怒っているわね。」
「もう、その話はしないでくれ。」
「でも、あたしはとっても嬉しかったわ。わざわざあたしの為に日本から飛んで来てくれてさ、ありがとう。」
「茂木さんという人は本当に良い人だよ。その人を初対面で殴りつけてしまったんだ。僕は
必ず彼の為に役立つ事をするつもりだよ。言葉では謝りきれない事をしでかしたんだからね、行動でもってしっかりと謝ってみせるよ。」
 ボートが島の岬を大きく回り込もうとしていた。岬の上にある大きな家をディーンが見つけた。その家を指差しながらディーンが言った。
「正樹、見て、あの家、凄いわね。どんな人が住んでいるのかしらね。」
 正樹はしばらくその家を探るように見てから如才なく言った。
「華僑だな、きっと、あの家は華僑が造った豪邸だよ。あの様式は中国のものだ。この国の経済を支配している華僑の別荘といったところだろう。」
「きっとあの家のテラスから見渡す景色は最高でしょうね。だって、あそこからならこの島を一望のもとに眺めることが出来るでしょうからね。」
「随分と、あの家を建てるのには時間とお金がかかっているだろうな。崖にへばりつくように建てられているし、あの建築技術はたいしたものだよ。だけどね、ディーン、お金持ちたちはさ、どんなに豪華できれいなところに住んでいても、どんなに楽しい暮らしをしていてもね、決して満足なんかしないんだ。人間の欲望には限界がないからね。お金を自由に使える人達はもっと良い暮らしを求めて、どこまでいっても満足なんかしないんだ。だからいつまで経っても幸せにはなれないのさ。その反対に貧しくても子供たちの為に、愛する人の為に苦しくとも一生懸命に働いている人達の方が簡単に幸せを感じることが出来るものなのさ。何か偉そうなことを言っちゃったね。でも、満足して感謝が出来ない人間には幸せなんかいつまで経っても感じることは出来ないのは確かだよ、それはお金持ちでもそうでない人でも同じだ。
 ボートが大きく上下した。水しぶきが二人にかかった。ディーンは「キャー」と声をあげたたが、ちっとも嫌な顔はしていない。楽しくて仕方がないといった様子であった。するとディーンがとんでもないことを言い始めた。
「ねえ、正樹、あの家に登ってみないこと。あのビーチの階段は上の家まで続いているみたいだから。」
「あんな家には近づかない方が正解だよ。きっと大きな犬を引いたガードマンが出て来てさ、ディーンのことを食べちゃうかもしれないぞ。」
「大丈夫よ、あたしには正樹がついているじゃない。そんな奴、また、ぶん殴っちゃえばいいのよ。」
「やはり、他人の家だからね、あの浜に近寄るのは止めよう。君とこうして話をしながらボートで揺れている方がいいよ。何だか嫌な予感もするしね。あの家の探検は止めよう。」
「でも、本当に映画に出てきそうな豪邸よね。いったいどんな人があんな家に住んでいるのかしらね?」
「ディーン、そんなに興味があるのなら、ちょっと、後ろにいる船頭さんに聞いてみたらいいよ。誰の家だかきっと知っているとおもうよ。」
 ディーンはゆっくりと立ち上がり、ボートの手すりに摑まりながら後方のエンジンを操作している船頭のところへ移動した。そして戻って来て、自慢げに言った。
「俳優さんだって、あの家のオーナーは芸能人よ。時々しか来ないそうよ。何だか、もったいないわね。一年に何度も来ないそうよ。」
「ふんーん、そうなんだ。芸能人か。」
「でも、正樹、正解。その人、大金持ちの華僑の息子さんだから、とってもハンサムで大柄なスポーツマンタイプの俳優さん。とっても有名よ。」
 ボートは少し島から離れて沖へ出た。さわやかな風が吹いており、暑さはまったく感じられなかった。二人だけの大切な時間はとても愛しく、アッと言う間に過ぎていった。正樹は心の底から幸せを感じていた。
 ボラカイの島、ボラカイの海、ボラカイの空、そして二人にふりそそいでいる太陽の光はその幸せをさらに大きくしていた。しかし、すべての生命を生み育てる太陽でさえもディーンの笑顔の前ではひざまずくと正樹はおもった。


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