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作品名:続編 小説「ボラカイ島」 作者:南 右近

第25回   ボラカイ島へ
ボラカイ島へ

 それは余計なおせっかいかもしれない。学費を出してくれると言う、そんな旨い話はないではないか。しかし正樹にとって、どこの誰だか分からない社長がディーンの学費を全額援助するという事は絶対に許せない重大な問題だった。それが例え、ディーンやディーンの姉さんの大きな助けになるとしても、正樹にとってはとても見過ごすことが出来る事ではなかった。一刻も早く、その社長とディーンの間に入っているボンボンと話がしたかった。そんな社長に払ってもらうくらいなら、自分が出すつもりだった。
「ネトイ、ボンボンは今、どこにいるのですか?」
 ネトイはぎょっとして正樹のことを見た。正樹の口調があまりにも強く真剣だったので驚いたのだ。
「ボンボン兄さんは、今、ボラカイ島ですよ。日本人の案内をしています。」
 この時、正樹はそのボンボンが案内している日本人がてっきりディーンの学費を出したがっている助平な社長だと勘違いしてしまった。
「ボラカイ島ですか。その島はここから遠いのでしょうか。」
「いや、飛行機で一時間はかからないとおもいますよ。まだ行ったことがないから分からないけれど、そんなに遠くはないとおもうよ。でも、とてもきれいな島なんだよ、ボラカイ島は。ボンボン兄さんが羨ましいですよ。ボラカイ島はみんなの憧れの島ですからね。」
 ディーンもまったく同感だというように目を大きく見開きながら話に加わってきた。
「ボラカイ島は私たちみんなの夢だわ。いつか、あたしも行ってみたいな。正樹、あたしをボラカイ島に連れて行ってくれる?」
 正樹はディーンに会えば会うほど彼女のことが好きになっていった。彼女の為にしてあげられることがあるなら、何でもしてあげたかった。この気持ちこそがこの世に存在するたった一つの真理であり、最も大切な気持ちなのだ。自分以外の者に何かをしてあげたくなる気持ちこそが愛であり、神が不完全な人間に与え示した唯一の真理なのである。
 正樹は自分が観光客ではないことも、今は兎に角、節約しなければならないこともよく分かっていたが、どうしてもボンボンにすぐに会いたかった。迷うことなくネトイに向かって言った。
「ネトイ、ボンボンと一刻も早く話がしたいので、私をそのボラカイ島へ案内してくれませんか。私と一緒にボラカイ島についてきて欲しい。」
 ネトイがその正樹の頼みに答えるのに、あれこれ考える必要なかった。即答であった。
「いいよ。明日、出発しよう。それでいいか?俺の方はノー・プロブレムだ。」
 それを聞いていたディーンが正樹に言った。
「あたしも一緒に連れてって?」
「もちろん、いいよ。」
「わあ、嬉しい。夢にまで見たボラカイ島に行けるなんてうそみたい。本当に嬉しいわ。」
 三人は空港からケソン市のアパートに向かう車の中でボラカイ島へ行く旅行のプランに花を咲かせた。アパートに着くとディーンの姉さんのウエンさんとノウミも同行することがあっさりと決まり、ネトイと正樹、それに三姉妹を加えた総勢五名の大部隊になることになった。羨ましそうに横で話を聞いていたお手伝いのリンダも最終的には仲間に入れることを正樹は決断した。六名分の飛行機代やホテル代、食事代がいったい幾らになるのか、それを考えるのが恐くなってしまった。しかしこの話はもう止められない。正樹はディーンをその日本人から何としても引き離なさなくてはならないと真面目に考えていたのだ。ボラカイ島に乗り込んで行って。ディーンの目の前でその助平社長をぶん殴ってやろうと決めていた。お金のことは後で心配することにした。今はそのボラカイとか言う島へ行くことだけしか考えつかなかった。
 正樹とディーンはその夜、思い出の赤いキャデラックのレストラン「サムス・ダイナー」で何時間も積もる話をした。その後、すぐにはアパートには帰らず、いつかノウミと行ったオルガンのパブへも顔を出した。正樹は日本で何度も練習してきたフィリピンのラブソング「マヒワガ」をディーンに歌って聞かせた。もう正樹は恥ずかしがり屋の日本人ではなかった。また正樹は温かい人々に囲まれていた。本当に幸せだった。

 ボラカイ島へ渡る船着場があるカティクランの「はらっぱ飛行場」には毎日フライトはなかったので、少し離れたカリボの町に飛ぶことになった。アティアティハンの祭りであまりにも有名なカリボの町には大きな飛行場があり、毎日、フィリピン航空など数社の中型機が離発着していたから、六人分の座席も簡単に確保することが出来た。発券と同時にすぐ出発となった。六人を乗せたフィリピン航空の機内ではケーキとジュースが配られただけで、食事のサービスはなかった。食事は無理、もし出されたとしたら、きっと全部食べ終わる前にカリボの町に着いてしまっただろう。近かった。あっと言う間だった。そこからバスに乗って二時間ほど揺られることになったが、正樹にとってはディーンが一緒ならば、どんなに時間がかかろうと、そんなことはもう問題ではなかった。
 六人がカティクランの船着場からボートに乗った時はもう夕方だった。ボラカイの海に大きな夕日が今にも沈みそうだった。正樹はこの時、彼にとっての運命の島、ボラカイ島へ初めて渡ろうとしていたのだった。すべてを優しく癒してくれる奇跡の島、ボラカイ島が正樹のすぐ目の前に横たわっていた。そして彼の横にはディーンがいた。そのことだけでも正樹にとっては奇跡そのものだった。


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