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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第27回   天の導き
天の導き

 ボラカイ島が周囲7キロメートルの小さな島とはいえ、その中でボンボンたちを捜すことの難しさは正樹もネトイもよく分かっていた。ただ闇雲に捜したところで見つかるわけがなかった。せっかく憧れのボラカイ島にやって来たのに、これでは大切な楽園の時間を無駄にしてしまうだけだった。正樹とネトイは考え込んでしまった。偶然のすれ違いはどうしても天の助けがいるし、日本のデパートや遊園地のように迷子捜しのアナウンスもない以上、この人捜しは相当に難航しそうだった。ツーリスト案内デスクと書かれた看板がまず目に飛び込んできた。そのオフィスに入り、日本人が泊まりそうなホテルに片っ端から電話をして聞いてみたが成果はなかった。一番上のウエン姉さんが引き続きそこで調べることになった。自分たちもはぐれて迷わないようにする為に集合場所のレストランを決めた。そのレストランには正樹とディーンがまず待機することになった。ノウミとリンダは近くの小さなホテルを調べ始めた。4kmも続く白い砂浜、ホワイトサンドビーチに沿ってビーチの裏通りがあるが、そこには途切れることなく飲食店や土産物店が立ち並んでいて、シーフード料理、韓国料理、イタリアン、フレンチ、あるいはアメリカンといった世界中の料理を観光客にふるまっていた。フィリピン料理の店は定額食べ放題のバイキングスタイルが多く、奥がホテルやロッジになっていたりする。コテージといった簡単な宿泊施設を備えている店も多かった。長期滞在のバックパッカーたちの為のベットスペースを設けている店も相当数あった。それらの店にはネトイが一軒一軒あたることになった。ボラカイの砂浜には日没からテーブルが並べられ、ギターの弾き語りや、本格的なバンドを置いている店もあった。ボラカイ島の夜は熱く活気に満ちていた。あちこちのカウンター・バーには人々が集い、グラスを片手に思い思いに語り合っている。浜には恋人たちが満ち、ホワイトサンドビーチは夜遅くまで人影が絶えることがなかった。昼間の炎天下の静寂がまるで嘘のように、夜はどこからか人が現われて来て、別世界を創っていた。正樹はディーンと集合場所のレストランに入り、夜の海がよく見える方の席に彼女をさりげなく座らせた。昼間ならば、きっとボラカイの海が一望の下に見渡せる場所だった。テラスのテーブルは安っぽい作りではあるが、かえってそれが親しみやすく、とてもくつろげる雰囲気を演出してくれていた。電気の照明もあるのだが、コールマンと呼ばれるキャンプで使うような強力な野外ランプが至る所でシュー、シューと音を立てながら灯っていた。何から話したら良いのか、正樹にとっては最大の関心事である彼女の学費については敢えて触れずに、他の話題から切り出した。
「ねえ、ディーン、マニラに戻ったら、君の大学に挑戦してみるつもりだよ。ずっとそのことばかりを日本で考えていたんだ。僕もやっぱり医者になりたい。」
「そう、正樹なら大丈夫よ、きっと良いお医者様になれるわ。頑張ってね!学校の手続きとか国家試験の手続きをマニラに帰ったら、すぐにしましょうね。あたしも一緒に行って手伝うから。それから、こっちのお役所は時間がかかるけれど、怒っちゃ、駄目よ。我慢してよ。」
「分かった、ありがとう。大学の事務局にも行って相談しないといけないね。どんな書類が必要なのか調べないといけない。教育省にも行かないといけないし、移民局で面接も受けなければならない。結構、留学するのは手続きや許可が必要なんだね。エイズ検査も義務づけられているみたいだよ。」
「大丈夫、心配しないで。あたしと姉さんとで、きっと正樹を学校に入れてみせるからね。」
「ありがとう。僕も全力でやってみるから。」

