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| ......確かに。 妻に「出張」と偽って、カコと不倫旅行に出かけたこともあった。
 バレないように、家族に土産を買った。
 横にいたカコの表情が暗くなったから、俺は慌ててカコの分も買ってやった。
 そんな努力も必要なかったんだ。
 
 W不倫は当事者だけがバレないと思っているが、案外周りには筒抜けなのかもしれない。
 
 俺はそんなに悪いことをしたのか?
 不倫なんて、芸能人も代議士も当たり前のようにやっているじゃないか。
 売れた芸人が糟糠の妻を捨て、若い女に乗り換えるのだってテッパンだ。
 
 カコの自殺は俺だけが原因か?
 たまたま、トリガーとなっただけじゃないか?
 
 いつだったか、カコは「自分の居場所がない」と言っていた。
 「助けて欲しい」とLINEしてきたこともあったが、面倒だから放っておいた。
 まさか自殺するほどの闇を抱えていたなんて、その時は思いもしなかった。
 
 カコが言っていた「モラハラ夫」は無罪か?
 そんな夫との生活に絶望したんじゃないか?
 彼女の生い立ちを詳しく知らないから確かめようがないが、逃げ場が無くて、自殺したんじゃないのか?
 最後に会った日に「カコさんにはサードプレイスが必要だね」と言ってあげたが、正直俺は厄介なことには関わりたくなかった。そんなことより、性的欲求を満たしたかった。
 
 妻から「あんたは本当に自分勝手」と言われたこともある。
 でも、金と権力のある男はそれで良い、何の問題もない、と思っていた。
 
 どちらにしたって、死人に口無しなんだから。
 図太く生き残っている奴らこそが、人間そのものだ。
 弱肉強食の世の中で、俺はそうやって生きてきた。
 
 しかし、今回のことで、大手企業勤めというパッケージを失い、妻と娘からも見捨てられ、経済力のない中年男となった祐一は、強がりすら言えなくなっていた。
 
 弁護士に相談したが、祐一が支払うべき慰謝料は想像より多く、重ねて子供たちの学費も嵩み、あっと言う間に貯金を使い果たしてしまった。今じゃ、住んでいるマンションの管理費と固定資産税を払うのすら厳しい。
 
 不倫相手の自殺で祐一の人生は大きく変わった。
 
 
 その夜、祐一は夢をみた。
 
 あの旅行の日だった。
 待ち合わせの店に、優しい笑顔でカコはやって来た。
 薄いピンク色のカーディガンがよく似合っていた。
 俺たちは、お菓子や缶チューハイを買って「遠足みたいだね」と、はしゃいでいる。
 『不倫旅行』をしたくて、強引に誘ったのはいいが、シーズン真っ只中で、良い旅館は取れなかった。と言うより高級旅館は値段が高すぎて無理だった。
 ランクを下げたら案の定、学生が泊まるような安っぽい部屋で
 ムードも何もなかったが、それでもカコは微笑んでくれた。
 帰らなくてもいいという安心感からか、つい飲みすぎてしまい、数年前に家族と行った海外旅行の話や、息子の自慢話などをしてしまった。
 すると、カコの表情がみるみる暗くなって、瞳からビー玉のような涙がこぼれ落ちて、涙の結晶が出来上がっていた。
 
 場面は突然、幼い頃に住んでいた実家に変わり、今度は母親が泣いている。
 「祐一、ごめんね。母さんは、もう生きられないよ」
 「ごめんね、祐一。ごめんね......」と言い続ける母親、その姿がだんだん薄くなって消えていく。
 「お母さん!お母さん!お母さんっ!!」と必死に叫ぶ自分の声で目が覚めた。
 
 涙で枕が濡れていた。
 
 こんなリアルな夢は、生まれて初めてだった。
 
 
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