カコも母親も、もういない。 あの優しい笑顔は消えてしまった。
祐一は声を出して泣いた。 カコの瞳からこぼれたビー玉の涙とは比べようもない、汚水のような涙が流れた。
俺は、カコも母親も救ってやれなかった。
そして、......妻も、 ......娘も。
カコも、母親も、娘も、愛に執着していたのかも知れない。
でも、一番執着していたのは自分だ。
祐一は、カコがくれたネクタイをドアノブに掛けて、自分の首に結んだ。
保険金の受け取りは子供達と元妻にしてある。
祐一には、それしか出来なかった。
どんなことをしたって、償えないことも分かっている。 誰も喜ばないことも知っている。
それでも、この方法以外は考えられなかった。
生きていたら、旨いものを食べることだって出来る。 生きていたら、季節の風に心が和むこともある。
カコには、そんなささやかな喜びすら、もう出来ない。
妻が言うように、俺は非道で自分勝手な人間だ。 今までは、自分の欲のために周りの人間を傷つけても何とも思わなかった。
あんなに「お話がしたい」「不倫は嫌」と言っていたカコを泥沼へ無理矢理引き込んだのは俺だ。 あの時、カコとお茶でも飲みながら、色んな話をしていたらカコは死ななかったのかもしれない。 子供が産めないカコに息子の自慢話なんてしなければ、カコは苦しまなかったかもしれない。
妻ともきちんと向き合って、もっと早く別れてあげれば良かった。 彼女も、もっと早く新しい人生が始められただろう。 娘もこんな父親を見なければ、あんな風にならなかったのかもしれない。
......と、そんなことを考えていると、突然スマホが鳴った。
元妻からの着信だった。
俺は慌ててネクタイを緩めて、電話に出た。
「今、警察に呼ばれたんだけど、祐也(息子)が強姦で捕まったのよ!」 「えっ! 祐也が?」 「大学の友達と、未成年の女の子襲って大怪我させて...、祐也 ニュースにも出てるのよ」 「......。」(俺は言葉が出なかった) 「とにかく警察に行かないと。あんたも早く来てよっ!」
日本一の、あの大学に合格した自慢の息子が......。 ......強姦。......犯罪者。
(どうか、間違いであってくれ) (息子じゃなくて、強姦まがいなことをして来た俺を裁いてくれ)
祐一は もう死ぬことも出来なくなっていた。
|
|