 学校の話に夢中になっていると、ネトイとウエンさんがレストランに戻って来た。
「駄目だな、手がかりがまったくなし。島の高級ホテルにはボンボン兄さんたちはいなかったよ。いったいどこにいるのかな。」
 ネトイは申し訳なさそうにそう言った。ウエンさんもがっかりした様子ではあったが、彼女の明るく楽天的な性格から、皆を励ますように明るい声で言った。
「でも、すぐに見つかるわよ。だって双子の凄い美人が一緒だもの、あんなきれいな人たちの噂はすぐに耳に入ってくるから。」
 正樹は言葉には出さなかったが心の中でこんなことを呟いていた。
「助平社長の奴、双子の美人も一緒に連れて来ているのか、その上、ディーンの学費まで出すだと、ふざけた野郎だ。ディーンにちょっかいまで出そうとしてやがる。同じ日本人として許せない。絶対に、ぶん殴ってやるからな。」
 リンダとノウミもしばらくして戻って来たが、ボンボンたちの宿泊先はまったく分からなかった。
正樹は皆に丁寧にお礼を述べてから、こう付け加えた。
「今夜はこの辺にして、休むことにしませんか。明日、また、みんなで手分けしてコテージをひとつひとつあたってみましょう。もう遅いので、ここのレストランの奥のコテージに泊まることにしましょう。さっき、コテージの管理人に値段を聞いたら、そんなに高くはありませんでした。すみませんが、ここのコテージで今夜は我慢して下さい。」
 そろって席を立ち、店の中を通り抜けて奥のコテージへと向かった。途中に管理人の小屋があり、その中にいた管理人に支払いを済ませると、二つの鍵を渡された。それで男女別々のコテージへ入った。正樹はネトイと二人だけのコテージとなった。ネトイが言った。
「正樹、さっきの管理人、オカマだぜ。やけに女っぽかったな。でも、あれで怒り出すと、今度はむちゃくちゃ男っぽいからおもしろいよな。あいつらを見ているとまったく飽きないよ。まあ、よく気がつくし、親切だから管理人にはむいているかもしれないがな。」
「ネトイ、どうだい、店に戻って、一杯、付き合わないか?」
「答えるまでもないこと、もちろん、オーケーだよ。」
 長旅だったので、女性たちはすぐに休むことになったが、正樹とネトイの二人は飲みながら明日の作戦を練ることになった。二人がレストランに戻ると、さっきよりも客は増えていた。ヨーロッパ、どうやら北欧からのバックパッカーたちのようであった。この島で長期滞在を決め込んでいる連中で、髪もひげも伸ばし放題の自由人たちだ。太陽を求めてこのボラカイ島にやって来たようだった。
 ネトイと飲むと、つい羽目を外してしまう。どちらかがぶっ倒れるまで飲んでしまうのがいけない。この前はそれでディーンとの約束を破ってしまった苦い思い出がある。だから今夜はほどほどにしようと正樹は自分に言い聞かせていた。正樹は店のウエイターに少し多めにチップを与え、空になった食器や飲み干したボトルはそのままテーブルに置いて、片付けないようにと命じた。どの位、自分たちが飲んでいるのかを確認する為だった。一時間もしないうちにテーブルは空き瓶と食べ終えた食器でいっぱいになってしまった。かなり酔いが回ってきた頃、お手伝いのリンダがひょっこり現われて正樹の隣に座った。ネトイがそれを見て言った。
「どうしたんだ、リンダ?」
 リンダはうつむきながらビコールの言葉で答えた。
「正樹にお礼が言いたくて来たの。だって、あたし、正樹のおかげで、こんなにきれいなところに来れたのだから、きっと、あたしここには一生来れないとおもっていたのよ。だから興奮しちゃって、眠れなくて、正樹がいなかったら、ボラカイ島へは絶対来れなかったもの。」
 ネトイがリンダの言ったことを英語に訳して正樹に伝えた。正樹は真っ赤な顔をしているリンダに分かるような簡単な英語を選んでゆっくりと話した。
「そんなことはないさ。リンダはとてもかわいらしいから、きっと、いつか、いい人が見つかって、またその人がこの島に連れて来てくれるさ。僕にお礼なんていらないよ。」
 それを聞いたリンダは急にしょんぼりしてしまって、正樹が彼女の為に注文した飲み物にも口をつけずにコテージへ戻ってしまった。
「バカバカバカ、バカだね。あんなこと言ったら怒るの、当たり前だろう。」
 ネトイが正樹をちゃかした。
「ネトイ、僕は何か、リンダに悪いことでも言ったかな?」
「いや、別に。リンダはおまえのことが好きなだけだよ。それもかなりの重症だな、あの感じでは完全におまえにまいっている。」
 南国の島の夜は酔えば酔うほど天国に近づいていくみたいだった。
「なあ、ネトイ、僕はもう別にボンボンたちを無理に捜さなくてもいいと、そうおもうようになってきたよ。」
「どうしてだよ、明日、俺がきっと捜し出してみせるから、心配するな。」
「なあ、考えてもみろよ、こんなにきれいな島に来てさ、人捜しばかりして時間を潰すのはもったいないよ。せっかくみんなでボラカイ島に来たんだ。ボンボンたちのことは忘れてさ、この美しい島でみんなで存分に楽しまないか?それで、もし、彼らに会えたとしたら、それはそれで最高だよ。だからもう無理にボンボンたちを捜すのは止めにしようや。」
「分かったよ。正樹、じゃあ、こうしよう。明日、俺が独り回ってみるから、それでお終いにしよう。おまえたちは朝から時間を大切に使え、明日からボラカイ島の休日を楽しめ。それでいいよ。」
 テーブルの上はもう隙間が無い位にぎっしり食器やビールのボトルで埋め尽くされていて、何枚か皿がテーブルの上からはみ出して下に落ちていた。
「ネトイ、ちょっと酔ったみたいだ。浜へ行って来る。すぐ戻るから。」
「じゃあ、俺も一緒に行くから、ここの精算をしておくよ。」
「おい。ネトイ、おまえ、お金があるのか?」
「ないさ、金も無ければ、仕事もない。」
 笑いながら正樹は手を挙げて店の者を呼んだ。正樹は喜んで支払いを済ませた。よろよろと、二人は酔った体をぶつけ合いながら浜まで歩いていった。月がボラカイの浜を照らしていた。砂浜に仰向けになって、ねころんで満天の星空を眺めた。完全に星たちもぐるぐる回っていた。空も酔っ払っているのだと二人はおもった。 正樹は嬉しくて仕方がなかった。フィリピンの風が自分に合っているとおもった。浜辺に倒れて、ただじっと波の音だけを聞いていた。
 どの位、時間が経ったのだろうか、突然、周りが騒がしくなってきた。
「正樹、起きてよ。」
 ディーンの声であった。その声が天使の囁きのように酔った正樹には聞こえてきた。そして再び、天使の声がした。
「正樹、起きてってば、いたのよ。ボンボン兄さんたちがいたの。今、こっちに来るわよ。」
 闇の中に砂浜を踏みしめる大勢の足音が近づいてくる気配を感じた。ディーンが説明をする。
「隣のコテージにボンボン兄さんたちが、居たのよ。びっくりしちゃったわ。すぐ、隣に居たのよ。コテージのテラスにある椅子に座っていたら、ボンボン兄さんが隣のコテージのテラスからこっちを見ていたの、思わず大きな声を出しちゃったわ。」
 笑顔のボンボンが闇の中から現われた。正樹を見つけると、手を出しながら近づいて来た。正樹は立ち上がった。
「いらっしゃい。正樹、びっくりしましたよ。でも、良かった。この島で会えてさ。とても嬉しいですよ。」
 ボンボンの後ろにはニヤニヤしている日本人が立っており、その後ろには双子の美人が恥ずかしそうに立っているのも正樹は確認した。ボンボンが正樹に三人を紹介しようと振り返った、その瞬間、正樹は素早く茂木の目の前に駆け寄り、茂木の顔面を殴りつけた。茂木はガクッと体勢を一瞬崩したが、平然として立ち続けていた。その場に居たすべての者はいったい何が起こっているのか、まったく理解出来なかった。そして誰も口を開くことも出来なかった。やっと、正樹が吐き捨てるように言った。
「お前みたいな、日本人はクズだ!・・・・・・」
 言葉がちゃんと続かない、それでも正樹は続けた。
「お金で何でも出来るとおもうなよ!この助平野郎、ディーンの学費はおまえが出すようなことではない。ふざけるな!」
 天才のボンボンがやっとここで、今、何が起こっているのかを完全に理解して、おもわず英語で叫んだ。
「違う、違う、正樹。この人は違うんだ。」
 ディーンも正樹が何で天使のような茂木のことを殴りつけたのかが分かった。彼女の恐怖の表情が一転して笑顔に変わった。殴りつけた正樹も殴られた茂木も、ボンボンとディーン以外の者はまだ誰も今何が始まっているのかを分からずに立ち尽くしていた。

 長い沈黙が続いた。ボンボンが茂木に言った。
「茂木さん、大丈夫ですか。すべて誤解なのです。勘違いなのです。」
 ボンボンは今度は正樹に向かって言った。
「正樹、違うんだ。こちらのお方はディーンの学費の渡辺社長とは違う人です。」
 その一言で正樹は自分の間違いを即座に悟った。穴があったら入りたいとは正にこの事であった。正樹は崩れ落ちるように茂木の前に土下座をして謝罪した。ディーンはニコニコしながらその様子を見守っていた。しかし。茂木や千代菊、そして菊千代は合点が行かぬ顔をしたままで、今にも正樹に飛び掛りそうな形相であった。ボンボンが茂木に向かって謝った。
「茂木さん、すみませんでした。ここにいるのは正樹と言いまして、茂木さんのことをあのマニラに来ている渡辺社長と間違えてしまったようです。そこにいるディーンの学費を渡辺社長が援助したいという話がありましてね、その知らせを聞いて正樹は日本からすっ飛んで来たようです。本当にすみませんでした。」
 茂木もここで少し自分が殴られた理由がわかった。正樹は依然として土下座をしたまま頭を砂浜に埋めていた。また、長い間、誰も口をきかなかった。今度は茂木が正樹の腕を掴み、彼を起こそうとした。
「もう、いいから、起きなさい。私は親の愛情を知らずに育ちましたから、殴られたのはこれが生まれて初めてですよ。しかし、結構、痛いものですね。」
「本当にすみませんでした。どう謝ったらいいのか、よく確認もしないで、こんなことしまして、申し訳ありませんでした。」
「もう、いいから、起きなさい。でも、今夜はきっと興奮して眠れそうにないから、君のおごりで飲ましてもらうよ。いいかね、それで?少し話をしようじゃないか。」
「もちろん、いいですとも。喜んでおごらせて下さい。」
 茂木の右目がさっきより腫れ上がってきていた。

 正に劇的な運命の出会いであった。もし人生が出会いの連続だとしたら、哲学者茂木との出会いは正樹の人生の中で最も重要な出会いの一つであったことは間違いなかった。天の導きであった。


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